抱きしめたい




龍麻はスキンシップが好きだ。


基本的には、する方ではなくて、される方である事が多い。
京一に肩を組まれたり、寄り掛かられたり、遠野に抱き着かれていたりと言った具合だ。

龍麻自身は、滅多に自分から他者に触れる事はないと言って良い。
常に誰かと一緒にいるので、人好きである事は間違いないのだが、案外と彼から“触れられる”人間と言うのは少なかった。
毎日を同じ空間で過ごしている真神学園のメンバー達でさえ、あまり龍麻の方から触れられる事はない。


────と言うのが、仲間の多くの認識であった、が。




「……おい」




昨今の睡眠不足を補おうと、屋上で惰眠を貪っていた京一を襲った、不意の重み。
何事かと思って目を開けて見つけたのは、フェンスに背を預けて胡坐を掻き、腕を組んで眠っていた自分に抱き着いている、親友の姿。


龍麻は、京一の組まれていた腕に自分の顔を押し付けている。
そしてそのまま、京一の背中に腕を回して、抱え込むようにして密着しているのだ。

はっきり言って邪魔な事この上ない。
折角の安眠を妨害されただけでも腹が立つのに、これでは立ち上がる事は愚か、組んだ腕を解く事さえ出来ないではないか。
親友にそんな状態を強いておきながら、いつもと変わらない表情をしている龍麻の平然とした様子が、余計に京一の神経を逆撫でする。
ただでさえ寝不足の所為でストレスが溜まっていると言うのに。




「退け、重てェ」
「いや」




見下ろし、睨んで言い付けたが、帰って来た反応は予想通りのものだった。

蹴飛ばしてやろうか。
足だけならまだ多少は動くだろうと思いつつ、京一はタイミングを計る。




「ったく。なんだってお前はそう、オレにだけやたらとくっつきたがるんだ?」




ごそごそと、龍麻の体の下で、足の位置を直しながら、京一は問う。
問われた龍麻の方は、自分の下の不穏な気配など気にする事なく、問いかけに対して不思議そうに首を傾げていた。



スキンシップは好きでも、自分からは滅多にする事はない────と言うのが、仲間達の龍麻への認識だった。
しかし京一だけは、それは「当たっているが、微妙に違う」と言う認識を持っている。

龍麻が基本的に受け身であるのは確かだが、何故か京一にだけは好んで接触を図ってくる。
大抵それは周囲に自分達以外の存在が確認されない時で、人が来る気配がすると直ぐに離れる。
だから龍麻のこの奇行(被害者である京一にしてみれば奇行だ)を知っているのは、京一だけだった。


京一は、正直言えば、スキンシップは嫌いな方だった。
自分から相手にするのは一向に構わないのだが、自分が相手にされるのは嫌いなのである。

その事は龍麻も察している筈だが、彼はそんな事はお構いなしだ。

別段、抱き着いて何某か不逞を働こうと言う訳ではない。
やっている事と言ったら、本当にただ抱き着いているだけ、密着しているだけで、会話すらしない事も少なくない。
何がしたいんだと聞いても「ん〜…」と曖昧な反応が返るばかりで、京一にはいまいち彼の目的が判らなかった。



ずるずると龍麻の体が落ちて行く。
背中を掴まれた学ランも一緒にずり落とされて、冷たい風が薄いシャツの下に滑り込んできた。




「寒ィだろ」
「……京一は厚着したらいいと思うよ」
「適当なのがねェんだよ」




京一とて、好き好んでこの寒空の時期にシャツ一枚に学ランだけを羽織って過ごしている訳ではない。
しかし、学校に着て行けるような、且つ汚しても問題がなさそうな服は、もうこのシャツ位しか残っていないのだ。
学校指定のワイシャツは血塗れにして駄目になったし、他は何某とか言うブランド服で、小市民の自覚がある京一には気が引ける。
それらの殆どが『女優』の従業員達からの贈り物と言う事もあって、穏やかでない生活を過ごす京一は、それを汚さず、破らず、一日を過ごす自信がない為、袖を通す気にはならなかった。

じゃあ自分で買いに行けば、と小蒔あたりは言うのだろうが、京一の生活にそんな余裕はない。
結果、今の時期ではないような、着古した生地の薄いシャツを着回しする日々が続いている。


背中の半分まで落ちた学ランを元に戻したいのに、腕を龍麻の体に挟まれたままなので、京一はまともに身動ぎする事も出来ない。
その割にあまり寒さを感じないのは、ぴったりくっついている人間の所為だろう。




「……邪魔くせェ……」




呟いた京一の耳に、授業開始のチャイムの音が届く。
あ、と龍麻が思い出したように声を漏らしたが、それだけで、彼は結局離れようとはしなかった。


ぎゅ、と。
より一層、龍麻の抱き締める力が強くなる。

────本当に、どうしてこんなにも懐きたがるのか。
何度この状況を体感しても、京一には理由が判らない。




(……ま、いいか)




あったけェし。
割と。

湯たんぽ代わりと思えばいい。
そうでなければ、大型犬辺りで良いだろう。




眠ろうと目を閉じた後、またぎゅうと強い力で抱き締められた。
それから、何かが頬を掠めた気がしたけれど、もう確かめる気にはならなかった。





京一にだけ変にスキンシップが多いうちの龍麻。
皆の事も好きだけど、京一の事が一等好きなんです。