Birthday Kyoiti-龍京
Be here....
「おい龍麻」
「何?」
「鞄持ってろ」
「うん」
「で、寒ィから風除けになってろ」
「うん」
「緋勇君、京一君、おはよう」
「おはよう」
「おー」
「あれ?緋勇君、なんで京一の鞄持ってるの?」
「京一、自分の鞄ぐらい持ったらどうだ?」
「緋勇君、京一のワガママに付き合うことないんだよ」
「いいんだ、今日は」
「そーそー。つー訳で、煩ェ事言うなよ」
「一時間目数学か。オレ寝るからな」
「うん」
「ノートお前が取っとけよ」
「うん。…ねえ、僕も眠いんだけど」
「お前は寝んな」
「うん」
「テスト……だりィ……」
「やろうか?」
「流石にどつかれるだろ。自分でやらァ」
「其処、テスト中に喋らない!」
「でッ」
「…いたい」
「京一君、犬神先生が呼んでるって」
「………龍麻ー」
「うん。先生、職員室にいるよね」
「ええ……え?」
「どーせ補習の話だな……」
「え? え? 緋勇君?どうして緋勇君が?」
「京一、外に誰かいる」
「あ?……面倒臭ェな。お前行ってこい」
「うん」
「アニキー!」
「焼き蕎麦パン一個」
「うん」
「あとコーヒー牛乳な」
「うん」
「あの、アニキ…昼飯」
「おう。あ、あと摘みになりそうなモン」
「ピリ辛ソーセージ?」
「なんでもいい。んで、お前持ちな」
「うん」
「……どうなってんだ?」
「緋勇君、後輩の可愛い子から呼び出しよ〜」
「…行っていい?」
「ああ」
「…なんで京一に許可取るの?」
「ちょっとな」
「コラ、ついてくんな」
「トイレでしょ?僕も行く」
「連れションかよ……」
「生理現象だから仕方ないよ」
「…まーな」
「緋勇、少し良いか?」
「京一、良い?」
「あー」
「…お前の許可が必要なのか」
「今日だけな」
「京一、お前今日、掃除当番だろ」
「龍麻ー」
「コラ、緋勇君に押し付けるな!」
「いいんだよ、桜井さん」
「駄目だって!」
「いいんだ、本当に。でも京一、終わるまで其処にいてね」
「ああ」
「じゃあ俺は職員室にいるが────蓬莱寺、緋勇、それが終わるまでは帰るなよ」
「あんの野郎!!絶対ェイジメだ!!」
「そうかなぁ」
「やってられるか、こんなモン!」
「僕がやろうか?」
「いや、いい。アイツにバレたら、孫の代までネチネチ言いそうだ」
「僕らの孫の代に犬神先生はいないと思うけど……」
「いいからお前は早くやれッ」
「うん」
「終わったよ」
「見せろ」
「うん」
龍麻と京一の補修組を待っていたのは、葵、小蒔、醍醐、遠野のいつもの四人。
この四人は須らく、龍麻はともかく、京一がプリントを全て終わらせるには随分時間がかかるだろうと思っていた。
龍麻は真神学園編入の際、テストでトップクラスの成績を取った。
つまりそれだけの頭は最初から備わっていた訳で、また京一のように勉強が嫌いと言う訳でもないらしい。
だがそれを含めても、余りある遅刻とサボータジュの回数、授業中の居眠りが原因で、彼の成績は急激な下降。
万年補修児の京一と肩を並べる形になった────が、真面目な性格である事に変わりはなく、出された補修プリントはいつも速いペースで片付けていた。
反対に、いつまで経ってもプリントを片付けられないのが京一だ。
遅刻サボリは毎日の事、授業に出席してもまともに受講している事の方が少ない。
極めつけは生来からの勉強嫌いで、出された補修プリントに向き合うだけでもかなりの時間を要する。
だから、早くても宵闇が空を侵食しきった後だろう─────と、思っていたのだが。
校門の横で待っていたメンバーの目に、グラウンドを横切る二人の姿が見えた。
それも、空が橙から漆へ変わり始めた頃に。
「あ、出て来た。二人とも」
「ウソ、早ッ!明日雨なんじゃない?」
驚いて目を丸くする小蒔を、葵が嗜める。
しかし小蒔は「だってさ、」と京一まで出て来た事が如何に異常な事態か説明し始めた。
小蒔の横に立つ醍醐は無言であったが、口をぽっかり開けて驚いている。
そんなメンバーの下に、龍麻と京一が辿り着き、
「コラ小蒔、聞こえてんぞ。オレが早いのがそんなに可笑しいか」
「当たり前だろッ」
「ケンカ売ってんのか、この男女!」
「何だと!?」
そのまま二人の低レベルな口喧嘩が始まる────かに思えたが。
唸る小蒔からくるりと視線を外し、京一は龍麻に自分の鞄を放り投げた。
龍麻は驚く様子もなく、中身の少ない薄っぺらなそれをキャッチする。
ごく当たり前のように押し付けられた鞄を、ごく当たり前のように受け取る龍麻。
龍麻はそれを、今朝クラスメイト達が目撃したように、自分の鞄と一緒に手に持つ。
対する京一は愛用の木刀一本、身軽な格好。
「……緋勇君、京一に弱みでも握られてるの?」
「人聞き悪ィ事言ってんじゃねーぞ、アン子」
ぐっと京一の手が遠野の頭を押さえる。
じたばたとその手から逃れようと暴れるアン子だが、京一は撤回しろとばかりに手を離さない。
「今日一日、コイツはこれでいいんだよ」
「なんでよ?」
「行くぞ、龍麻!」
遠野の質問を無視して、抑えていた頭から手を離し、京一は校門を出て行く。
それを直ぐに追い駆ける龍麻を、遠野が呼び止めた。
「ね、緋勇君、どうして?」
「ん…うーんとね、」
「─────おい、龍麻ァ!」
立ち止まって答えようとした龍麻に、京一から呼び声がかかる。
ほんの数秒なのに、京一は校門口の坂道を既に随分下っていた。
上から見下ろしたその顔が、不機嫌そうに眉根を寄せているのを見つけ、龍麻は苦笑する。
「ごめん、内緒」
「え〜!?」
「別に何かあった訳じゃないよ。僕がしたいんだ」
「…じゃあ、今日ずーっと京一が緋勇君にあれこれ押し付けてたのも?」
「僕がするって言ったから。させて貰ってるんだよ」
それだけ言うと、龍麻は坂道下で待っている京一の下へ走った。
ちょっと、とちゃんとした説明を求めた遠野が声を上げたが、二人は聞かない。
くるりと踵を返して、常よりも倍の速度で坂道を下っていく京一を、龍麻は一歩後ろを追って行く。
その二人の背中が、それぞれ問いかけの拒否と、なんでもない事を物語り、遠野でさえも追い駆ける事を忘れさせていた。
龍麻の前を歩いて行く京一。
後ろを歩く龍麻に、彼の表情は見えないが、思っていた通り、赤くなった耳と首が見える。
遠野の問いかけを遮るように呼んだのも、絶対にわざとだ。
誕生祝いで自分に奉仕して貰っているなんて、恥ずかしいから知られたくないのだろう。
“祝われている”ことをクラスメイト達に気付かれたくなくて。
だがそれでも、後で遠野は気付くのではないだろうか。
龍麻が京一に付き合うのは日常的な光景だが、それにしても今日は二人の態度が少々特殊だった。
龍麻は彼の言うことに従順で、京一はまるで王様のように龍麻を扱う。
遠野が言ったように、脅されてるんじゃないかと、そんな発想が出て来るのも無理はないかも知れない。
それに加えて─────先日、龍麻は彼女を頼ったし、しばらくしたら遠野は今日がなんの日か思い出すだろう。
彼女の情報への執着心と、その暗記力にはいつも恐れ入る。
しかし京一はそんな事など考えている余裕はないらしく。
脇目も振らずに、ひたすら前に向かって歩く。
「喉乾いたな」
「自販機あるよ。買う?」
「コーラ」
「うん」
一足、京一を追い越して、龍麻は自販機の前に立った。
ポケットから小銭を取り出して、投入口に落とす。
ボタンを押して落ちてきたペットボトルを拾い、近付いた京一に渡す。
「直ぐに『女優』に行くの?」
「いいや……陽が落ちてからだな。今はなんか準備してる頃だろうしよ」
「準備?」
なんの、と問いかける前に、龍麻はそれを飲み込んだ。
言うまでもない、京一の誕生日を祝う準備に決まっている。
自分の苺牛乳を買う為の金額を投入しながら、龍麻は京一を見遣った。
ペットボトルの蓋を開けようとしている彼の表情は、少々うんざりとした色が見られる。
ガキじゃねェのに、と呟くのが聞こえた。
多分───これは龍麻の単なる予想だが。
『女優』の人々は、毎年そうやって彼の誕生日を盛大に祝うのだろう。
店のドアを開けたらクラッカーが弾け、拍手が鳴って、年齢分だけロウソクを立てたケーキがあって、綺麗にラッピングされたプレゼントを手渡されるのだ─────きっと。
今は天邪鬼な顔をする京一だが、子供の頃はもう少し素直だっただろうから、渡されたプレゼントや用意されたケーキにも喜んだ事だろう。
『女優』の人々の中で、京一は未だにその頃と代わりがないから、18歳になった今年になっても同じように行われるのだ。
龍麻は判る、『女優』の人々も知っている。
アホくせェ、なんて呟く京一が、心の底から嫌がっている訳ではない事を。
「じゃあ、少し暇潰した方がいいね」
「ああ。っつっても、ゲーセンなんか行く金もねェからな……」
ズボンのポケットを探って、京一は溜息交じりに呟く。
どうしたもんかと、暮れ行く空を見上げた。
そんな京一を龍麻はしばし眺めた後で、
「じゃあ、僕の家に来る?」
「…行ったってどうせ直ぐに出るじゃねェか」
「でも一回くらいなら時間あると思うよ」
笑って言った龍麻の台詞に、京一は意味が判らず首を傾げた。
きょとんとした表情は、眦の険が取れている所為で少々幼く見える。
クスクスと笑って、龍麻は京一の顔に自分の顔を近付けた。
急に距離が縮まった所為だろう、京一は少しばかり仰け反って眉を顰める。
なんだよ、と言いたげに。
「だって京一、言ったよ」
「何を」
「僕を寄越せって」
数日前。
誕生日プレゼントを迷った末に尋ねた際、京一が言った台詞がそれ。
そっくりそのまま返した龍麻に、京一は少しの間フリーズする。
妙に意味深に聞こえなくもない台詞を言ってしまった事を思い出したのだろう。
その上で、「一回ぐらいの時間がある」と言う龍麻。
“何”の時間があるかなんて─────判らないほど、京一は子供ではなく、幸か不幸か鈍くもなく。
「バ……ッカか、テメェ!ンな意味で言ったんじゃねーよ!」
「いいんだよ、僕は。どっちでも」
「どっちでもって……何がだ、このアホ!」
時間を寄越せと、京一が言いたかったのはそう言う事だ。
だから龍麻は、今日と言う日を京一が希望することを叶えることに従事した。
それで京一は十分なのだ。
この後『女優』に言って、長年世話になっている人達に誕生日を祝って貰って、別れればそれまでのプレゼント。
今日一日限定の絶対命令権────それだけで。
何も、龍麻の存在そのものを寄越せなどと言ったつもりはない。
妙な言い方をしたのも、簡潔な言葉を無意識に選んだだけの事だ。
それだけ、なのだが。
「嫌ならいいけど」
こうして急に退かれると、なんだか妙にばつが悪くなる京一だ。
龍麻のこうした突拍子な発言も、好意である事に間違いない。
それも友愛を飛び抜けて、本当に好いているからこそのもので。
顔に血が上っていくのを感じて、京一は思うよりも早く間近にあった龍麻の顔を手のひらで押し退けた。
「阿呆な事言ってねェで、ラーメン喰いに行くぞッ!」
すたすたと。
校門を出た時のように足早で歩く京一を、龍麻は追い駆ける。
耳が赤い、首が赤い、がりがりと頭を掻く。
それに何より、ふざけるなと怒らなかった。
龍麻は、それで満足だった。
嫌なら嫌とはっきり言うのが京一だ。
言わずにうやむやな形で濁して流したと言う事は、必ずしも嫌ではない、脈ありと言う事だ。
……本人が聞けば「ンな訳あるか!」と怒鳴りそうだけれども。
「奢れよ、ラーメン」
「うん。だから京一、その後僕の家、」
「行く訳ねーだろ!」
今度ははっきり断られた。
むう、と龍麻の唇が拗ねたように尖る。
京一はそれを見ていなかった─────が。
「……今からお前ン家なんか行ってみろ。もう外になんか出ねェだろ」
判れ、それ位。
バカか。
ぽつぽつ出て来る言葉は、なんとも幼稚な罵詈雑言。
でも龍麻には、その前に聞こえた言葉で頭が一杯で。
前を歩く背中に抱きついた。
ひっくり返った声が上がって、何やってんだと怒られる。
けれど、龍麻は離れなかった。
やっぱりあげる。
今日だけじゃなくて、これからの事もひっくるめて。
返却不可の、人生で一番大きなプレゼント。
色気がねーな、相変わらず(笑)。誕生日なのに。
……うちの龍京って基本そんなのですね。
付き合ってるようで付き合ってないようで、取り合えず手を出してないけど、お互いタイミングが合えばその時に……な感じの龍京でお送りしました。
この日は『女優』にお泊りなので進展はないですが、近日中に進むかな?