Sound of bell to sneer at fool. 後編





街のあちこちでイルミネーションがきらきらと光って。
行きかう人々の足取りは、何処か浮かれているように見える。


都心のビルの隙間の大路を、若い男女のカップルがあちらこちらへ歩いて行く。
仲良さげに手を繋いだり組んだり、幸せそうに。
が、中には喧嘩をしている二人組みや、男だけで集まっているのもあった。

歩行者天国になった大路の真ん中では、セール中の店看板を持ったサンタクロースが立っている。
サンタクロースはしゃがれた老人の声ではなく、気のない若者の声で店の名前を繰り返していた。




――――――悲喜交々の街の風景を眺めつつ、龍麻はのんびりとした足取りで駅前へと向かっていた。




去年まで両親と田舎で暮らしていた龍麻には、まだ見慣れない都会の景色。
転校して来た頃よりは幾らか落ち着いてはいたけれど、何某か祭りが行われるとなるとまた違う。
沢山のものが溢れている街の中に、煌びやかなイルミネーションが飾られ、また街を彩るのだ。

クリスマスのイルミネーションは、早い場所では11月頃から顔を見せてくる。
それが徐々に増えていく様は、街をその色で染めると共に、龍麻にも日々の変化の楽しみを与えてくれた。


この街で生まれ育った恋人は、見慣れたものだとまるで興味を持たないけれど。



空は生憎の曇天だが、午後からは雪が降るらしい。
お陰で街は朝から冷え切って、外に出るのも億劫な温度だが、ホワイトクリスマスの代償と思えば納得か。
それも雪が降らなければ、単なる寒くて冷たいだけのものになってしまうのだが。

出来れば降ったら良いなと思う龍麻だが、恋人は恐らく顔を顰めるだろう。
寒ィからさっさとラーメン食いに行こうぜ、ぐらい言い出しそうだ。



……その恋人は、もう待ち合わせ場所に着いているのだろうか。



待たせるのは悪い。
でも待つのは苦ではなかった。

彼女が先に着いていたら待たせてしまう、この寒空の下で。
それは少し忍びない。
だから出来れば、まだ着いていないといいな、と思う。




スクランブル交差点を渡って、右往左往する人ごみから抜け出して、龍麻は立ち止まる。


待ち合わせ場所としてよく使われているこの駅前は、沢山の人々で埋まっている。
腕時計を見て苛々しつつ辺りを見回す男性や、寒そうに両手を擦り合わせて寂しそうに立っている女性。
怒った足取りで去ってしまう人もいれば、石のように動かない人もいた。

両の手足で数えて足りない人々に埋め尽くされた空間。
この中から探し人一人を探すのは、容易な事ではないかも知れない―――――普通は。




(目立つんだよね)




龍麻の探し人には、他者と間違えようのない目印がある。


手放さないものが一つある。
何処に行こうと何をしようと、絶対に手放さないものがあるから、それを持っている人物を探せばいい。

それから、彼女独特の気配。
真冬の空の下でも、真夏の太陽のように煌く氣。
龍麻の知る、無二の気配だ。



見える限りの全体を見渡して、人壁の向こうに彼女の気配を薄っすらと感じ取る。




(来てる)




いつからだろう。
余り前でないと良いのだけれど。

思いながら、龍麻は早足で人ごみを擦り抜けて行く。


歩きながら、龍麻は僅かながら違和感を感じて、首を傾げた。




(なんか、気配掴み難いなぁ)




感じ取れない訳ではない、現に先刻も此処にいることが判った、彼女の気配。
時に烈火のように苛烈に燃える彼女の氣は、その比喩に負けない程に自己主張が激しい。
彼女の性格をそのまま現していると言って良い。

しかし今感じ取れる気配は、失せてはいないものの、抑えられているような感じがする。


以前なら鬼との関連を考えるのだが、最近は鬼退治部も殆ど活動しなくなった。
時折不穏な気配に気を尖らせる事はあるが、戦闘が起きる頻度は随分と減った。
毎晩のように行っていた見回りも、近頃は一週間に数回で済んでいる。


何かあった―――――とも考え辛い。

例え本当に何かがあったとしても、彼女がその程度で動じる事はないだろう。
自ら荒事に飛び込んで派手に大立ち回りをする方だから。




幾ら考えても判らない。
判らないが、恐らく心配するような事はないだろう。

だって、彼女だから。


そう思うことにして、龍麻はまた辺りを見回した。





――――――――と。






「……………京?」







街路樹が植えられた低い垣根に腰掛けている少女が一人。
俯き加減で顔は見えなかったが、髪形は見慣れた恋人と同じだった。

そして間違いなく、気配も同じ。


だと言うのにも関わらず、龍麻が疑問系でその名を呼んだのには理由がある。




龍麻が見慣れた恋人の格好は、真神学園の制服姿。
彼女が私服を着ている機会は滅多になく、彼女は日々の殆どをその格好で過ごしている。

葵や小蒔に連れられて(引っ張られて)買い物に行く事があっても、彼女は殆ど荷物番をしているらしい。
流行の服には興味がなく、彼女にとって服とは楽しむものではなく、自身の体を外気に晒さない為のものでしかない。
休日に龍麻が『女優』に行った時、偶然寝起きの彼女を見たが、その時も彼女は学校指定の運動着を寝巻き代わりに使っていた。

つまり、彼女は私服らしい私服を全くと言って良い程持っていないのだ。


時々私服姿を見たと思ったら、大抵ジーンズパンツにTシャツと言うシンプルな井出達。
それもジーンズは色落ちが激しくてヨレていて、Tシャツは落ちきらなかった汚れが薄ら残っていたりする始末。

『女優』の人々から何か買ってあげようかと言われる事はあるらしいが、彼女はそれを断っている。
構わず、プレゼントと言って受け取る(押し付けられると当人は言う)事もあるようだが、龍麻はその服を見た事はない。
捨てると言う暴挙はしていないが、着る気にはならない服だといつだったか言っていた。



そんな訳で。
龍麻が見慣れている彼女の格好は、殆どが学生服で。
私服もお洒落や女の子らしさなんかとは、程遠いもので。

……だから、疑問系で呼ばずにはいられなかったのだ。




気配を辿って見つけた少女は、黒を基調にしたジャケットを着ていて、アンダーは襟周りを少し大きめにカットしている。
くっきりとした鎖骨が顔を覗かせていて、その傍らでシンプルな作りのシルバーアクセサリーが光る。

ボトムの方はパンツを履いているが、その上にスカートも合わせてある。
スカートは黒の布生地の上に、同じ黒でシースルーの生地が少し眺めに重ねられていた。
全体的に黒を基調にして紅を取り込んでおり、ゴシックとパンクを調和させている。



少女が顔を上げる。
いつも通り、見慣れた面立ち。
右手にいつもの太刀袋。

でも、見慣れない格好。





「―――――――京?」





もう一度、龍麻は問いかけた。


問われた少女は、龍麻と目を合わせるなり、爆発するように顔を真っ赤にして、






「笑いたきゃ笑えッ!!」






開口一番、これである。
誰もそんなことは思っていないのに。

しかし今現在、蓬莱寺京子はそんな気持ちで一杯なのだろう。
自分自身でも全く慣れていない格好が似合っているなど露程も思える筈もなく、変なら変とはっきり言えと。
此処でお世辞のように褒められたって嬉しくもなんともないのだと。


顔を真っ赤にして叫んだ京子に、龍麻はぱちりと瞬きをする。
それからことりと首を傾げ、いつものふわふわとした笑みを浮かべた。




「なんで笑うの?」
「可笑しいんだろーが、どうせ! 似合わねェし!」
「そんな事ないよ」




見慣れない格好であるのは確かだが、似合わないとは思わない。
それは龍麻の本心だ。

しかし京子はその言葉を信じる気にはならない。




「嘘吐け! 笑うんだったらさっさと笑え、今なら許してやるッ」
「笑わないよ。似合ってる」




距離を縮めて、正面から見詰めて言う。
それでも京子は睨むのを止めず、猫が威嚇するように唸っていた。

多分、何を言っても京子の調子は変わらないだろう。
此処で「可愛いよ」なんて言っても、京子は益々癇癪を起こすだけで、ちっとも喜ばない。
だから賛辞は心の中にしまっておく事にして、龍麻は唸る京子を、笑顔のままで見詰めていた。


傍目に見れば、カップルの少年が待ち合わせに遅刻して来て、少女がそれについて怒っているに見えるだろう。
ところが少女が怒っているのは自分の格好についての事で、更に自分で自分をマイナス評価している。
貶す理由がないのに褒めれば怒る、中々珍妙な光景である。

しかし当事者達にとってはいつもの事であるから、龍麻はのんびりと、京子が落ち着くのを待った。




「あのな、オレは着たくねェって言ったんだ!」
「うん」
「こんなカッコ絶対御免だっつったんだよ!」
「うん」
「なのに兄さん達が無理やり着せやがったんだッ!」




京子は昨日、『女優』に泊まった。
それはいつも通り。

いつも通りでなかったのは、今日の朝からだ。




今日がクリスマスなら、昨日はクリスマスイブで、京子はアンジー達から龍麻と過ごす予定はないのかと問われた。
「ない」と正直に答えると、何故か彼女達は残念そうな顔をして、「勿体無いわァ」と繰り返した。
何がどう勿体無いのか、京子にはまるで判らない。

クリスマスすら人に言われなければ思い出さない京子である。
その前日のクリスマスイブなんて、綺麗に頭から抜け落ちていた。



一夜を過ごして朝食を採っていた時、またアンジーから龍麻と過ごさないのかと聞かれた。
それに対して「今日は過ごす」と旨を伝えたら、途端に彼女達は大盛り上がりした。



食事を終えていつものように外で修行をしようと思ったら、サユリに呼び止められ、キャメロンに突然抱えられ、店の奥の住居スペースに運ばれて行った。
いきなりの展開に目を白黒させている間にある一室に入れられ、其処にはアンジーがいて、部屋の中は沢山の洋服が並べられていた。

洋服はどれも京子のサイズに合わせたものばかりであったのだが、京子はそれらを買って貰った記憶がない。
いや、幾つかは以前にプレゼントと称して渡されたものがあったが、それもずっと箪笥の肥やしになっていたものだ。
殆どに袖を通した記憶はなく、存在さえも忘れていたと言って良い。


京子が驚いている間にも、アンジー達はどれが似合うあれが可愛いそれはちょっとと盛り上がった。


京子は自分がどんなみずぼらしい格好になっても(限度はあるが)気にしない。
しかし、ピンクハウスだの花柄だのフリルだのをふんだんにあしらった物は、心の其処から勘弁してくれと叫んだ。
アンジー達は残念そうな顔をしたが、これは譲らなかった。

正直スカートも嫌だったのだが、此方は負けた。
負けたと言うか、有無を言わさぬ勢いで「絶対に似合うから!」とゴリ押しされた。
制服以外のスカートなんて慣れていないから、その下にパンツを履く事は譲ってもらったが、それも彼女達はずっと「勿体無い」と言っていた。



何がどう勿体無いのだか、京子には全く判らない。
判らないまま、あれこれ着せ替え人形のように試着した後、もう時間だからと(本当はまだ余裕があったのだけど)抜け出し、今に至る。




「こんな格好……ッ!!」




冷たい風が一つ吹いて、スカートの裾が翻る。
京子は咄嗟に手でそれを押さえた。

制服の時は何も気にしないで胡坐をかいたり、三階の教室からグラウンドへ飛び降りたりするのに。
スカートである事は同じ筈なのに、慣れない格好だと思っているからだろうか。
いつもは感じない羞恥心が止められないらしい。




「クリスマスなんだからとか、デートなんだからとか、兄さん達が勝手に!」
「うん」
「お洒落しろとか化粧しろとか、面倒臭ェっつってんのに!」
「うん」
「ううぅ〜〜〜〜ッ……」




低い垣根に寄りかかって、赤い顔を俯けて唸る京子。


恥ずかしい。
恥ずかしい。

今の京子の頭の中は、その一言で一杯だ。
がしがし乱暴に頭を掻いて、木刀を握る手に力が篭る。






「お兄さん達、張り切ったんだね」
「オレはいらねえっつったのにな!」




そう言いながらも、彼女は本気で逃げる事はなく。
選んで渡された服を着て、今此処にいる。





「クリスマスは綺麗にするモンだとか、たまには違う格好でとか、なんかお前が喜ぶからとか、」
「うん」
「スカートなんか寒いからやだっつったのに、いつも履かないんだから今日だけとか、」
「うん」
「一回口紅も塗られたし。落としたけどよ」
「うん」
「こんな格好アン子達に見られたら、アイツら何言い出すか判ったモンじゃねえのに、」
「うん」




此方を見ないまま、京子は矢継ぎ早に喋る。
ああ言われた、こう言われた、言っても聞かないから仕方なく。
あくまでこれは自分の意思の結果ではない事を主張して。

けれども、半分パニックになっている所為だろうか。
言い訳のように捲くし立てられる言葉の中に、本音とも建前とも取れる言葉があった。



京子が自分自身がどんな格好をしても気にしないように。
龍麻も、京子がどんな格好をしていても気にしない――――驚きはするけれど。

でも改めて私服を着ているところを見ると、やはり似合うなぁとか可愛いなとかは思うのだ。


今日の彼女の服装は、見慣れないスカート姿で少し驚いたけれど、やはり似合っている。
少しハードな趣向なので格好良いとも取れるが、可愛いと呼んでも相違ない。

けれども京子自身は自分にスカートなんて不似合いだと思っているので、周囲がどんなに褒めても嘘だとしか受け取らない。
こればっかりは当人の慣れの問題で、どれだけ煽てて見せても彼女は噴火するだけだろう。
また本人も動き易い格好が好きなので、ヒラヒラと翻るスカートは自然と選択肢から外れるのだ。


………そんな彼女が、世話になっている人達のゴリ押しとは言え、これを着てきてくれたのは、







『なんかお前が喜ぶからとか』







『女優』の人々にそう言われて、少しでも心が動いたのだろうか。



周りが盛り上がる程にドライになるのが京子だ。
あれこれ着せ替えられて、ぐったりしている様子が目に浮かぶ。


世話になっている人達が好意でしてくれている事だから、逃げ出す訳にも行かず。
かと言って、いつまでも其処に留まって着せ替え人形されていられるほどに忍耐力は強くなく。
もうどうでも良いと、きっと三回は言っただろうに。

その都度、アンジー達にあれやこれやと宥められて、大人しく其処にいて。
「苺ちゃんもきっと喜んでくれるから」と言われた時、彼女はどんな顔をしたのだろう。



……単なる気まぐれとも思えなくもないが、此処は自惚れていよう。
心の中でだけ。





一頻り喋って気が済んだか、言う種が尽きたか。
寒さで悴んで赤くなった鼻柱を掻いて、京子は一呼吸。




「……とにかく、そういう訳だからな」




木刀を肩に担ぐいつものスタイルで、京子は龍麻を睨み付けながら言った。




「うん」
「けッ」




微笑む龍麻に、京子はそっぽを向く。





周囲には、二人以外のカップルがあちらこちらで合流している。
殆どが人待ち状態であった筈の駅前に立ち尽くす人々は、今は二人になって愛を囁きあっている。

生憎、龍麻と京子の間にそういう言葉は存在しない。
龍麻は好きと思ったら好きと言いたいけれど、京子がそれを嫌がる。
本気で嫌がっている訳ではないだろうが、恥ずかしがって、時には手が出る事もあるのだ。


それを思うと、此処に所謂甘い空気と言うものは、まるで無いのだけれど。





龍麻は一歩、京子に近付いた。
京子はそっぽを向いたままだが、距離が近くなったことには気付いている。

だから躊躇わず、言葉もないまま、龍麻は京子の手を取った。




「コニーさんとこ行く?」
「……それじゃいつもと同じじゃねェか」




呆れたように呟きながら、京子は自分の手を握る龍麻の手を握り返す。




「取り合えずどっか入ろうぜ」
「うん」
「ったく、寒ィったらねェよ」




行く場所は決まっていないけれど、探せば幾らでもある。



時刻は正午を少し過ぎた頃、取り敢えずは食事か。
ファミレスでも良いのだけれど、今日という日と時間を考えたら、きっと人で溢れているのだろう。
となると、やはりいつも通りにラーメンでも食べに行こうか。

その次はどうしようか。

苺が食べたいから、そうなると結局ファミレスか喫茶店に行くことになりそうだ。
じゃあ最初から其方に行くべきか―――――


折角のデートなんだから、デートらしくしようか。
でもデートらしくって、どうすれば“らしく”なるのだろう。
取り敢えず今は手を繋いでいるから、いつもより少しデートらしい気もするけれど。







ぐるぐる考えてはいるけれど、結局行き着く先はいつも同じ。

やっぱり足が向いたのは、目の前にあったラーメン屋だった。

























幾らクリスマスだからと世間が盛り上がった所で、学生の懐には限度がある。

シビアな話、何をするにも金がかかる世の中だ。
少し遅めの昼食を終えた後は、店を変えて龍麻の希望通りファミレスに言って甘いものを食べて、それで京子の手持ちはなくなった。
龍麻はもう少し持ち合わせがあったのだが、それも大した額ではない。


別に、贅沢したいとは思わない。
クリスマスだからと、プレゼントが欲しいとも言わない。
あちらこちらでクリスマスや年末のセールをしているのを見ると、今だからこそ安く手に入るんだと思いはするけれど、だからと言って今すぐ欲しいと思う訳でもない。

あれこれ欲しがって浪費するより堅実(京子の場合は興味がないのと、本当に金銭に余裕がない)ではあるのだろうが、周囲でめいめい過ごしている恋人達に比べると、この二人はなんとも殺風景なクリスマスを過ごしている。

しかし、本人達はそれで十分なのだ。
そもそもクリスマスだからと、特別何かを思う性格でもないのだし。




そんな訳で、食べたいものを食べた後は、何をするでもなく二人で街を歩いた。


最初繋いでいた手は、ラーメン屋に入った時に解けて、それから繋がれない。
時々龍麻が繋ごうかなと思うことはあるものの、京子は左手に木刀を、右手をポケットに突っ込んでいて、どちらも空いていない。




ぶらぶらと歩き回ってどれ程時間が経ったか。
横断歩道の信号待ちをしている所で、京子が電柱に寄りかかった。




「疲れた?」
「あー……ちょっとな」




地上も地下街もビルの中も、何処に行っても人だらけ。
仕方のない事なのだが、人口密度の高さに京子は随分前から辟易していた。
歩くことに疲れてはいなくても、人波に揉まれるのは堪えるのだろう。

何処か休める場所はないかと探してみても、座れそうな場所にはもう先客がいる。
座っているのはカップルが多く、それぞれ一人分隙間を空けながら腰を落ち着けて過ごしていた。


一つ、誰も座っていないベンチを見つけた。
コンビニ横に設置されているもので、少し汚れているが、座る分には問題なさそうだ。




「ちょっとこっちで待ってて」
「あ?」




京子の腕を引いて、龍麻はベンチへと移動する。




「ジュース買ってくるから座ってて」
「コーヒー」
「うん」




すとんとベンチに腰を下ろして、京子は一つ息を吐く。


膝を揃えて、スカートを引っ張る京子に、龍麻は小さく笑った。
いつもよりも少しだけ、女の子らしくしているように見えて。

歩き回っているうちに自分の格好に慣れたのか、京子は風が吹いてもスカートを気にしなくなった。
と、思っていたのだが、どうやらまだ気恥ずかしさは残っているらしい。




コンビニに入ると、暖房の効いた空間に龍麻は気を緩ませる。
一緒に入れば良かったかなと表に待たせている恋人を思ったが、座った方がゆっくり出来るだろう。
なるべく早めに買い物を済ませて戻れば良い。


ペットボトルのホットコーヒーと、自分の苺牛乳と。
ついでに苺のお菓子一つと、肉まんを二つ。

ほこほこと暖かな湯気を立てる肉まんは、見ているだけでなんだか心が温まる。
あちこち外を歩き回って疲れている京子も、多分笑ってくれるだろう。


レジに向かおうと方向転換したが、龍麻はレジ前の込み具合を見て立ち止まる。
入った時にはそれ程人はいなかったように思ったのだが、いつの間に増えたのだか。
おまけにレジが故障したのか、カウンター向こうで店員が慌しく右往左往している。

小さなコンビニである為、レジカウンターは一つしかない。
よって、待つしか選択肢は残されていなかった。




(…しょうがないか)




商品を籠に入れて、龍麻は書籍コーナーに移動した。
陳列された本の隙間から、外のベンチに座っている恋人が見えた。

見えるのは後姿なので表情は判らないが、どうにも落ち着いていない。
スカートの裾を気にしているのか、何かともぞもぞ動いている。


見える背中が、なんだか少し心許無いように見えるのは気の所為だろうか。
滅多に見ない私服でいるからか、寒さで縮こまっているからか。
どちらかは判らないけれど、いつもより少し小さくなったように見える。

そんな印象を覚えたと本人が聞けば怒るだろうが、早く戻らないとなぁと龍麻はぼんやり思いつつ、レジを見る。
レジの故障はまだまだ直りそうにない。



適当に本を一冊手に取って開く。
が、意識は一枚ガラスの向こうの恋人に向いている。




(………あれ?)






京子の前に人が立ち止まる。
京子が顔を上げた事で、声をかけられたのが判った。


ガラス越しに見た相手は、今時と言う雰囲気の茶髪の青年。
京子は暫くその青年の顔を見ていたが、ややもするとそっぽを向いた。
青年はめげずに京子の向いた方に腰を下ろし、すると京子は反対側へと顔を背ける。

………ナンパしているのは明らかだ。




―――――よくよく考えれば。
京子がナンパされると言う可能性は、十分あったのかも知れない。


切れ長の眦は、彼女の性格をよく表していて、少しとっつきにくい印象を与える。
けれども顔立ちは整っており、剣術で鍛えられた肢体は無駄な脂肪分がなく、スタイルはモデル並だ。
本人の意に反して大きく育った胸は、男心をくすぐる事も多い。
クラスメイトの男子生徒もそれは無視できず、夏のプール授業などでは皆注目していた。

龍麻は彼女がナンパに遭っている所を見た事はないが、彼女を追う視線が時折感じられる事は知っていた。
隣に龍麻や吾妻橋達と言う取り巻きがいるから声をかけて来ないのだろうが、彼女は十分注目を集めるのだ。


夜の歌舞伎町で彼女をナンパする度胸のある者は殆どいない。
彼女自身が“歌舞伎町の用心棒”として名を知られている。
名前だけが一人歩きしている事も少なくないが、真神学園の制服と、紫色の太刀袋と言う特徴的な目印がある。
嘘だと言われた所で腕っ節は本物なので、余りにしつこい連中は実力を見せて終わりである。


しかし、今は常とは全て状況が違う。
此処は彼女が長年歩き回っている歌舞伎町ではないし、時間も真昼。
紫色の太刀袋は相変わらずあるけれど、滅多に着ないスカートの私服姿。

慣れないスカートで、その下にパンツを履いているにも関わらず、京子は何処か心許無いように見える。
おまけにクリスマスの寒空の下で一人ベンチに座っているとなると―――――




(……やっぱり一緒に入れば良かった、かな)




京子は隣に座った男を全く気に止めていないが、根気強く粘る男を見ると、龍麻はそう思わずにはいられない。


ちらりとレジカウンターを見ると、ようやくレジの故障が直った所だった。
会計待ちの人達が動き始めて、龍麻も殆ど読まず終いの本を棚に戻して、籠を持って列に並ぶ。

その間も龍麻は、外で待つ恋人の様子が気になって仕方がない。
何かあったところで、どうにかなるようなかよわい恋人でもないのだけれど、やっぱり心配なのだ。
龍麻はそれを彼女に伝えるつもりはないけれど。



やけに長く思えた会計を終えて、龍麻は足早にコンビニを出た。


横のベンチで待つ京子の元へ向かう。
コンビニの角を折れてみれば、一枚ガラスの向こうで見ていた光景が、そのまま其処に残っていた。

声をかけようとして、それよりも先に京子が此方を向いた。




「龍麻!」




いつもならほぼ聞く事がないだろう、嬉しそうに名を呼ぶ声。
ベンチを立って此方に駆け寄ってくる恋人に、纏わりつかれて相当辟易していた事が判った。




「遅ェんだよ、テメェ」
「ごめん。レジが故障してたみたい」
「あと五秒遅かったらぶっ飛ばしてたぜ」




ベンチに放置された青年を指差して、京子は忌々しげに呟く。

気の短い彼女が手を出さなかったのは、此処が馴染みのある場所ではなかったからか。
下手に立ち回りすれば面倒なことになると思ったのだろう。



コンビニ袋から肉まんを取り出す。




「お詫び」
「おう」




受け取って早速食べて、京子の頬が緩む。
やっと見れた恋人の笑顔に、龍麻も嬉しくなった。


ベンチに放置されていた男が、悔しそうな顔をして去って行く。
京子は其方を見ないで、肉まんを齧りながら呟く。




「寒ィし鬱陶しいのは付きまとってくるし。災難だったぜ」
「うん、ちょっと見えてた。急ぎたかったんだけど」
「ま、これで勘弁してやらァ」




ありがとうと短い感謝を言うと、京子はまた笑う。
感謝の言葉を告げられるといつも照れ臭そうに拗ねるのに、今だけ、少し素直だ。
付きまとわれた後だからか、手元の肉まんのお陰か。


龍麻も食べようと袋から肉まんを取り出す。

ほかほかと湯気を立てる肉まんは、真冬に見るといつも以上に美味しそうだ。
いつもの苺のお菓子も良いけれど、やっぱり寒い時には暖かいものを食べるのが良い。



早速食べようと、口を開けた時。




「あ」




ぽつりと京子の声が聞こえて、其方を見ると、空を見上げる彼女がいた。
つられて龍麻も空を見上げると、ひらり、舞い落ちる色を見つけた。

―――――――雪だ。




「降って来たね」
「あー…まだ寒くなんのかよ…」




京子の台詞は、雰囲気も何もあったものじゃない。

でも龍麻はそれで良い、それが良かった。
いつも通りでいてくれるのが嬉しい。




さて、此処からどうしよう。
デート初めに思った事を、もう一度考える。


白がちらつき始めた空は既に夜を迎えていて、街はクリスマスカラーのネオンが灯り始めている。
昼から一緒に過ごしているから、その時間を考えると、かなり長い時間を二人で過ごしている事になる。
それ自体は今更の話なのだけど、“デート”として一緒に過ごしたのは初めてではないだろうか。

これだけ長く“デート”をしていても、二人の間の空気はいつもと変わらない。
辺りのカップルのように仲睦まじく過ごす事もなく、ただいつも通りにぶらぶら歩いて過ごしている。



やっぱり自分達は“こう”でいるのが一番いい。
二人並んで、いつも通りの距離感で、いつも通りに過ごしているのが良い。






でも。

肉まんを食べ終わったら、また手を繋ごう。




白が舞う空を見上げる恋人を見て、龍麻は決めた。








だって折角のクリスマスなんだから。











龍♀京ラブラブクリスマス。
あまりクリスマスっぽくないですが、だからこそのうちの龍♀京だと思ってます。

京ちゃんは手繋ぎが嫌いな訳じゃないけど、自分からしようと思わない。
龍麻がやりたがるから、仕方ねェなとは言うけど、決してしたくない訳でもないのです。
自分から甘えるみたいなのはしたくないのですよ、恥ずかしいから。


たまにはお洒落してる京ちゃんと、ナンパされるのが書きたかったのです。