絶対の自信と、プライドと、それから。


















Unconscious confusion



















物に溢れた都会でも、言う程やる事は思い付かないものなのだ。
自身が他の女子高生のように、些細な事ではしゃぐ性格でないから、余計に。



取り敢えず、持て余した時間を、電気屋のウィンドウにあるテレビを眺めて過ごした。
建物に囲まれているお陰で、此処に風は入って来ないから、この季節にしては快適な空間だ。
流れている番組は殆どがニュースだったが、その中の一つだけがバラエティ番組を映していた。

大袈裟な位に騒いで司会者に食い下がる芸人。
その中の殆どに見覚えがなくて、誰が誰だか、どういう芸風なのか全く判らない。
…大して興味も沸かないが。


隣にあるニュースを映すテレビに視線を映すと、物騒な事件を報道していた。
何処何処の何通りで通り魔が────、何線の何番ホームで────、国道何号線で玉突き事故────。
時間差で同じ内容を繰り返し発表するニュース番組の中、一本だけのバラエティ番組が酷く浮いて滑稽だ。

以前は何某かの事故や事件が起きる度、もしかしたら鬼の仕業かと怪しんだ。
今でもその危惧は消えていないが、以前に比べれば大分落ち着いている。
こうして、合間にバラエティ番組を見て笑っていられる位に。




表向き、この街は平和だった。
気紛れに起きる、ヒトが起こす凄惨な出来事以外は。







「やぁ、京ちゃん」







………違った。
オレが平和じゃない。

聞こえた声に、京子は顔を顰めてそう思った。



振り返らずとも、ウィンドウガラスに映り込んでいる姿がある。
京子は相変わらず制服で、同じくあちらも相変わらずの着物姿。




「………」
「つれないね」




返事をしないでいたら、隣に立たれてそんな台詞を言われる。
睨んでやれば、微笑み返された。

ギリギリ歯を鳴らす。





「なんだかご機嫌斜めだねェ」
「誰の所為だ」
「俺の所為かな」





自分で言っておきながら、八剣は立ち去ろうとしない。



八剣の顔を見た瞬間、京子の脳裏には、数日前の学友達との遣り取りが蘇った。
付けっぱなしのまま忘れていたキーホルダーだとか、同じくポケットに入れたまま忘れていたプリクラだとか。
興味を持った遠野に一日中追い掛け回された事も、まだ忘れてはいない。

遠野のパパラッチ根性が半端でない事を知っているから、プリクラも中々捨てられなかった。
土中に埋まる事を平然とやってのける彼女だ、ゴミ漁りだって遣り兼ねない。
『女優』に帰って捨てようと思っていたら、取材と称して遠野が付いてきたので、叶わなかった。
迂闊にゴミ箱に捨てる事も出来ず、結局、翌日の登校中に可燃物に紛らせて、ようやっと手放せた。


─────捨てる時、また浮かんで来た声と顔は、知らない振りをして。




睨む京子の心中など何処吹く風で、八剣はじっと京子から視線を逸らさない。
意に反して見詰め合っている形になっていると気付いて、京子はくるりと踵を返した。

眺めていたバラエティ番組は既にエンドロールを終えて、コマーシャルに切り替わっている。
見るものもなくなったし、気に入らない相手もいるし、もう此処に留まっている理由はないのだ。


数歩進んで、後ろをついて来る気配に気付く。
が、振り返らなかった。
振り返ったら負けだと、自分に言い聞かせる。





「意外と、一人でいる時間が多いんだね」




何をどうしたら、この状況が意外に思えるのだろうか。
初めて逢った時だって、吾妻橋達を介してではあったけれど、京子は一人だったのに。





「こんな時間まで一人なんてねェ、物騒なんじゃない?」




時刻は既に夜。
向かう不夜城は、確かに物騒な場所だ。

だが、それがどうしたと言うのだ。
歌舞伎町には小学生の頃から馴染んだ場所で、中学生の頃には夜中に外を出歩くことなんてしょっちゅうだった。
その上あちこちで喧嘩をして、知らない者はいなかったし、売られる喧嘩は全部買って軒並み返り討ちしていた。
今更京子の身の心配をする者は殆どおらず、口にしても精々「気を付けてね」程度のものだ。



繁華街の入り口を通り抜けると、街灯に一気に原色がつく。
強すぎる色彩の光源も、見慣れて随分と久しい。


道行くチンピラに声をかけられて、一瞬、誰だったかと考えた。
半月前に喧嘩を振ってきて返り討ちにして、吾妻橋達と同じように自分の舎弟になると言い出した男だ。
なんでも、元は墨田の四天王の舎弟だったらしいが、詳しいことは興味がないので覚えていない。
ぼんやりと、アイツらも舎弟なんてモンいたのか、と思ったのが精々だ。





「顔が広いね」





確かに、知り合いは多い。
しかし、京子が顔を覚えているのは、精々全体の半分程度だ。

中学生の時に散々暴れた効果だろう、向こうが一方的に京子を知っている場合も多々。
恨み辛みを募らせて挑んでくる連中もいるが、その殆どを京子は顔も覚えてなければ、会った事さえ記憶にない。


“歌舞伎町の用心棒”の名が一人歩きをしている事もある。
その人物が女であるとは思えないような噂もあり、女であると伝わっているかと思ったら、筋骨隆々の化け物並みだとか。
実物に会った人間が、京子がその本人だと知って、信じなかいなんて話もよくある事だ。

人の噂なんてそんなものだと、他人事のように思ったものだ。





「でも、あんまり感心しないね。女の子の、夜中の一人歩きは」





聞こえた言葉に、思わず足が止まる。
追いつかれて隣に並ばれた。





「慣れているとか、知り合いが多いとか言っても、やっぱりね」
「…………」
「京ちゃんが強いのは知ってるけど」
「だったら付き纏うなッ」




握っていた木刀を予告なく振った。
無言で向けられた刃を、八剣は身を引いて避ける。

何をするんだと言う事もなく、八剣は笑みを浮かべたまま、侘びた。




「ごめんね。でも、気になるんだよ」
「何がだよ!」
「京ちゃんが。何処かで怖い目に遭ったりしないかなって」
「いらねえ世話だ。大体、なんでオレなんだよ」




何故、八剣がこんなにも自分に付き纏おうとするのか、京子には全く判らない。
同じ女で心配すると言うのなら、葵の方がよっぽど心配し甲斐があるだろうに。
彼女ならこうして一々跳ね除ける事もないし、素直に感謝を述べるだろう。

京子は、守られるだとか、心配されるのが嫌いだ。
弱いと言われているようで、それは京子のプライドが許さなかった。

お世辞にも素直ではない性格で、大人しく守られると言う事も甘受しない。
そんな自分の心配なんてして、この男は何が楽しいと言うのだろう。



問うた言葉に、八剣からの返事はなかった。
しばし考えるように顎に手を当てていたが、結局、答えらしい答えは告げられない。
京子を見下ろして、すぅと目を窄めただけだ。

それが余計に京子の神経を逆撫でする。




「なんだか知らねえがな、テメェの心配なんざ鬱陶しいだけなんだよ」
「ああ、判ってる。京ちゃんは強いしね。無用のことだとも思ってる。だけど、万が一ってあるでしょ?」
「ねェよ、ンなモン」





万が一に、何が起こると言うのだ。
京子は顔を顰めて、再び前を向いた。


其処に、どうも物騒なオーラを纏った男達を見つけて、京子は益々顔を顰めた。



京子の視線が向けられている事に気付いて、男達がにじり寄って来る。
手には物騒な代物があり、友好的でない雰囲気を見なくとも、碌でもない用事である事は察しがつく。





「“歌舞伎町の用心棒”だな?」
「……だったらなんでェ」




さて、何処で関わった奴等だろう。
数秒考えて、すぐに止めた。





「ちょいと面貸せや」
「嫌だっつっても関係ねェけどなァ」





こういう奴等は、何故総じて言う事が同じなのだろうか。
同じようなアタマしてるから、バリエーションも一緒なのかね。
思いつつ、京子は一つ息を吐いて一歩踏み出す。

と、肩を掴まれてそれを阻まれる。
振り返れば、他にいる筈もない、八剣。




「離せ」
「心配なんだよ」




要らないと言っている。
目線でそう告げて、京子は八剣の手を振り払った。


人通りの多い路の真ん中で大立ち回りをするつもりはない。
警察に通報されたら面倒だ。

路地へと誘い込むチンピラ達の後ろ、数メートルを空けて進む。
入り込んだ路地はやはり埃臭くてカビ臭くて、これだけはどう足掻いたって好きにはなれない、と鼻を詰めた。







慣れている。
こんな事は幾らでも。


敵意は判り易いから、楽だ。
好意は判り難いから、苦手だった。

敵意で遮るものなら、幾らでも叩きのめして退かせればいい。
けれど、好意で遮るものは、叩きのめす訳にも行かなくて、どうして良いのか判らない。










『心配なんだよ』










どんな顔をして、どんな声で、何を言えばそれに相応しいのか判らない。



































溜まっていた鬱憤を晴らすように、向かって来る相手を討ち返した。

女だと思って甘く見ていたのか、それとも自分達の力を過信していたのか知らないが、実力は京子の足元にも及ばない。
それでも、八つ当たりには相応だったと、相手にとっては酷な事を考える。



服に付着した埃を払って、京子は足元を見遣る。
痛みに呻く男の躯があって、一瞥して京子はくるりと背を向けた。

背を向けて、向かうつもりだった道の先に、着物姿の男を見つける。





ほら、見ろ。
万が一ってなんだ。





いつから其処で見ていたのかは知らないが、男が気にするような事は何もない。
京子は傷一つ負う事なく、男達は全員地に落ちている。
これがいつもの光景だ。

心配だからと、こんな場所まで来て待っている相手の、考えている事が判らない。
何かあれば割り込むつもりだったのだろうか、それも京子にとってはプライドに障るだけだ。





立ち尽くす八剣の隣を通り抜けて、今度は引き止められることもなければ、呼び止めることもなかった。
後をついて来る足音もなく、ようやく解放された気分になって息を吐いた。

離れていく背中の気配は、動く様子はない。
此方を見送るような視線もなく、ただ無言のまま、背中合わせで離れて行く。
地に伏した男達を、あの男が哀れと思うかは、京子は知らない。









女だからなんだ。
女だから心配なのか。
女だから、何が、心配なんだ。

そんなものは、とっくの昔に遠く何処かに放り捨てて来た。




喧嘩を売られて負けるつもりはないし、負けない自信がある。
守られるのは性に合わないし、庇われるのはプライドが許さない。

周囲も、多分、それを判っていて。


だから今更、心配だから放って置けないなんて、そんな事を言われても。





────────どうすれば良いのか、判らない。














混乱中の京子。
「駄目だよ」と言われる好意に慣れてない京子ちゃんでした。