ノートの端にラクガキ





龍麻は、サボらずに、起きてさえいれば授業中は至って真面目に見える。
じっとノートに向かい合って、忙しなくシャーペンを走らせる。
通常授業の時も、補習の時も、普段とあまり変わらない表情で。


所がどっこい。
真面目にノートを取っているのかと思ったら、やっているのは落書きである。

黒板に書かれた事は写しているのだろうが、それも時々途中止めになっていて、落書きに没頭する。
そんなだから、転入試験の時にはトップクラスだった成績が、補習組になってしまうのだとマリアは嘆いていた。
しかし、龍麻はそんな事は知ったこっちゃない風で、授業中は好きに過ごしている。




クラスメイト数名を伝って廻されてきた手紙。
京一はそれを受け取って、あーメンドくせと思いつつ開く。

開いて、溜息が漏れた。





(………どうしろってんだ、これ……)





其処に書いてあったのは、随分と見慣れてしまった落書き。
手裏剣を手に持ち、覆面を被った頭でっかちの忍者。


クラスメイトの女子の真似事をして、授業中に手紙を廻すようになって数週間。
根気良く付き合ってやっているが、未だにこれには対処に困る。

一回目、ヘタクソ、と書いて返事をしたら、その日一日、少々機嫌が悪かった。
二回目、取り敢えず学習して上手くなったんじゃねえのと返事をしたら、その時間中に5回程同じ絵が回ってきた。
三回目、無視して話を切り替えて返事をしたら、訴えるように手紙が返って来る度に同じ絵が落書きされていた。

落書きに関しては、とにかく何かリアクションが欲しいようで、無視しているといつまで経っても止めない。
あいつのノートの端は相当デコボコになってんじゃないかと京一は思う。
若しくは、手紙専用(破り専用)のノートを持って来ているのか。



京一も手元のノートの端を破って、返事を考える。
授業なんて耳に入らない。




(いつも同じ絵だな)




細部は変わっているが、全体的にはほぼ同じ構図、同じ描き方だ。
京一は美術の授業なんて殆ど受けていないが、印象的にそうインプットされていた。
手紙に描かれる事のないノートの落書きも、そうであったように思う。

他の絵描けねえのか、と描いた紙を折り畳み、前に座る生徒に渡す。



机に突っ伏そうとして、京一は思い出す。
今教卓に立っているのが、天敵・犬神杜人であると言う事を。

格好だけでも授業を受けている体でもしていなければ、後でまた嫌味を食らう羽目になる。
それならサボってしまえば良かったじゃないかとお思いの方もいるだろう。
しかし、単位ひいては卒業がヤバいとなったら、流石に逃げる訳には行かなかった。


とは言え、今更嫌いな授業で気持ちにハリが出る訳もなく。
京一は指先でくるくるシャーペンを遊ばせた後、開いたノートの隅でそれを無作為に動かした。




(………腹減ったな)




時刻は、4時間目。
あと少しで昼食、今日はラーメンの出前を注文してある。

そう思っていたら、ノートの端にはラーメンが。


注文したのはラーメンだけだが、育ち盛りの胃袋は元気だ。
ラーメンの事を考えていたら、餃子も食べたくなった。





(あと、チャーハンだろ。ああ、鴨南蛮食いてェな…それから……)




ぐるぐる、ぐりぐり。

黒板の内容など一つも写していないのに、不思議とシャーペンは動いている。
…描いているのは、授業には全く無意味な落書きばかりで。




ぱこん。
くすくすくす。

聞こえた音と笑い声に顔を上げると、龍麻が犬神に見下ろされている。





「緋勇……遊ぶのは構わんが、人の話は聞いていろよ」
「はい」




返事を聞いて、それだけで犬神からの注意は終わり。
犬神はまた教卓へと戻っていった。

その途中、






「お前も同じだぞ、蓬莱寺。腹は減ってるだろうが、話は最低限聞いていろ」






次に赤点を取って補習になるのはお前だぞ。

きっちり付け足された台詞に、京一は思い切り顔を顰めた。
落書きも多分見られただろう(どんな視力してやがんだと思ったのは言うまでもない)。




やっぱりアイツは嫌いだ。








早くこんな授業終わらねえかと、ノート端の落書きを眺めながら思った。










よく考えたら、初めて犬神先生喋らせたような。
難しいな、この人……

京一(+龍麻)+犬神=補習の方程式が定着してます、私の中で。