夜の蝶、昼の蜘蛛






夜は蝶。
昼は蜘蛛。

その言葉を聞く度に、褒められているようで貶されている気分になる。





何が良いのか知らないが、幸か不幸か、自分は人気があった。
お陰で最初の頃はあちこち引き回されて疲労ばかりが溜まったが、太夫になると随分楽になった。

太夫になると、此方が相手を選べるようになる。
無論、自分だけの一存で決められる訳でもなかったが、それでも相手にする数は随分減った。
以前は眠りたい時に眠れずに、それでも目の下に隈でもあれば打たれるので、その心配がなくなったのは助かった。


愛想も何もない自分の何処に気に入る要素があるのか、京一には判らない。
オレだったら座敷持の時点でブン殴ってるがな、と常々思う。

それが一部の男達の色心を煽るとは、知らなかった。




眠い目を擦りながら、昨日の客を見送る。


この廓につれて来られた頃から、京一のこんな態度は変わらない。
上位の遊女になる素質があるとされ、引込禿(かむろ)として楼主から英才教育を施されたにも関わらず、だ。
挙句、その楼主に反抗する事も多く、躾直しと言って手を上げた楼主を返り討ちにしたりして、その出来事は前代未聞として今でも語り草になっている。

いつの間にか、その話は客層にも広まっており、強気なその性格を己が挫かせてやろうと言い出す者が出て来た。
しかし結局、京一の性格も態度も、今の今まで変化を見せていない。


起こすんじゃねえよと言わんばかりに客を睨み、愛想もなく見送る京一。

整えていない胸元から、赤い華が覗いている。
隠しもしなければ恥ずかしがることもしない、憮然とした態度で京一は其処に立っていた。




「また来るよ」




引き締まった腰を男の手が抱き寄せる。
それを甘受し、京一は一度だけ、男の胸に顔を寄せた。

鉄錆の匂いがして、京一は一瞬眉根を顰める。
それは男の目には見えなかったようで、ちらりと上目で伺うと、鼻の下を伸ばしきっていた。
何をした訳でも、言った訳でもないのに、これだけで勘違いをしてくれるのだから、男とは単純なものだ。
自分も一応、男なのだけれど。


名残を惜しむ素振りでも見せるように、男の手に力が篭る。
しかし京一はそれをあっさりと振り払い、踵を返した。
欠伸を一つ漏らして、戻ったらさっさと寝ようと決める。




部屋に戻るその背中に、聞こえる声があった。




「おい、どうだった? 太夫を抱いたんだろ?」
「ああ、最高だぜ」




連れの男と顔を合わせて、京一の客が色めいた声で言った。


あの男はもともとは男色に興味がなかったらしいが、京一にはそうは思えない。
慣れているようにも思えなかったが、全く経験がないようには見えなかった。
第一、初回から馴染みまでの間が短く、逢う度に男は好色な目をして京一を見ていたように思う。

単なる勘であるが。




「噂に聞いてた通りだったよ」
「どっちがだ?」
「どっちもさ」




性格のことか、具合のことか。
問いかける連れに、男は肩を揺らせて応える。


外で自分がどんな噂をされているのか、京一は知らない。
興味がないし、聞いても大抵それは下らないもので、記憶の片隅にも残らない。
時折ご親切に教えてくれる客がいるが、それもまともに取り合っていなかった。

けれどもなんとなく、この時だけは。
眠い頭が何を思ったのか、足を止めさせた。




「あれだけ強気なのが、床入れしちまうと大人しいんだよ」
「へェ」
「その差がいいな。うん。気紛れに甘えるのも」




長々喋って夜の様子を言いふらす男。
はっきり言って、気が悪くなった。

初回と裏では特に問題がなさそうだったので、そのまま馴染みにしたが、失敗だったなと思う。
何が失敗であるかは、この場合、京一の気分を害した事に因る。


床入れするのも、大人しくするのも、本当は御免だ。
それでも、此処はそういう場だから、好きにさせてさっさと終わらせるのが負担も少なくて助かると思って、そうするようになった。

気紛れに甘えて見せるのは、そうした方が効果的だからだ。
相手に出すものがあるなら、たった一度で切れてしまうよりも、繰り返し来てくれた方が良い。
その為の手段の一つとして、甘えてみせる仕種は、十分効果を齎してくれた。




「いい躯してる。抱いてる時なんか、蝶みてェに色っぽくてよ」
「男だろ、その喩えは無理があるんじゃねえか?」
「お前も会ってみろ、そう思うぜ」




どうかなァ、と連れが呟く。

所作がどうの、眼差しがどうの、褥の中はどうの────男はまだ延々と喋っている。
連れの男は段々と興味が湧いてきているようで、ほうほうと相槌を打ちながら聞いていた。




「その癖、床入れするまで隙がねェのよ」
「ほォ」
「気を抜きゃ、こっちが食われそうなぐらいさ」




危険はないと見せかけて、獲物を捕らえて雁字搦めにする。
その後、獲物を食うか殺すかは、京一の気分次第。

男は、その瀬戸際のやり取りも楽しいのだと語った。




喋り続ける男と、聞き続ける連れは、そのまま店を離れていった。





京一はがりがりと頭を掻いて、そういや眠かったんだと今更ながら思い出す。
思い出すと、また眠くなって来た。

でも、さっきの男と共にした気配の残る床は使いたくない。
禿を呼び付けて、寝所に床を敷いて置くように言い付けた。
まだ八つ程の禿の少年は、太夫直々に指示されたからか、何処か嬉しそうに頷いて駆けて行った。


自分が、あの少年のように笑っていたのはいつ迄だったか。
最早思い出すことは出来ず、笑うこともないだろうと思う。
愛想笑いも浮かべられない自分に、どうすれば笑えるのかなど判らない。








これが蝶?

笑えてくる。
そんなに綺麗な色じゃない。


これが蜘蛛?

罠なんて張ってない。
勝手に周りが糸を作って、糸に引っ掛かる間抜けがいるだけだ。



だけど、他者から見ればそうなのだろう。




だって、そういう風にしか生きれない。










遊廓パラレル、お試し版です。
ダークサイドで連載考えてますが、雰囲気とちょこちょことした設定を小出しに…
……と言うか、私の中でもイメージがはっきり固まってないのです(オイ)。

荒んでる京一で、龍京と八京の同時進行の予定。
エロシーンは……まだ書く予定はありません。