The loved one is wrapped by the loved one






京一が龍麻のアパートを訪れたのは、土曜日の夜の事だった。

出来れば日曜日が良いと龍麻は言ったのだが、それは『女優』の方が先約だ。
気恥ずかしさから店に戻らずにいたら、わざわざ吾妻橋を伝言板にしてまで、彼女達は24日は戻るようにと京一に伝えてきた。
そうまでされて、一週間も前から準備に余念が無いとなると、無碍には出来ない。


龍麻も両親が誕生日を祝ってくれるとなったら、仲間達には少し申し訳ないけれど、日にちをずらして貰うだろう。
だから龍麻も、赤い顔で説明する京一に頷いた。



時折気紛れに訪れる龍麻のアパートは、いつも閑散としていて人気がない。
都心にしては寂れた場所で、近くに児童公園があるが、京一は子供が遊んでいるのを見た事がない。
訪れるのが大抵夜になってからなので、当然と言えば当然か。
だが、稀に午後六時を過ぎた頃に通っても、やはり人気は少なかった。

そんな場所に建っている龍麻のアパートは、築30年は建っていそうな古いものだった。
地震が来たら崩れるんじゃないかと思うような外観だが、作りは案外しっかりしているらしい。

龍麻の部屋は簡素なもので、1DKの間取りに、風呂とトイレは小さいものの別々に作られている。
リビングには丸テーブルと布団がある程度で、服や鞄等は全て押入れの中に納まっていた。
その押入れの中にある品物の数も少なくて、龍麻が質素な生活をしているのだと、よく判る。


部屋の中は基本的に綺麗に片付いており、洗濯物はいつも綺麗に畳まれていた。
テレビ配線などもゴチャゴチャしていなくて、コンセント周りはいつもスッキリしている。

住まい空間そのものが龍麻らしかった。



生活感が無いと言えば確かにそうで、京一は最初の頃、どうにも落ち着かなかったものだ。

けれど、一年近くを一緒に過ごせば、もう大分慣れた────どころか、勝手知ったる他人の部屋だ。
今日もそれと同じく、京一は部屋に上がるなり、部屋の主を差し置いてさっさとホーム炬燵に潜り込んだ。




「あー寒……」
「そんな薄着でいるからだよ」




炬燵の中で丸くなる京一に、龍麻が苦笑して言う。
京一は、煩ェほっとけ、と呟いた。


一月の冬真っ盛りだと言うのに、京一の服装は相変わらずだ。
寧ろ、拳武館の一件の後から、益々薄着になっている。

龍麻の服装も秋頃と変わっていないように見えるのだが、それでもアンダーを着込んでいるらしい。
上に来ているのがいつもの青いフードつきのパーカーに制服だから、代わり映えしないだけだ。




「仕方ねェだろ。オレのシャツ、あの軟派野郎が血みどろにしやがったんだから」




忌々しい記憶を思い出して、京一は苦虫を噛み潰しながら言った。




「言ってくれたら、僕のシャツあげるのに」
「あー……いい」
「なんで?」
「なんとなく」




どうせ貰っても、直ぐ駄目になる。
だったら今のままでいい、と言うのが京一の結論だった。


京一の反応が凡そ予想できていたのだろう。
龍麻は苦笑を漏らしたものの、特に気分を害した様子は無い。

龍麻はキッチンのコンロに置いていた土鍋を手に、リビングへと戻る。
鍋敷きの上にそれを置いて蓋を開ければ、見慣れない食材がその中にあり、京一は眉間に皺を寄せた。




「………なんで鍋に苺?」




ラーメンに苺もないと思ったが、これもない、と京一は思った。
が、それを差し出してきた人物は、やはりにこにこと嬉しそうだ。




「昨日、母さんにレシピ教えて貰ったんだ」
「……いや、そりゃいいんだけどよ。だから、なんで鍋に苺……」




いや、聞かなくても判っていた。
先日での学校での会話を覚えている、だからこれが龍麻からの祝いであるのも感じられた。
自分が大好きなもので、精一杯仲間をお祝いしたいのだと。

けれども、だからと言ってこれは自分の趣向に走り過ぎではないだろうかと、京一は思わずにはいられない。


つい先程まで温められていたのだろう土鍋の中では、真っ白いソースの中で紅い苺が煮えている。
苺は薄切りスライスされてはいたものの、一つ一つはやはり大きい。
以前見た、龍麻の母が送ってきた苺と同じ品種であろう事は、京一にも予想できた。




「鍋って一杯食べれるでしょ。だからこうしたら、京一も苺一杯食べられるかなって」




お気遣いをどうも。
遣う場所を間違えているけれど。

にこにこと嬉しそうな龍麻に対し、胡乱な目で苺を見下ろしながら京一は胸中で呟いた。


鍋には苺の他、白菜や鶏肉と思しき食材も入っている。
が、京一にはそれら全てを差し置いて、苺だけが視界に入ってくるような気がする。
それが、この土鍋の中にあるという事そのものが、どうにも信じられなくて。



据わった目で鍋を見下ろす京一をそのままに、龍麻はいそいそと小皿とおたまを手に取る。
白いソースにお玉が差し込まれ、持ち上がると、ソースはみょーん、と餅の如く伸びた。




「待て待て待て。龍麻、これなんだ」
「チーズ」
「…………」




頭痛がするような気がして、京一は頭を抱えた。



料理に変り種がある事は知っているし、それを非難する気は無い。
プリンの入った肉まんとか、チョコソースのかかった鶏肉とか、クリームチーズの入った粒餡のおはぎとか。
物によっては美味いのだろうし、特に味覚が合う人(若しくは偏っている人)は喜ぶだろう。

しかし京一は、自分の味覚は至って普通だと思っているし、それで間違いはない筈だ。
甘党か辛党かで言えば辛党だが、甘いものが全く食べられない訳ではないし、極端に辛い物(例えば唐辛子が通常の10倍とか)を平然と食べる訳でもない。


そんな京一にとって、鍋に苺を放り込むだけでもイレギュラーなのに、其処にチーズと来るとは。
これが普通の菓子類ならば、この組み合わせに文句はなかったのだけれど。



勘弁してくれ、と呟く京一の前に、差し出される小皿。
チーズソースの中に、スライスされた苺がたっぷりと顔を出している。

続いてにこやかな表情で箸を差し出され、已む無く、京一はそれを受け取った。




「腹壊れねェだろうな」
「大丈夫だよ。母さんに教えて貰った通りに作ったから、美味しいよ」




龍麻の母が器用なのは判っている。
苺も母の手作りだと言うし、それが大好きな息子に無茶なレシピを教える訳がない。
だから、この鍋の情報の出所は十分信用して良い。

が、頭では判っていても、中々この現実を受け入れるのは苦労する。


此処で皿を突き返し、「いらない」という事は、簡単なようで難しい。
龍麻が滅茶苦茶に作ったものなら可能だが、龍麻の母がいるのだ。
今鍋を拒絶する事は、龍麻の前であの人を拒絶する事に等しい。

それもないよな。
思って、京一は小さく溜息を吐いて皿に箸をつけた。




「甘そうだな……」
「大丈夫。そんなに苺の味しないから」
「……へー」




それは、苺が好きな龍麻にとっては、少し残念な事ではないだろうか。
と思ったのだが、龍麻は特に気にしている様子は見られない。

苺を箸で挟んで持ち上げれば、チーズも一緒について来る。
鍋なんだからダシとか入ってるよな、本当にこれ大丈夫か。
思いつつも、京一はなんとかそれを口に放り込んだ。




「……お、」
「どう?」




龍麻の言葉どおり、苺の味と言うものは殆ど感じられない。
果肉と種の食感と、香りは一番強いものの、味は殆どチーズと和風ダシらしきものが殆どだ。

次に鶏肉を食べてみると、これも苺の酸味を吸って柔らかくなり、食べ易い。


そもそもチーズと和風ダシの相性は良いものとされる。
鶏肉と苺もフレンチ料理ではよく見られる組み合わせだ。



苺の甘い香りが強い所為か、癖があるので好き嫌いが別れそうだが、



「ま、食えなくはねェか?」
「良かった」




鍋を全て平らげるのは無理そうだけど────とは言わない。
安心したように笑う龍麻に、それを言うのは憚られた。




「おばさん器用だな」
「うん。鶏肉美味しい?」
「ああ」
「苺、美味しい?」
「…ああ」




一瞬返答に迷ったが、“食べられなくはない”と言う結論の下で頷く。




「苺の匂いすげェな……」
「うん」
「……嬉しそうだな、お前は」
「うん」




箸を運ばせる京一を見る龍麻は、にこにこと心の底から嬉しそうだ。
母の事も褒められて、母の作った大好きな苺を親友に食べて貰って、喜びも一入なのだろう。


京一が一皿目を空にすると、直ぐに龍麻が二杯目を注ぐ。
それを見ながら、京一は龍麻がさっきから見ているだけである事に気付く。




「お前も食えよ」
「でも京一の為に作ったんだし」
「見てるだけの奴の横で、平然と食ってられるほど、神経図太くねェよ」
「大丈夫だよ、京一だし。気にしなくていいから」
「お前こそ気にしなくていいから食え」




自分一人では絶対に食べ切れない。
そもそも、一人用で作るつもりだったのなら、二人前以上を作る土鍋を使うな。

何度も出かかる突っ込みを飲み込んで、皿を受け取りながら京一は龍麻を促す。
龍麻は、京一の言葉は嬉しかったようだが、迷っているようだ。
それを元来気の短い京一が見守っていられる訳もなく、京一は皿をテーブルに置くと立ち上がる。




「京一?」
「皿持って来てやる」
「いいよ、自分で」
「いーから其処にいろ」




立ち上がりかけた龍麻を制して、京一はキッチンに行くと、適当に食器棚を開ける。
自分が使っているものと同じ皿を見つけると、箸も取り出し、リビングに戻った。

突き出された皿と箸を受け取る龍麻は、困ったように眉尻を下げてはいるが、それでも嬉しそうだった。


元の位置に腰を下ろして、京一は再度皿に箸をつける。




「鍋っていいね」
「んー」
「美味しいね」
「ん」




龍麻の言葉に、京一は殆ど生返事だ。
それでも龍麻は嬉しそうに笑う。




結局これって、喜んでるのは龍麻であって、祝われてる筈のオレじゃないよな。
別に苺が欲しいなんて一言も言ってないし、そもそもオレの欲しい物をプレゼントする気だったんじゃないのか。
なんかオレが気ィ遣ってるような気が済んだけど。

それはどうなのだろう─────と、つらつら考えてしまうのだが。
嬉しそうに鍋を突付く相棒を見ると、たまにはこういうのも良いか、と思えてくる。


全く、不思議な男だと思う。
何を考えているのか良く判らなくても。









「苺ケーキも作ったから、後で一緒に食べようね」




………もう勘弁して欲しい。

喉まで出かかった言葉は、やはりいつもの笑顔によって引っ込められたのだった。













祝ってんだか祝ってないんだか。
いや、祝ってますよ。龍麻なりに。


苺で変わった料理ないかと探してみたら、とあるお店で“苺チーズ鍋”なるものがあると。
遠方なので食べにはいけないので、食べた人の感想を色々見回ったのですが、まぁ分かれることι 甘いものが平気な人は大丈夫そうですが、変り種自体をあまり食べない人は「なし」と思うようです。
「食べれなくはないけど、食べたいとは思わない」と言う感想が主でした……

食べた事がある人がいたら、どうぞご一報を。
……別に何もないんですけども(汗)。龍麻と似たような苺好きとしては気になります。