───────悪い気がしない時点で、それはつまり、やっぱり嬉しいと言う事で

















This is one how to celebrate


















『Happy birthday、京一─────!!』







綺麗に揃ったその言葉を切っ掛けに、クラッカーの音が次々と鳴り響く。
宙に飛び出したカラーテープが翻り、京一の頭に降り注いだ。



照れ臭いやら、恥ずかしいやら。
並んだ笑顔を前にして、京一は耳が赤くなるのを感じていた。

場所は行き付けのラーメン屋。
右隣から緋勇龍麻、マリィ、醍醐、小蒔、葵、遠野、如月、雨紋、織部姉妹、八剣、壬生、墨田四天王。




隣に立つ龍麻が顔を覗き込み、いつもの笑顔を浮かべ、




「おめでとう、京一」




改めて面と向かって言われて、京一は頭を掻いて、小さく「おう」とだけ返す。
それだけで龍麻は満足だったらしく、見慣れた笑みを尚深くする。

龍麻一人に言わせてなるものかと、醍醐、小蒔、葵、遠野からも同じ言葉が向けられる。




「京一、おめでとう」
「おめでとー」
「京一君、18歳おめでとう」
「おめでと、京一ッ。ほら、こっち向いて、こっち!」
「撮るなッ」




相変わらずカメラを手放さない遠野に制止してみるが、聞く訳もなく、しっかりピントを合わせてシャッターを切られる。
今更だとそれ以上は好きにさせる事にして、京一は集まったメンバーを見渡す。




「よくこんなに集まったモンだな。暇なのか? お前等」
「バカ言えよ」




京一の言葉に抗議が上がる。
織部雪乃のものだった。

雪乃と雛乃は、今日は見慣れた巫女服ではなく、ゆきみヶ原高校の制服だ。
少々の新鮮味を感じつつ、京一は雪乃の言葉を待った。




「店が燃えた如月は暇だろうけど、オレや雛は忙しいんだよ」
「じゃ、なんで来てんだよ」
「祝うんだったら、大勢の方がいいだろ。来てやったんだから感謝しろよ」
「姉様……申し訳ありません、蓬莱寺様」




姉の態度に謝罪を述べる雛乃に、まぁ予想はしていたからと京一は気にしていない事を示唆する。

織部神社の巫女など暇ではないだろうに、其処に大の男の居候が二人もいるのだ。
命賭けで闘った間柄とは言え、京一と織部姉妹の間の接点は薄い。
大方、小蒔か葵がゴリ押ししたのだろう。

しかし二人の手には、小さいがプレゼントのようなものが握られている。
例え他人からのゴリ押しでも、貰える物は貰うつもりの京一だ。


吾妻橋達は、恐らく龍麻が呼んだのだ。
京一の誕生日と聞けば、アニキシンパの彼らの事、飛びつくに違いない。


龍麻の隣を陣取るマリィは、元々このラーメン屋に預かって貰っている。
だからこの店に来た時点で、彼女の襲来は避けられない。

如月は、葵が声をかけたのだろう。
彼の葵至上主義は、最初に会った頃から感じていた。
でなければ、寄ると触ると憎まれ口しか出ない仲で、祝いになど来る訳がない。



それから────雨紋。

視線を向けると、聞きたいことは解ったのだろう。
雨紋は胸を張って、




「人気バンド“CROW”のボーカリストに祝って貰えるんだぜ。喜べよ」
「押し付けがましいんだよ、テメェは。大体、オレがベースやるっつったのにお流れにしやがって」
「…その話、まだやる気だったんだ…」




ぽつりと呟いたのは小蒔だった。

ベースがお流れになった件については、言いたいことはあるが、今日は祝いの席である────それも自分の。
心象悪くするのも嫌だし、一応、祝ってくれると言うのだ。
文句は一先ず飲み込むことにする。



最後に、一番このメンバーの中で違和感のある二人へ。






「………で、お前等は?」





壬生紅葉と、八剣右近。

拳武館の一件が片付いたとは言え、京一自身は、二人とそれ程親しい間柄ではない。
八剣の方は街中で顔を合わせると妙にちょっかいをかけてくるが、壬生の方はからっきしだ。


壬生がメガネに指をかけて、俯き加減で呟く。




「……駅前で緋勇から声をかけられた」
「ああ、俺もだね」
「龍麻ァッ!」




隣に立っていた龍麻に声を荒げると、相手は動じる様子もなく、



「だって、お祝いだし。沢山の人にして貰った方が嬉しいよ」
「相手を選べ、相手を! 節操なしも大概にしやがれ!」
「僕、節操なしじゃないよ」
「問題は其処じゃねェッ」




微妙にズレた発言の相棒に怒鳴るも、龍麻は首を傾げるだけだ。

良かれと思って声をかけたのだろうが……
そして、何故二人もこうやって堂々と来ているのか。


憤慨する京一を宥めたのは、龍麻と逆隣に立っている吾妻橋だった。




「まぁまぁアニキ。めでたい席ですから、その辺で……」
「お前もな、忘れた訳じゃねェだろうが」




八剣を指差して言うと、八剣が此方に向けて笑みを浮かべる。


吾妻橋は彼に拉致され、他のメンバーも身動き出来ない状態にされたのだ。
京一を呼び出す為に、あんな手の込んだ果たし状に。

考えないようにしていたのか、吾妻橋の顔色が少々悪くなった。
八剣の視線が此方に向いている事に気付くと、隠れるように京一の後ろに回る。




「その、龍麻サンが呼んだそうなんで……」




龍麻は京一の相棒だ。
京一が誰より何より信用している人間である。
その人が呼んだ相手だから、苦手意識はありつつも、反対など出来る訳がなかった。

そもそも、京一が一度でも完膚なきまで負かされた相手に、彼らが挑める筈もない。



あらぬメンバーが集まった原因が龍麻であると聞いて、隣に立つその人物を睨み付ける。
しかし龍麻はやはり何処拭く風と言う面持ちで、変わらぬ笑みを浮かべるだけだった。
















馴染みのラーメン屋をすっかり貸し切った状態で、京一の誕生日パーティは行われた。
何も此処までしなくていいだろうと思うが、向けられる笑顔に悪い感情が浮かぶ筈もなく、寧ろくすぐったくて仕方がない。

見渡せばそれぞれの祝う笑顔があって(マリィは少々拗ねた顔をしていたが)、京一は何処を向くにも向けられる笑顔に耐え切れず、少々視線を伏せていた。
が、そうすると龍麻が覗き込んでくるので、にっちもさっちも行かない。


ラーメン屋にはある筈のないケーキは、甘さ控えめになっており、京一も無理なく食べられた。
醍醐の手作りだと聞いて、相変わらず顔と体格に似合わない性格だと思う。

チョコレートのメッセージプレートには、筆記体で「Happy Birthday」の文字が並び、また無性に照れ臭さに見舞われた。




ケーキを食べ終え、コニーの作ったラーメン屋のメニュー料理も食べて。
満たされた腹に満足感を覚えていると、それじゃあ、と小蒔が手を叩き、



「そろそろ渡そうか、プレゼント」




言われて、ああそうか、と京一は思い出す。
気安い雰囲気から、段々といつもと変わらぬ集まりのように感じていたが、誕生日パーティなのだ。


織部姉妹が早速用意していた袋を取り出す。
手渡されたそれを開けると、織部神社の御守りが入っていた。




「オレは信心なんざねェぞ」
「ンな事期待してねーよ」




自分には不似合いであると遠巻きに告げると、雪乃がきっぱりと言い切った。




「それでも、ご利益は保証するぜ。何せ、オレと雛が氣を込めた厄除けの御守りだからな」
「私達にはそれが一番の祝品かと思いまして。どうぞお納め下さい、蓬莱寺様」




────確かに、織部姉妹からの贈り物なら、ご利益もありそうだ。




「そりゃいいんだがよ。コレ本当に厄除けか?」
「そうだぜ。どうしたんだよ?」
「…………“交通安全”って書いてあるんだが」
「え!?」
「あら」




京一の言葉に、雪乃と雛乃が目を瞠る。
慌てる二人に御守りを見せると、其処には確かに“交通安全”の文字。




「しまった! 悪ィ、袋間違えちまったんだ」
「申し訳ありません!」
「中の札はあってると思うんだけどな。だよな、雛」
「ええ、破邪の札を……」




頭を下げる雛乃と、両手を合わせて謝る雪乃。
そんな二人に京一は手を振り、




「別に構やしねぇよ、どれがどう違うんだからオレにゃ判らねェし」
「でも……」
「お前等が祈祷したモンなら、どれでも効果ありそうだしな」




根拠もなくそう思いながら、京一は御守りを袋に入れ、鞄に詰める。
小蒔や葵のように見える場所には付けないだろうが、中に持っていてもいいだろう。



続いたのは、壬生。




「…お前からも?」
「急ぎだったので、大したものじゃないんだが…」
「いや、オレが聞きたいのはそう言う事じゃねェんだが」




八剣よりも更に接点の薄い壬生から、プレゼントを貰う理由が判らない。
いや、それよりも律儀に用意して来てくれた事に驚いた。
…ついでに遡って考えると、彼がクラッカーを持っていた事も驚きだ。



壬生が取り出したのは、薄い紙袋。
何が入っているのか皆気になるようで、じっと壬生の動向を見守る。

表情を変えないまま、壬生が袋から取り出したのは、黒のマフラー。




「良かったら使ってくれ」
「お……おう……」




意外な品物────と思いながら、意外と言うにも京一は壬生の事を知らない。
しかし予想していたなかった物であるのは確かで、困惑気味に差し出されたマフラーを受け取った。




「セーターや手袋の方が邪魔にはならないと思ったんだけど」
「いや……」
「一日で作るとなると、中々」
「ふーん……─────って、作ったァ!? しかも一日!?」
「正確には半日かな」




手編みのマフラー。
そういう事か。


京一が驚愕の声を上げると、他の面々も同様に目を剥いている。
唯一、八剣だけが驚く様子もなく、




「相変わらず器用だね、紅葉。流石は手芸部」
「手芸部!? お前が!?」
「可笑しいかい?」
「い、いや、可笑しかねェけどよ……意外っつーか、なんつーか」




女子がしげしげとマフラーと覗き込み、編み方が難しいだのなんだのと盛り上がっている。

黒のマフラーは特に柄もなく、シンプルなもの。
それでも、一日(正しくは半日と言うが)で作り上げるなんて、京一には到底信じられない。




「僕には他に出来る事はないから」
「あ、そ……ま、使わせてもらうわ……」




季節は真冬。
大寒の日が過ぎたとは言っても、この季節はあと一ヶ月続く。
普段から薄着の京一である、防寒具は貰っておいて損はない。


次は雨紋だった。




「…見たトコ、持ち合わせがねェって感じだが」
「まぁ、手渡し出来るもんじゃねえな」




言って雨紋は、壁に立てかけていたギターを取り出す。





「俺様直々にHappy Birthdayを歌ってやる!」
「いらね」




きっぱりと断わった京一に、雨紋がなんでだよ!? と声を荒げた。




「滅多にしねェぞ、こんな事! セッションした仲だからこそだ!」
「いや、いらねェ。ロックにノせられても嬉かねーし有り難くもねーし」




雨紋が好意で言ってくれていると、それは判るが、京一の台詞も本音だ。
散々祝いの言葉を貰って、改めてバースディソング(しかも激しい調で)を歌われるなんて勘弁願いたい。

ついでに言うなら、此処は新宿都心の中にあるラーメン屋。
それほど壁が厚い訳でもないし、ご近所に迷惑な音が鳴り響くのは予想できる。
此処に来るのが後々気まずくなるのは御免であった。