ぼくのこころをきみにあげる





京一と龍麻は、園舎の周り廊下に座っていた。
外と中を仕切る大窓は全て開け放たれていて、其処に腰掛けて、庭で遊ぶ他の子供達を眺めている。

庭で遊んでいるのは、葵、小蒔、雪乃、雛乃と言う、真神保育園の女の子が四人と、それを見守るマリア先生。
残る一人の一番小さな女の子は、龍麻の膝の上でお昼寝中だった。
龍麻は膝上のマリィを重いと思う顔など一つもせず、時々頭を撫でてあげながら、起こさないように努めていた。


何故男の子達の中で、この二人だけが遊戯室ではなく廊下にいるのか。
それは、二人が女の子達────正確に言えば小蒔を見張ることが役目であったからだ。


今、遊戯室では二人を除く男の子達が相談をしている。
醍醐が好きな小蒔に渡す手紙を書いているのだが、京一はなんとなく、上手く行かないような気がしていた。
と言うのも、今まで今までであったから、京一は「今度こそは」なんて期待を持たなくなっていたのだ。

廊下と外の段差でぶらぶらと足を遊ばせながら、京一は頬杖をして溜息を吐く。
それを聞いた龍麻が京一を見て、




「あそぶ?」
「…べつにヒマなんじゃねェよ」




見張りを任された所為で遊べない。
それも少し詰まらないと思わないでもないが、どうしても遊びたいと言う程、今日はエネルギーが余っていない。

龍麻の言葉を否定してから、京一はもう一度溜息を吐いた。




「うまくいくわけねえと思ったんだ」
「どうして? だいじょうぶだよ」
「…おまえは知らねえからノンキなんだよ」




京一が真神保育園に預けられるようになったのは、冬の真っ盛りであった。
あれから春が来て、庭の桜に緑が茂るようになり、子供心には短くない時間が経っている。
その間に何度も醍醐の告白に協力(と言うほど手伝ってはいないけれど)して、未だに成果がゼロなのだ。

……醍醐には悪いが、はっきり言って、飽きる。


苦いものを食べたような顔の京一に、龍麻はことんと首を傾げる。
知らないから、とはどういう意味なのか聞きたかったが、京一はもう龍麻を見てはいなかった。



ぱたぱたと軽い足音が聞こえて、京一と龍麻は顔を上げる。
見れば、女の子達の輪から離れて、葵が二人の下へと駆け寄ってきていた。




「きょういちくんも、ひゆうくんも、いっしょにあそびましょう」
「……オレはいい」
「ありがとう。でも、マリィがねてるから……」




ずっと見てばかりの二人を気遣っての言葉だったのだろうが、二人は直ぐに断った。

葵の眉毛がハの字になって、少し寂しそうな表情になる。
けれども仕方がないとは思ったようで、そっか、と笑ってまた女の子達の所に戻ろうとした。


それを呼び止めたのは、京一だ。




「あおい、ちょっとまて」
「なぁに?」




京一に呼ばれると言う、少し珍しい出来事に、葵は嬉しそうに振り返った。

京一がちょいちょいと手招きすると、葵は不思議そうに首を傾げて、京一へと歩み寄る。




「どうしたの? きょういちくん」
「……ちょっとてつだえ」




前置きのない京一の言葉に、葵はまた不思議そうにことんと首を傾げる。
何を? と黒々とした瞳に問われて、京一は面倒臭そうな顔のまま、説明した。




「だいごのヤツが、こまきにコクハクするんだってよ」
「そうなの?」




京一の言葉に、葵が手を合わせて目をきらきらと輝かせる。


醍醐が小蒔の事を好きなのは、勿論、女の子達も皆知っている。
誰がそうと聞いた訳ではないけれど、醍醐の様子を見れば誰にでも判ってしまう事だった。
にも関わらず、当人だけがそれと気付いていない。

女の子達にとって、醍醐と小蒔の関係と言うのは、なんともじれったいものであった。
どう見ても好きだと判るのに、それを言えない醍醐と、全く気付く様子のない小蒔。
小蒔の方は気付けと言うのが無理そうなので、ならば醍醐に早く動いて欲しいと思っていた所である。

……実際は、何度も醍醐が言おう言おうとしていた事は、彼女達は知らない話であった。



良い話だと京一の言葉に表情を明るくした葵だったが、京一は相変わらず、苦いものを食べた顔をしたまま。




「でもだいごのヤツ、こまきのまえだと、ガッチガチだろ」
「そうね……でも、きっとだいじょうぶよ」
「ダイジョーブじゃねえよ。ふつうにハナシするのもできないクセに、コクハクなんか出来るもんか」




その上、京一はそう言った場面を繰り返し見せられている。
この点については全く期待できなかった。

また眉をハの字にしてしまった葵に、龍麻がにっこりと笑いかけ、




「だから、おてがみわたすんだ」
「おてがみを?」
「すきですってかいた、おてがみ」




お喋りは出来なくても、これなら渡すだけで済む。
ガチガチに固まるのが京一には簡単に想像できたが、それでも手紙を差し出す位は出来るだろう。

龍麻の言葉に、葵はホッと安心したような息を吐いた。




「それで、わたしのおてつだいって、なぁに?」




気持ちを切り替えて、葵は京一に訊ねた。

京一はちらり、ブランコで遊んでいる女の子達を見る。
其処にいるのは小蒔、雪乃、雛乃。




「おまえ、あいつらどうにかしろ」
「…あいつらって…?」
「ゆきのとひなの。で、こまきだけ池のところに呼びだす」
「あ、わかった。二人きりにしてあげるのね」




京一の考えに気付いて、葵が言った。
そういう事だと京一が頷けば、葵が嬉しそうに笑う。



京一は、手紙を渡すだけなら、人前でも平気なんじゃないかと思った。
寧ろ二人きりになんかさせたら、また醍醐が変に意識してしまうような気がする。

しかしこの告白作戦にノリノリの雨紋、意外にも如月、壬生は二人きりにするべきだと言った。
雨紋曰く“いんしょーにのこるコクハク”にする為に、手紙の内容は勿論、渡す場所も彼らは熟考していた。
醍醐も今回こそはと意気込んでいるようで、京一の心配など全く気にしていない。





……此処まで周りを巻き込んで、空回りしなきゃいいけど。

やはりそんな思考に行き着いて、京一はこっそり溜息を吐いた。

























葵から内緒の話があるの、と言われて、小蒔は真神保育園の庭にある池に向かった。


其処はついこの間まで、京一の遊び場だった。
けれど、最近は京一が一人で遊ぶ事も減り、この池で飛び石遊びをする事もない。

小蒔はまだ京一とケンカをする事が多いけれど、一緒に遊ぶようにもなった。
京一はいきなり大声で怒る事もなくなって、一緒に遊ぼうと言う葵を無視する事もなくなった。
だから小蒔も京一と衝突する事は減って、今ではケンカ友達のような感覚だ。



さっきまで一緒に遊んでいた雪乃と雛乃は、葵が連れて行った。
もうすぐおやつの時間だから、本当なら小蒔もそれについて行く筈だったのだが、内緒の話があると言うから此処に残っている。

真神保育園は、あまり広くない───と言っても、子供にしてみれば十分大きいのだけれど───。
だから内緒話をする為には、ひそひそ声を小さくするか、他の子供達がいないタイミングを見付けなければならない。
おやつの時間は、子供達全員が遊戯室に集まるから、絶好のチャンスだった。


本当は早くおやつを食べたいけれど、“内緒話”と言うのは、子供にとってなんだかわくわくするフレーズだった。
小さな箱庭の中で秘密を共有するのは、スリルがあって楽しい事だった。




小蒔は、池の辺に座って靴と靴下を脱いだ。
水面に足を下ろすと、遊び回って上がった体温に、ひんやりと冷たくて気持ちが良い。


ぱちゃぱちゃと足を遊ばせて水を跳ねさせていると、小蒔はふと、辺りが随分と静かな事に気付く。
いつもなら園舎の方から子供達の声が聞こえるのに、今日はそれらしい声がない。
おやつの時間になったばかりなのに、皆もうお昼寝してしまっているのだろうか。

不思議に思って首を傾げていると、カラカラと廊下のガラス窓が開けられる音が聞こえた。
葵が来たと思って振り返ると、其処にいたのは親友の女の子ではなくて、




「あれ? だいごくん?」




熊さんみたいな男の子が、大きな体を縮めている。
小蒔が名前を呼んでみると、醍醐はドキッとしたように大袈裟に跳ねた。

醍醐はカチッ、カチッ、とぎこちない足取りで、小蒔のいる池まで歩み寄る。




「だいごくん、もうおやつたべたの?」
「は、はい」




醍醐は、小蒔に対してだけ、丁寧な言葉を使う。
その理由を、小蒔は知らない。


小蒔は水面から足を上げて、濡れた足をぶんぶんと振って水を飛ばす。
靴下はズボンのポケットに入れて、靴の踵を踏んで立ち上がった。

醍醐は、池の辺の、小蒔からちょっと離れた位置に立っている。




「ね、だいごくん。あおい、まだおへやにいる?」
「う、ん…そう、ですね」
「どうしたんだろう。ボク、ちょっと見てこようかな」
「あ、あの、」




園舎を見て言った小蒔に、醍醐が慌てたような声を出す。
その様子に小蒔が首を傾げて醍醐を見れば、醍醐は真っ赤な顔で俯いていた。




「あの、…その、……」
「うん?」




もじもじとする醍醐に、小蒔は反対側に首を傾ける。
俯き気味でどんな顔をしているのかは見えなくて、小蒔は醍醐の傍に行くと、しゃがんで彼の顔を覗き込んで見た。

ぱっちり、目が合う。

途端に醍醐の顔から、ヤカンが沸騰したように火が吹いた。
けれども、小蒔には醍醐のこんな反応はよくある事で、なんでだろうとは思うものの、それほど不思議には思わなかった。


そのまま固まってしまった醍醐に、小蒔はひらひらと手を振ってみる。
すると、はっとしたように醍醐がまた動き出した。




「そ、その……」
「うん」




醍醐が慌てたようにズボンのポケットに手を入れる。
出したいのに引っ掛かって出せない、そんな仕種を何度か繰り返した後、ようやく醍醐は目当てのものを取り出した。




「あのッ…こ、これを……」




ぎゅっと目を瞑って差し出されたのは、可愛らしい花柄の便箋。
クマさんシールが貼ってあって、“さくらいこまきさんへ”と書かれている。


小蒔はきょとんとしながら、醍醐の手にある手紙に手を伸ばす。
受け取って何度か醍醐と手紙を交互に見て、「開けていい?」と聞けば、醍醐は真っ赤な顔で何度も頷いた。
表と同じく、クマさんシールが貼ってある封を取って見ると、中には花柄の折り紙が入っていた。

二つ折りにされた折り紙を取り出し、開く。
其処には拙い文字で文章が綴られている。


所々文字の左右が逆になっていたり、小文字が大文字になっていたり。
そんな事はまだ小さな子供にとっては些細な事で────それよりも。




「……ごめん、だいごくん」




零れた小蒔の言葉に、醍醐が悲しそうな顔をした。
それに構わず、小蒔は手紙を醍醐に差し出す。




「ボク、よめないや。よんでくれる?」




─────その言葉に、近くの茂みがガサガサ派手に動いたけれど、小蒔は気にしなかった。
多分、最近あの辺りでよく昼寝をしている猫だろうと思ったからだ。



三歳の小蒔は、まだ全部の平仮名が読めない。
今正に勉強している真っ最中で、書くのも中々難しかった。

折角一所懸命に書いてくれた手紙を読めないなんて、凄く悲しい事だと小蒔は思う。
でも、今直ぐに読んでくれと言われても、読めないものはやっぱり読めなかった。


小蒔の言葉に、醍醐はぱちぱちと何度か瞬きした後で、おずおずと手紙を受け取った。




「え…と……よ、よみます」
「うん」




ごほん、と緊張を誤魔化すように咳払いして、醍醐は姿勢を正す。
背中をピンと伸ばして、まるで表彰状を読み上げるように、両手で手紙を持つ。




『さくらいこまきさんへ』

『はじめてあったときから
さくらいさんのことが
すきでした』

『ぼくと………』




詰まりながら、どもりながら、醍醐は精一杯の気持ちで手紙を読む。
けれど、その声が最後の一文で止まってしまった。

まだ続くのだろうと言う事は小蒔にも判ったから、どうしたんだろうと思って首を傾げる。
なんだか今日は首を傾げてばかりで、クセになってしまいそうだった。


醍醐は真っ赤な顔で、口を魚みたいにパクパクさせていた。

手紙を持つ手が震えていて、寒いのかな、と小蒔は思う。
でも季節はそろそろ夏を迎えようとしていて、蒸し暑さはあっても、寒くはないと思うのだけれど。
ひょっとして風邪かな? とも思えてきて、大丈夫かなァとひっそり心配してしまう。

それらが全て的外れである事を指摘できる子供は、此処にはいない。



じっと醍醐の言葉を待つ小蒔。
その時間は十分か二十分か、いや実際にはそんなに長くはないのだけれど、小蒔はそれ位に感じていた。

なんだかやけに緊張する沈黙が続いて、しばらくの後。




『ぼくと、おつきあい、して、ください!』




有り余る勇気を振り絞った醍醐の言葉。



ゆった!
ゆったよ!
っていうか、よんだんじゃん。
でもゆったよー!

何処かからそんなヒソヒソ声が聞こえる気がしたが、出所は判らなかった。
醍醐はやっぱり真っ赤になっていって、また固まって立ち尽くしている。




醍醐はそれきり黙ってしまって、じっと小蒔を見詰めている。
ああ醍醐君の目ってちょっと茶色いんだ、と小蒔は初めて知った。


どうして初めてなんだろうと思ってから、醍醐が今まで、真っ直ぐ自分を見てきた事がなかったと気付く。
よく話をするし、一緒に遊ぶ事もあるし、京一とケンカになったら必ず助けに来てくれていたのに、何故だろう。
あんなに一緒にいたのに、一度もちゃんと顔を見て話した事がなかったなんて。

小蒔はなんだか無性に嬉しくなった。
こうしてきちんと向き合って話しが出来るようになったのが、とても素敵な事に思えて。


だから、小蒔は返事を躊躇わなかった。




「うん、いいよ。一緒に遊ぼう!」




言って、小蒔は醍醐に駆け寄ると、自分よりほんの少し大きくて丸い手を取った。
その途端に醍醐がピーンと固まってしまったけれど、そんな事に小蒔は気付かない。

葵の言っていた内緒の話は、また今度にして貰おう。
葵が遊戯室から出て来る様子もないし、きっとおやつを食べた後で眠ってしまったのだろう。
自分が呼んだクセに、とは小蒔は考えなかった。





小蒔は醍醐の手を引いて、ブランコへと走って行った。























「やったー!」
「せいこう!」
「……そうかァ?」




大喜びで立ち上がった雨紋と葵の言葉に、京一は呆れたように言った。
けれども、そんな彼の隣では、龍麻が満足そうにパチパチと拍手している。


場所は池の辺の傍にある茂みの中で、最近猫が住み着いて昼寝をしている所だった。
今日は子供達が集まっているのに感づいて、煩いのは御免とばかりに早々に退散してしまっている。

集まっているのは龍麻、京一、雨紋、亮一、葵、如月、壬生の七人。
雪乃と雛乃は葵から話を聞いて一緒に様子を見たがったが、マリィが起きて一緒に遊びたがったので、遊戯室にいる。
代わりに後で全部教えろ、とは雪乃の言であった。


結局、醍醐の告白作戦は、告白相手である小蒔以外の全員に知れ渡ったと言う事である。




「せいこうだろ、せいこう。てがみもわたしたし、ってかよんだし」
「こまきもうんって言ってたわ」
「……言ったけどよ……」




いえーい、と亮一とハイタッチする雨紋と、良かったねと喜びあう龍麻と葵。
じっと黙って様子を見ていた如月も、うんうんと納得したように繰り返し頷いている。
壬生は手近な木に寄りかかって、マイペースにこんな時まで持って来た絵本を開いていた。

どうやら、告白作戦が結局空回りに終わったと思っているのは、京一一人らしい。
こうなると自分が何を言っても無駄だと、京一は早々に諦める事にして、立ち上がって膝の土埃を払う。




「ハラへった。オレかえる」
「ぼくも」
「あ、オレもー」
「じゃあわたしも…」




おやつを途中で残して出てきてしまっている。
皆それを思い出したようで、京一に釣られるように、皆も立ち上がってぞろぞろ歩き出した。

普通に庭を横切ってしまったら、ブランコで遊んでいる小蒔と醍醐に見付かってしまう。
告白の一部始終を見ていたなんて、小蒔はともかく、醍醐に気付かれたらきっと彼は怒るに違いない。
茂みの中を通って、庭を大回りして、子供達は園舎の裏口に向かった。



子供達が皆揃って此処に集まっていたのには、理由がある。
本当に純粋に、醍醐がきちんと告白出来るのかどうか、心配だったからだ。



おやつの時間になって、葵が雪乃と雛乃をつれて遊戯室に戻った後、子供達は直ぐに醍醐に行けと促した。
けれども、京一の予想通り、二人きりになると知った醍醐は、ガチガチに固まって動けなくなった。
だが子供達の協力を無には出来ないと、右手右足が一緒に出る歩き方で、彼は遊戯室を出て行った。

その後姿を眺める子供達が、一抹の不安を覚えたのは無理もない話しである。
やっぱりぎこちない動きで、小蒔の待つ池へと向かう醍醐を見て、子供達は園舎の裏口から外に出ると、庭を大回りして池傍の茂みに身を潜めた。


様子を見守っている間、子供達は自分の事のように、醍醐と小蒔の様子を緊張した面持ちで見詰めていた。
京一は半分諦めていて、壬生は相変わらずマイペースだったが、二人とも気にならなかった訳ではない。

醍醐の差し出した手紙を小蒔が受け取り、「ごめん」と言った時には、皆ががっくりと肩を落とした。
が、その後の小蒔の言葉に、全員がコケたのは無理もない話である。
そっちかよ、と京一と雨紋が呟いていた。


「読んで」と言われた醍醐は、つっかえつっかえしながら、なんとか手紙を読んだ。
結局口で伝える事になったのはいつもと変わらないのだが、手紙を読むだけ、と自分に言い聞かせたのだろうか。
無事に全てを伝えきると、後は小蒔の返事を待つだけ。

そうして返って来た小蒔の言葉に、醍醐は真っ赤になって、それでも嬉しそうだった。



────の、だが。




「うれしそうだったね、だいごくん」
「あー、よかったよかった! これでオレたちもてつだったカイがあるってもんだな!」
「アン子せんせいにもつたえないと」
「ゆきのちゃんと、ひなのちゃんにも」




自分の事のように嬉しそうにしているのは、龍麻、雨紋、亮一、葵の四人。
如月は葵の隣で、同意するようにうんうんと何度も頷いていた。


子供達は出てきた裏口のドアを開けて、脱いだ靴を持って、一度園舎の玄関に向かう。
下駄箱にそれぞれ靴を収めて、今度こそおやつを食べる為に、遊戯室へと入っていった。

戻って来た七人を見て、雪乃、雛乃、マリィの三人が顔を上げる。




「おかえりなさい、みなさん」
「おかえり! どうだった!?」
「うまくいったよ」
「ホントか! よっしゃー!」




ガッツポーズで喜ぶ雪乃に、雛乃も良い事ですね、と拍手しながら言った。
マリィも周りが喜んでいる事に気付いたようで、きゃらきゃら笑い出す。

詳しく話を聞きたがる雪乃に、葵がおやつを食べながら話をすると促した。
子供達は皆集まって輪になり、真ん中におやつを置いて、一部始終を報告する事にする。


が、京一は自分の分のクッキーを取ると、さっさと輪から外れた。
向かった先には、同じくマイペースに自分の分を確保して、窓際の椅子に座って絵本を読んでいる壬生の所だ。

三つ並んだ椅子の左端に壬生、其処から真ん中を空けて、京一は右端の椅子に座った。
真ん中の椅子に壬生のクッキーが置いてあったので、京一も其処に置かせて貰う。
椅子の上で行儀悪く膝を抱えて丸くなる京一を、壬生はちらりと見ただけで、また直ぐに絵本に視線を戻した。




「おおー! あいつ、ゆったのか!」
「うん、よんでっていわれて…」
「なんでもいいよ。やっぱりオトコはちゃんと口でいわなきゃな!」
「うぅー!」
「マリィもそうおもうって」
「だいごさま、とってもおとこらしくて、すてきです」




雪乃も雛乃も、醍醐の健闘にとても感動しているようだった。
雨紋がヒヤヒヤしたけどな、と言うが、それも緊張感を上げる程度の効果にしかならない。

京一は頬杖をついて、盛り上がる子供達を眺め、




「……あいつ、ぜってーカンちがいしてるだろ」




何度目か知れない溜息を吐いて呟いた京一に、ちらりと壬生が目を向けて、




「…いいんじゃないかな。うれしそうだったから」




本人達が幸せなのが、結局は一番なのだと。
それは京一も判っていたから、もう何も言わない事にした。










自分の想いを口に出来る事が、少し羨ましいなんて。


窓辺に座った二人の子供が、そんな事を考えていた事は、誰も知らない。












素直になること、思った事を口に出来る事。
大人になればなるほど出来なくなる事が、もう出来なくなってしまった子供達。

うちの小蒔と醍醐は、いつまでも空回りしてる気がする……ごめんよ、醍醐。