さぁ、お手を拝借





中学校なんてまるで行っていない。
その時分、何をしていたかと言われたら、喧嘩をしていたとしか言いようがない。

お陰で、ただでさえ軽い頭は益々軽くなった。
一時期掛け算が判らなくなっていたし、画数の多い漢字の殆どは読めなかった。
社会だの理科だのも判らないし、英語なんて以ての外だった。


高校なんて行く気がなかったのだ。
さらさら、全く。




だけれど、行く気になった。
行ってみようと、思うようになった。





それから、アンジー達に頼んで漢字ドリルだの数学(これは算数からだ)ドリルだのを揃えて貰って、机に噛り付いた。
数学の文章問題は、問題文から理解できなくて頭を抱えて、アンジーに読み解いて貰っていた。
英語は初歩的なABCから初めて、リスニングも出来る限り慣らしておいた(不安は大層残ったが)。

金銭的な余裕はないから、何箇所か受けるとか、滑り止めとか、そんな事は出来ない。
何処か一本に絞って、其処を落ちないようにするしかない。


今まで使っていなかった頭を、急激に使わせていたからだろう、確実に。
月に一度か二度は高熱が出て、勉強どころじゃない程に衰弱した。


それでも必死で勉強した。
疲れて机に突っ伏したまま寝るくらい。
空腹も忘れるくらい。

今までの人生で経験した事がないくらいに、必死で勉強した。
時々投げ出したくなったけれど、どうにか止めずに、必死で。





冬の受験日。
テストが始まる前から、京一はナーバスだった。



京一は家を飛び出した時から、殆ど学校に行かなくなった。
中学に上がる時は受験なしで地区の学校に上がったから、京一に受験の経験はなく、生まれて初めての受験となった。
それが妙にストレスになって、受験日の前々日には腹痛に見舞われ、前日は吐き気を催した。

そんな京一に呆れた岩山から軽い鎮静剤を貰って、それを飲んで。
受験生とサラリーマンでぎゅうぎゅうになった満員電車に乗って、受験会場に行った。


テストの後、帰り道では不良に絡まれた。
その内の幾つかは歌舞伎町で負かした連中で、その他は腕っ節試しに吹っかけてきた連中だ。
漏れなく返り討ちにしたが、テストで疲れ、やる事は取り敢えず終わったと緊張の糸が切れた京一には、それすら重労働であった。




どうせ落ちると思った。
自分の軽い頭を自覚していたし、歌舞伎町で散々暴れていた事もある。
都内有数の不良である事は、同じ都内にある学校には恐らく知られていただろう。


なのに、なんの因果か受かっていた。
『女優』に送られてきた“合格”通知を、一番信用できなかったのは京一だ。
誰かの悪戯じゃないかとか、学校側の間違いだろうとか。

最近はインターネットで受験の合否を確認できると聞いたから、インターネットカフェでも調べてみた。
表示されたのは合格通知で、其処に書かれた受験番号と、控えていた番号を何度も確認した。



それでも嬉しかった。

受かった事が、じゃない。
それを喜んでくれる人達がいるのが、嬉しかった。
アンジーやキャメロンやサユリ、ビッグママ、それに岩山も。
勉強に付き合ってくれて、投げ出しそうになったら発破をかけてくれて、その人達にようやく一つお返しが出来たような気分。
勿論、まだ暫くは厄介になる訳で、返しきれない恩があるのは間違いないけれど。




制服を買って。
袖を通して。

アンジー達は似合う似合うと褒めた。
七五三じゃないのだから、恥ずかしくて止めろと言ったけれど、それでも嬉しかった。


入学式の前の日。
店を休みにして、祝いのパーティをする事になった。
大袈裟だ、けれど嬉しかった。

祝いの最後に、全員で一丁締め。
その後の止まない拍手が、むず痒くて仕方がなかった。








蒼い空の下で桜が咲いた日。

永い永い夜が明けた。










京一が『女優』の人達に愛されてるのが大好きです。