Tomorrow for which small hand hopes





美味い。


ラーメンには口煩い方だと、京一は自覚がある。
好きなのだから仕方がない。

そんな京一にしてみても、此処のラーメンは最高に美味い。


ラーメンに続いて、間も無く運ばれてきた餃子も炒飯も美味しかった。
旺盛な食欲で掻き込んでいく京一に、コニーも満足そうだ。



ずずー……とスープを一気に飲み干して、京一はドンブリを綺麗に空っぽにした。

ちなみに、このラーメンは二杯目だ。
一杯目も綺麗に空っぽにした。




「ぷはッ」
「ふふ、ネギがついちゃってるわよ、京ちゃん」
「むぐ」




アンジーがお絞りで京一の口の周りを拭く。




「美味しかった?京ちゃん」
「ん。すげー美味かった!」
「だってさ、コニー。良かったね」




ビッグママが言うと、コニーは照れ臭そうに頭を掻いた。


最初は外国人という事と、人見知りから反射的に警戒してしまったが、もう京一はそんな事は気にしていない。
美味いラーメンを作ってくれる奴に悪い奴はいない。
根拠なんて何もないが、京一はそう思っていた。

コニーと目があって、にーっと笑うと、同じようにコニーも笑う。



これで京一がおねだりした誕生日プレゼントは終わり─────と、思っていたのは京一のみだった。


アンジー達が店にいる時のクセなのか、いそいそと食器をカウンター向こうへ渡す。
綺麗なお絞りでテーブルを拭けば、夕飯は終わりとなった。

もう帰るのか、となんとなく寂しい気分になっていたら、ビッグママがコニーを呼んだ。




「コニー、頼んでるものは来てるかい?」
「ああ、来てる来てるヨ。ちょっと待っててネー」




食器を流しに浸して、コニーはカウンターの向こうの更に奥、仕切りのカーテンの向こうに消えた。

きょとんとして京一がアンジーを見ると、楽しそうに微笑んでいる。
キャメロンやサユリも同様で、ビッグママだけは此方に背中を向けているので見えない。


程なくして─────フツリ、と店内の電気が消えた。
一瞬停電かと思ったのだが、周りの気配は全く落ち着いている。
京一だけが現状が把握できなくて、見えない周囲をきょろきょろと見回した。

店の奥から仄かな明かりが覗いて、カテーンが捲られて光がはっきと見えるようになる。
十二の灯火を宿したロウソクが、綺麗にデコレーションされたケーキの上に立っていた。




「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデー京ちゃ〜ん」




手拍子と歌が聞こえて、京一は恥ずかしいような、むず痒いような。
そんな気がして、耳が熱くなるのを感じた。

でも、それは嫌な感覚ではなくて。


ビッグママがコニーからケーキを受け取って、京一のいるテーブルに置く。
真ん中のチョコレートには、『Happy Birthday Kyoiti』の文字。




「十二歳の誕生日おめでとう、京ちゃん」
「さ、吹き消して」




アンジーに促されて、京一は目一杯息を吸い込んで、強く吹き出す。
ロウソクの火は大きく揺れて、フッと消えた。

店の明かりが点くと、拍手の音に包まれる。




「おめでとう、京ちゃん!」
「オメデトー!」




アンジー達だけでなく、コニーも拍手してくれている。
京一は鼻頭を掻くフリをして、赤くなった顔を隠した─────ちっとも隠れてはいなかったが。


ビッグママが包丁を借りて、ケーキを切り分ける。
六個にカットされた中で、一番大きな部分が京一のものになった。

フォークを出して貰って一口食べると、生クリームは思ったほどに甘くはない。
京一が嫌いとは行かないまでも、甘いものが得意ではないと知っているからこその配慮だろう。
チョコレートもブラック使用だった。




「ママが知り合いのお菓子作りの人に作って貰ったんですって」
「ふーん。……うめェ」
「そりゃあ良かった」




京一のぽつりと零れた呟きに、ビッグママが小さく笑む。


ラーメンも美味しかったし、ケーキも自分の好みに合わせてくれて。
店主はなんだか面白いしで、京一は十分、今日と言う日を楽しんでいた。

口の周りに生クリームをつけながらケーキを頬張る子供に、店内は和やかな雰囲気だ。




「ほらァ、京ちゃん、ついちゃってる」
「ん。もったいね」
「アン、指舐めちゃダメよォ。ほら、ちゃんと拭いて」




直に中学生になると言っても、『女優』の面々にとっては、まだまだ手のかかる小さな子供だ。
身長云々ではなく、彼女たちにとって、京一はどうしたって可愛い居候であった。

お絞りで拭いてやった丸い頬も、まだ曲線を描く顎も、直に成長するだろう。
今はいつも見上げてきてばかりの丸い瞳も、同じ高さになるかも知れない。


──────寂しいようで、楽しみだった。



ビッグママがコニーを呼ぶ。




「コニー、カメラか何かあるかい?」
「うえ、撮るのか?」




ビッグママの言葉に反応したのは京一だった。




「ああ、折角の記念日だからね。いい思い出になるじゃないか」
「思い出だったら撮んなくたっていいじゃんか」




どうにも撮られる、残されると言う事が苦手な京一だ。
判り易く顔を顰めて見せたが、ビッグママもコニーも気にしていない。
アンジー達に至ってはノリノリである。




「アン、お化粧直しするからちょっと待ってェ!」
「ちょっと、メインは京ちゃんなんだから、アンタが張り切ってもしょうがないでしょ」
「身奇麗にしておくものよ、こういうのは。口紅だけでも直しましょ」
「…いや、あんま変わんねェから大丈夫だと思うぜ。ってか、もう兄さん達で撮りゃいいじゃん」
「だァめ。ほら、カメラさん来たわよ〜」




使い捨てカメラを持ってコニーが店の奥から出て来る。
カウンターを出て此方に来た彼は、フィルムを回して、京一を中心にしてカメラを構えた。




「行くヨー」
「ほら京ちゃん、笑って笑って」
「え、うえ〜……」




意識的に笑えと言われると、どうにも引き攣る京一だ。
結局、浮かんだのは困惑したような愛想笑いで、それが記録として残るのが無償に恥ずかしくなった。

しかし、撮り直しを要求する気にはならない。
どうしたってぎこちない笑顔しか出ないし、撮って欲しいと思われるのも恥ずかしい。
まぁ、この手のものはどうせいつか失くすだろうから────として、忘れる事に決めた。




「現像したら店に送っとくれ」
「焼き増しって出来るのかしら。アタシ、一枚欲しいわァ」
「アタシもよォ」
「京ちゃんもいる?」
「……オレはいい……」




変な顔をした自分の写真なんて、見てられない。
頼むから勘弁してくれと、ケーキを頬張りながら思う。

胡乱な表情になった京一にアンジーが抱きつく。




「やぁ〜ン、京ちゃん怒らないでェ」
「怒ってねーよ、苦しいって兄さん!」




キャメロンやサユリよりも痛くはないし、ヒゲもないけれど、やっぱり苦しいものは苦しい。
でも、二年前ほどこういうスキンシップは苦手ではなくなった。

ただくすぐったくて、照れ臭くて。



─────カチャリ、とシャッターの音が再度鳴った事に、京一は気付かなかった。

フィルムにはアンジーに抱き締められて照れ臭そうに笑う京一が映っている。
カメラを意識していないから、これはごく自然に浮かんだ笑顔だった。


コニーのその行為に気付いていたのはビッグママ一人で、彼女は何も言わなかった。
コニーが楽しそうに人差し指を口元に立てるのを見て、口端を僅かに上げて見せたのみ。




「ね、何か欲しいものはない?帰りに買いに行きましょう」
「ンな事言われてもなァ……ねェもんはねェし……なんか菓子とか、そんなんでいい?」
「なんでも良いわよ」
「んじゃ、コンビニにあったポテトチップ。なんか新しい味出てた。限定って書いてあった奴」




ささやか過ぎて大人の方が困ってしまうようなおねだりだ。
けれど、今は誰もそれは言わない。

コンビニに行けば目当ての物以外にも、何か目に付く品物があるだろう。
いつもは遠慮ばかりして余り言って来ないけれど、今日は誕生日と言うイベント日。
少しだけワガママも言い易くなるだろう。



残ったケーキを一口で頬張る京一。
思ったよりも大きかったのか、もごもごと頬袋が出来ている上に、また口の周りに生クリームがついている。

手がかかる子供に、アンジー達はクスクスと笑いながら、またお絞りで彼の口元を拭いてやった。


























美味しいラーメンを腹一杯食べて、誕生日ケーキも食べて。
帰り道にコンビニでお菓子を買う約束をして、店を出る事にした。

温かい店内から外に出ると、冬の風が一層冷たく感じる。
ぶるっと身を震わせた京一は、ダウンジャケットのジッパーを一番上まで上げた。
アンジー達も寒さが堪えるようで、手を擦り合わせたりしている。


全員が店を出て戸を閉めようとした所で、内側からもう一度戸が開けられた。
見ると、コニーがビニール袋を持って出て来る。




「コレ、京チャンにプレゼント」
「なんだ?」




差し出されたビニール袋の中身を覗き込むと、メニューにもあった唐揚げが入っている。




「いいのか?」
「おタンジョービ、オメデトウね」




だから良いのだと、大きくて少し油っこい手が京一の頭を撫でる。
体格に似合った丸くて饅頭のような手で、やっぱりアンジー達と同じで温かい。




「ありがとうさん、コニー。また来るよ」
「オレも!」
「あらあら、気に入ってくれたみたいね」
「だって美味ェし」





今日はとんこつラーメンを食べたけど、次は塩ラーメンを食べよう。
チャーシューメンもあったし、鳥南蛮もあったから、それも食べたい。

貰った唐揚げも今から楽しみだ。
流石に今日はもう胃袋が一杯だから、食べるのは明日になるけれど。


毎度アリ、と言ったコニーは嬉しそうで、階段を上がっていく京一達を見えなくなるまで見送った。




ビッグママの作ったラーメンも美味しいけれど、あの店のラーメンも美味しい。

店の中に他の客がいなかったのは、多分、隠れ家的な店んじゃないだろうかと京一は思った。
あまり目立つ所ではないし、暗くて細い路地を通らないと行けないし。
あんな場所に行くよりも、駅前なり大通りなり、店なら幾らでもあるのだから。


けれど京一は、あの店が気に入った。
ビッグママの知り合いだし、唐揚げも貰ったし、何より、駅前や他の店で食べたラーメンより美味しかった。
贔屓にするのにこれ以上の理由はいらない。

うろ覚えだが、メニューに書かれた値段もそう高くはなかった気がする。
今日はタダだったから全く気にしていなかったけれども。




それにしても──────もう二年が経つのか。



家を飛び出したのが十歳の夏で、それから数ヶ月後、雨の日に師に出会った。
それから『女優』に連れて行かれて居候するようになって、師がいる日もいない日も、毎日鍛錬をして。

……それなのに身長が一向に伸びないのはどう言う訳だか。


身体測定をした時にそれを愚痴ったら、岩山からは少し修行を控えろと言われてしまった。
幼少期から激しい鍛錬をして筋肉をつけると、身長が伸び難くなるらしい。
「それじゃ強くなれない」と言ったら、「それなら小さいままで我慢しろ」と言われた。

背が小さいのは嫌だったので、仕方なく、修行の回数と密度を減らす事にした。
師にこの事は話していないが、殆ど自主練習状態なので、言っても多分気にしないだろう。




繋いだアンジーの手を見ると、京一よりも随分大きい。
キャメロンのはもっと大きくて、サユリは細くて節張っている。
ビッグママは、確かめた事はないけれど、あまり大きくはないように見えた。

それに比べて自分の手はまだまだ小さくて。
背が伸びれば手も大きくなるだろうから、京一は早く大きくなって欲しかった。



大きくなれば、強くなって、きっとこの人達も守ることが出来るようになるから。





路地を通りぬけて大通りに出て、最寄のコンビニに立ち寄った。
約束した通りに先ずは期間限定のポテトチップを手に取って、アンジーが持っていたカゴに入れる。




「ね、京ちゃん。ジュースがなくなっちゃってたの。どれか選んで持って来てくれる?」
「おう」




ペットボトルのジュースが置いてある場所に行って、商品を選ぶ。
コーラとオレンジジュースの大きなペットボトルを取って、抱えてアンジーの元に持って行く。

その途中で通ったお菓子売り場で、さっきは見なかった商品が目に付いた。
限定でも新商品でもなくて、何処でも見かけるスナック菓子。
コンソメ味と大きく書かれたそれに惹かれて、京一は手を伸ばし、




「…………………」




しばしフリーズして考えてから、結局、手に取った。


ペットボトル二本と菓子袋をアンジーに見せる。




「兄さん、これいいか?」
「あら、それ美味しいものね。良いわよ、どうぞ」




にっこり笑うアンジーに釣られて笑って、京一はお菓子と一緒にペットボトルをカゴに入れた。

カゴには京一が入れたものの他に、化粧品や栄養剤、サプリメント等など。
いつの間にか、京一が好きな菓子パンも入っていた。


代金を支払ってコンビニを出た所で、京一は欠伸を漏らした。




「ふぁ……」
「眠いの?京ちゃん」
「んー……少しだけ」




夜更かしなど当たり前になっている京一だが、今日はなんだか無性に眠い。

ごしごしと猫のように目元を擦る京一。
そんな京一の前に、キャメロンがしゃがんだ。




「はい、京ちゃん。おんぶしてあげる」
「ん……うん」




いつもならいらないと言う所だったが、今日は眠気が我慢できそうにない。
がっしりとした背中に乗ると、よいしょとキャメロンが立ち上がる。
いつもよりもずっと視界が高くなった。

キャメロンの上着はウールで出来ていて、触り心地が気持ち良い。
襟元のもこもこに顔を埋めて目を閉じる。




「明日はお得意さんが来るからね」
「はァい」
「あの人、京ちゃんの事すごく気に入ってくれてるのよねェ。いつも連れて帰ろうとするんだから、もう!」




オレを気に入ってる客って誰だっけ。
なんか毎回抱きついてくるオッサンがいた気がするけど、あれか?

うとうとしながら考えていたが、あまり思考がまとまらない。




「あの人は単身赴任らしくてね。子供が丁度、京ちゃんと同じ年頃なんだとさ」
「あら、そうだったの。大変ねェ……」




酒が入ると仕事の愚痴以外に、家族が心配だと漏らすサラリーマンの男性だった。

最初に顔を合わせた時は、子供がいる事に顔を顰めていたが、もうすっかり馴染んでしまった。
男性が注文した摘みを京一も一緒に食べる事もある。
そして帰り際、一緒に帰ろうか、なんて冗談で締めくくられるのが通例だった。


京一も、抱き着かれる事以外は、あの男性の事は嫌いではない。
誕生日だったって言ってみるかな、とちょっとした悪戯心が沸いてくる。




「京ちゃんの誕生日だったって聞いたら、どんな顔するのかしらねェ」




サユリがクスクスと笑いながら言った。
慌ててプレゼント買いに行くんじゃないかね、とビッグママが言う。


京一は──────そろそろ思考が解けて来た。
キャメロンが歩いている時の揺れが心地よくて、尚の事眠りを誘う。




「京ちゃん、寝ちゃった?」




アンジーの声にも反応しなかった。
辛うじて聞こえているだけで、言葉の意味が繋がらない。

寝息を立て始めた子供に、アンジーは小さく微笑んで、巻いていたマフラーを京一の首に巻いてやる。




「……大人になるのは、まだまだ先の話だね」




ビッグママの言葉に、アンジー達は苦笑する。











子供の成長を見守るのは、少し寂しくて、とても楽しい。

でも、出来る事ならもう少し。



目一杯愛して甘やかして上げたいから、どうかもう少し、子供のままでいて欲しい。















ネタ粒で「コニーの店で京一の昔の写真発掘」から思い浮かんだ話です。
…今更ですが、本当にどんどん自設定が増えてるなぁ、このサイト…

コニーの喋りはどう表現していいのやら。
実際の所、彼はかなり日本語堪能してそうですね。弥勒と繋がりがあるし。十二神将に襲われた後に如月と電話していた時は、普通に喋ってたし。
ちなみにハイテンションでもっと英語交じりにすると、アランになります。