ただ触れたくて恋しくて




ふ、と。
髪を撫でられて、振り返った。




柔らかな眼が此方を見ている。
それは、いつもの事と言えばいつもの事なのだが、京一はどうにもそれが落ち着かない。

敵意や悪意のない視線、感情と言うものは、昔から苦手だった。
子供の頃はどうであったか、其処までは覚えていないが、少なくとも、明瞭な記憶の限りでは“苦手の部類”と認識していたように思う。
『女優』の人々は、幼い頃からの縁であるから別格として、それ以外からの“好意”はどうにも慣れない。



なんだと睨み付けてやっても、目の前の人物はにこやかな笑みを浮かべるだけ。
何事か言って来る訳でもなく、ただただ、向けられるのは笑顔のみ。



若干の薄気味悪さに顔を顰めつつも、京一は彼に背中を向けた。


“好意”の視線と言うものは、どうにも首の後ろがむず痒くなって落ち着かなくなるが、悪意の類に比べれば、基本的には平和なものである。
特別に気を向けなければならないものではないし、何某かを危惧しなければならない相手ではない事も判っているから、いつも好きにさせている。

─────のだが、ふ、と隙を突くように触れて来る気配があるのは、頂けない。
悪意と違って、露骨な意図を持って伸びて来るものではないから、どうしても気付くのが遅れてしまう。



だからなんだよ、と睨んだ。
しかし、相変わらず帰って来るのは笑顔のみ。

触れて来るから用事があるのではないかと問えば、そうでもないけど、と言う返事。
用もないのに触るな、と言うと、うーん、と眉尻を下げられる。
用があるならはっきり言え、と詰め寄れば、それはないんだよね、等とのたまわれ。


目の前の人物が、何を考えているのか判らないのは、今に始まった話ではない。
比較的、他人の思考を読む事には長けている方だと自負している京一だが、目の前の人物に限っては、それは通用しなかった。
寧ろ、こいつの思考が読める人間がいるなら会ってみたい、と思う程だ。


顰めた顔で睨んでいると、ゆっくりと此方に手が伸ばされてきた。
意図は判らなかったが、害意もないので、逃げる事はしない。
……どうするのが正しいのか判らないのは、相変わらずだったが。

案外と細い指先が、京一の長く伸びた前髪に触れる。
傷んでいる其処を撫でるように、殊更にゆっくりと、指は滑って行く。




それ以上は、京一は相手を睨むのも止めて、目を閉じた。

目の前の人物が何をしたいのか、何を考えているのか、判らないのはいつもの事だ。
ならば考えるだけ無駄だし、相手にするのも無駄な時間の浪費と同義。
少なくとも、此処に在るのは“悪意”や“敵意”ではなく、純然たる“好意”である筈だから、可惜と警戒する必要もあるまい。





─────そう思っていたら、唐突に、額に触れる熱があって。


傍に脱ぎ捨てていた制服の上着を掴んで、投げつけた。







龍京でも八京でも、その他京一受けどれでも。

うちの京ちゃん、恋愛に関しては専ら受け身で、王様気質。
だから自分から相手に触りたいとか、ああしたい、こうしたい、って言うのが殆どない。