絶対服従…のハズ





あの人と逢ってからは、まるで怒濤のような日々。



訳の判らない化け物は出てくるし、其処でそいつと対峙するあの人を見た。
ありゃあなんスかと聞けば、最初ははぐらかされていたが、粘って粘ってようやく話して貰えた。

その話にまた引っ繰り返る羽目になった。
だって目の前の人には不思議な《力》があって、その《力》を駆使して東京中にはびこる化け物を退治しているなんて。
普通に聞いてああそうですか頑張ってくださいなんて言葉が出てくる方が、はっきり言って可笑しい。
でも、冗談でそんな話をする人じゃないとも判っていたから、出来る事があるなら協力したいと思った。


最初こそ敵対関係(あの人がどんなに相手にしていなかったとしても!)だったが、今ではすっかり舎弟が板についた。
足に使われることだって、パシリにパンを買いに走らされる事だって、吾妻橋にとっては立派な仕事となっていた。

しかし、しかしだ。



譲れぬものはあるのだ、どうしても。
自分の死活問題であるから、尚更。





真神学園の屋上で、今日も今日とて昼食を賭けての丁半勝負。


京一が籠を持ち、サイコロを振って床に押し付ける。




「丁!」
「じゃあオレぁ半だな」




四天王代表として吾妻橋が唱えれば、京一は逆に賭ける事になる。

籠が持ち上げられて、二つのサイコロは5と6の目。
五六の半、京一の勝ちだ。




「あーッ!!」
「ほれ、其処の焼き蕎麦パン寄越しな」




コンクリートに転がって地団駄する吾妻橋に、無情にも京一の手が伸ばされる。
それは賭けの対象となっている昼食のパンの接収である。
間違っても、吾妻橋を起き上がらせる為に差し伸べられたものではない。


内容が可愛らしいものであろうと、賭けは賭け、そして負けは負けだ。
勝負の世界は無情なもので、勝者には至福を、敗者には絶望を運んでくる。

こうして毎回、食事を巻き上げられる。




しかし、今回は吾妻橋も引き下がれない事情があった。




「こいつだけは勘弁して下さいッ!」
「ああ? 舐めた事言ってんじゃねーよ」
「だってアニキ、これまで巻き上げられたら、俺ら昼飯なくなっちまいますよ!」




そう。
吾妻橋達が残している昼食は、この焼き蕎麦パン一個だけ。
これを取られてしまったら、空きっ腹を抱えて街を彷徨う事になる。

毎回遠慮なく巻き上げられているとは言え、今回だけはキツい。
何せ今朝から少々物騒事に巻き込まれて、今の今まで飲まず食わずなのだ。

大の男四人で一個の焼き蕎麦パンを分け合うなんて惨めだが、ないよりはずっと良い。



お願いしますと土下座する吾妻橋に、他の三人も続く。




「この負け分は、後日必ず!」
「頼みます!」
「後生ですから!」
「アニキィ〜ッ!!」




コンクリートに頭を擦り付ける舎弟四人。
その勢いに、京一は若干引いていたが、頭を下げたままの四人はそれに気付けない。



飢餓と言うのは恐ろしい。
吾妻橋達は、相当切羽詰っていた。
パン一個を守るのに必死だ。


あまりにその必死さが全身×4で滲み出て来るものだから、流石の京一も同情する。
ついでに、そんなに腹が減ってるのなら昼飯賭けたりなんかすんじゃねーよ、とも思った。

京一はそう思っていたが、吾妻橋達にとって、この一時は一日の楽しみなのだ。
敬愛するアニキに(例えイカサマされる事があろうとも)相手をして貰えるのだから。
その為なら、どんなに巻き上げられようと、こうして賭けを挑む。




「………あーッ! 判った判った、ついでにツナサンド返してやっから、早く食え」




がしがしと頭を掻いて、京一は催促していた手を引っ込める。
その上に、前の勝負で取り上げたサンドイッチを放り投げて返した。

ポトリ、吾妻橋の頭の上にツナサンドが落ちて。





「「「「アニキィイィィ〜〜〜〜ッ!!!」」」」
「ぎゃあああッ抱き着くな─────ッッ!!!!」





─────元気だね、と呟く龍麻の声は、喧騒に埋もれて聞こえなかった。







ええ、賭博のシーンが好きなんです。