True feelings that were not able to be concealed




映画が始まってしばらくの間、京一は案の定、退屈そうに欠伸を漏らしていた。
これだと半分もしない内に寝てしまうかな、と八剣は思った。




映画は昔懐かしいと言った風のストーリーで、男女間の屈折した表現もなく、ピュアなタッチで描かれている。


些細な言葉の遣り取りの失敗から、誤解が生まれ、男女は一度別れる道を辿る。
それぞれに片思いされていた相手と手を取り合い、傷を埋めあうように愛を語る。
しかし、お互いに忘れる事が出来ず、やがて元の仲を取り戻す。

─────大まかに言うと、そんな流れだ。

夜景が見える場所で二度目の告白をする男に、女は涙を浮かべて喜ぶ。
それを見守るように、支えてくれたそれぞれの男女が背中を見詰め、小さな笑みを浮かべて去って行った。
最後は片思いだった二人の男女が、この出来事をきっかけに知り合い、結婚すると言う後日談があった。



男は一途に女を思い、女は盲目的に男を愛す。
愛するからこそ、愛する人の幸せだけを願い、その人の新しい門出を笑顔で送り出す。

悪くは無いなと思うし、粋な計らいだとは思ったが、それでも、もう少しドロドロ感が欲しいかなァと思う。
綺麗なだけでは成り立たない、別れたばかりの所に近付いたそれぞれの異性に、もう少し粘っこさがあったら良かった。


そんな事を思う自分は、とことん純粋と言うものが自分の中にないのだなと再確認した気分だ。




幸せそうに笑い、街を歩く二組の男女を最後に、映像はエンドロールへと切り替わる。
下から上へと昇っていくスタッフの名前の横には、カップルのその後を想像させるようなスチルが並んでいた。

結婚式を挙げ、子供が生まれ、子供が成長していくのを見守る。
女同士、男同士でも交流を深め、互いを家に招いてお茶会をしたり、ゴルフに興じたり。
たった一度のすれ違いから生まれた交流が、今後もいつまでも、幸せな形で続いていくのだと。



やがて“fin”と言う文字が黒幕に浮かび上がる。
その後に、ようやくシアターの明かりがぽつぽつと灯されていった。




『お疲れ様でした。皆様、お忘れ物など御座いませぬよう────』




吹き込みのアナウンスが流れて、あちらこちらで席を立つ気配がする。
自分達も出なければと、八剣は隣で寝ている恋人を見る。

─────そうして、驚くものを見た。




「…………京ちゃん?」




隣席の恋人は俯いており、小さく肩を震わせている。

始まってから半分が経った頃には、ピクリとも動かなくなっていたから、眠ったとばかり思っていた。
寝苦しそうに身動ぎする様子もないので、起こすのも可哀想だしと、そのままにしていたのだが─────どうやら、少々違ったようだ。


ぐす、と鼻を啜るのが聞こえて、八剣は益々驚く。




「京ちゃん、泣いてるのかい?」
「ばッ、」




問い掛ければ、京一は反射的に顔を上げる。

二時間ぶりに見た恋人の顔は、頬が紅潮し、目尻には涙が浮かんでいる。
泣くのを堪え続けたと判る表情だ。


誰が泣くか、と言って京一は目元を服袖で擦る。
言葉と行動が矛盾している事には、きっと気付いていないのだろう。




「別に泣いてねーよ。ただ、その、なんだ。アイツ、あの女、ちょっと……そんだけ!」




慌てている、焦っていると判っている挙動不審さで、京一は逃げるように席を立つ。
段差に気付かずに転んでしまうほどの慌てぶりだ。

それすらも恥ずかしそうにホールを駆け抜け、京一は八剣を置いてシアターを出て行ってしまった。


半ば呆然とそれを見送った後で、八剣はクスリと笑う。




「可愛いねェ、京ちゃん」




京一が言っていた女優は、上映前に八剣が京一と似ていると言った人物だろう。


長い間片思いをしていた男性と一度は恋人関係になったのに、相手が元の女が忘れられないと言った時、彼女は「やっぱりね」と言って強気に笑った。
「そんなの判り切っていたもの」「ほら、早く行きなさいよ」と髪を掻き揚げていた彼女は、明らかな強がりだった。
それでも、男が前の女性と再び手を取り合った時は、淋しそうにしながらも、最後まで笑顔で。

強気な風で、気に入らないことがあればはっきりと言い、相手を思うからこその乱暴な言葉遣い。
本当は自分が一番傍にいたいのに、相手が望んでいる事は違うからと、なんともない様を装って相手を送り出す。


ほら、やっぱり似てる。
八剣はそう思った。



それにしても、こういうものに京一が感情移入するとは、意外だった。
それも涙まで浮かべるとは。

これは意外な掘り出し物だったかも知れない。




京一が完全に存在を忘れて行った飲みかけジュースとポップコーンを手に、八剣もシアターを出る。
階段を登ってロビーに上がると、京一はロビー脇のトイレから出てきた所だった。
顔が薄らと赤いが、落ち着いたのだろう、目元はもうすっきりとしている。

が、八剣の姿を見つけると、一気に顔が沸騰する。
それが益々愛らしく見えて、八剣はクスクスと笑った。


と、ずかずかと京一が近付いて来て、忘れていたジュースを八剣の手から奪い取る。




「あいつらに言ったら殺すからな」




恐らく、真神学園の仲間達の事だ。




「大丈夫、言わないよ」
「フン!」




赤い顔で明後日の方向を向く京一。
それも含めて、誰にも言わないよと八剣は胸中で呟く。

だってこんな姿を他の人間も知ってしまうなんて勿体無い。


ズー、とわざとらしく音を立ててジュースを飲む京一。
その耳は真っ赤になっており、自分でも無自覚ながら、人に見られたくない場面だった事は判っているようだ。
確かに、トレンディ映画で感動して泣くなんて事は、京一のキャラクターではないかも知れない。

でも、捻くれて斜に構えたような態度を取っても、根は優しいのだし。
そういう一面もあっていいだろうと思う。

……他の誰にも知られたくないけれど。




「さて、どうしようか。何かもう一本見る?」
「………別に……」




気になるモンとかないし、と言いかけて、京一の言葉が途切れる。

京一はある一点だけを見ていた。
八剣は暫くその横顔を見詰めた後で、京一の視線を追い駆ける。




「……京ちゃん、パンダ好きだったっけ?」




行き着いたのは、パンダが主人公の映画だ。

主人公といっても特別にストーリーがある訳ではなくて、子パンダの成長記録と言う、ほのぼのしたドキュメンタリー。
動物園で飼育されている子パンダがどんなに愛らしいか、それを撮影したもの、と言った感じだ。


じぃとそれを見詰めた状態で静止している京一に、これもまた意外だなと声をかける。

と、真っ赤な顔で京一が此方を睨み、




「バカか!好きでもねーよ、あんなモン!」
「そう?」
「そーだよ!!」




ホール中に響くほどの大声は、明らかに本心を打ち消そうとしてのものだ。
生憎、八剣はそれが判らない人間ではない。


笑みを絶やさない八剣に、京一は益々沸騰した。




「お前ッ、バカにすんな!あんな女子供が見るようなモン、オレが見る訳ねーだろ!」
「そうかな?いいと思うけどね。和むだろうし」
「和むか、あんなモン!」




手の中にあるジュースのカップを握り潰しそうな勢いだ。
あまり煽ると、惨事が起こりかねない。


木刀を握っている京一の右手を取ると、八剣はチケット売り場へと向かう。
突然の事に京一は目を白黒させて、されるがままに八剣について来た。




「“パンダ生活”で、大人一枚と高校生一枚」
「学生証などは御座いますか?」
「京ちゃん、持ってる?」
「あ、あッ?」




受付の女性と八剣に促され、京一は慌ててポケットを探る。
スラックスと学ランを探した結果、それは学ランの内ポケットに入っていた。

真神学園の校章が記された学生証には、確りと京一の顔写真も乗っている。
それらを確認した後で、女性がレジを打ち、八剣が支払いを済ませた。
…その後になって、京一は学生証を出した意味と、一連の流れをようやく認識したようだ。


渡された二枚の内の一枚、学生割引と記されたチケットが京一に差し出される。




「……別に、見たくねェって……」
「まぁ、いいから。ね?」




受け取るまで引っ込める様子のない八剣に、京一は渋々と言う顔でチケットを受け取る。
と、くるりと踵を返して、シアター入り口へと早足で向かってしまう。


連れが見たいと言うから、仕方がないから。
別に自分は見たくないけど、奢りだし、もうチケットも買われてしまったし。
勿体無いから。

そんな言葉が極太マジックで書かれているような背中だが、その当人の耳は真っ赤になっている。
顔を見ればきっと嬉しい色が滲んでいるだろうと思うけれど、見たらきっと機嫌を損ねてしまうに違いない。



後を追って半券を切って貰い、上映予定のシアターへ向かう。

京一はさっさとシアターに入って、一番前の真ん中の席を陣取っている。
まだ上映まで十分近く時間があると言うのに。


隣の席に腰を下ろせば、じろりと睨まれた─────紅い顔で。




「つーかよ。コレ、誕生日でもなんでもねェじゃねェか」
「そう?」
「オレが見たいっつーモンだったらともかくよ」
「じゃあ、何かあった?この後に見に行く?」
「………別にねェし、いらねェよ……」




紅くなった顔を伏せて、京一は消え入るような声で呟く。

これだって見たくねェし、と言う呟きは、全く本気の色を含んでいない。
引っ込みのつかなくなった意地の所為だろう。
意地っ張りも此処まで来ると大変だ。


傷んだ髪を撫でてやる。
なんとなくそうしたくなったのだ。
多分、愛しくて。

が、京一はその手を振り払ってしまった。










それから上映時間まで、京一はずっと無言で俯いたまま。

けれども映画が始まってからは、もう周りの事など気にもしないで、スクリーンに見入っていた。



ああ、意外と正解だったのだと八剣が思ったのは、その時の事である。











また独自設定全開か!!!(爆)
しかもトレンディドラマで泣くって……いや、ロミジュリで泣いてる(ドラマCD)からイケると思う!

去年の誕生日が、誕生日らしくない雰囲気だったので、今回は……と、思ったんだけどなぁι
何故私の書く誕生日モノと言うのは、それらしい雰囲気にならないのか。これだとただの八京のデートじゃん!
……まぁ、こんな口実でもないと京ちゃんも素っ気無いですからね。