身動ぎすると、頭の上でがちゃがちゃと煩い音が鳴る。
その音源を直接目で確認する事は出来ないが、手錠か手枷か、その辺りの代物であろうとは予想がついた。

目を開ければ、其処にあるのは時代遅れ且つ日本と言う世界的に稀に見る平和な国には似つかわしくない、鉄格子。
刑務所でも留置場でも行けば、そういった物は今も現役で使われているけれど、どう見ても此処はそんな場所ではない。
ブロック状に切り出した石を積み上げて作られた壁、その隙間に生える苔、格子のあちこちに見える錆……それらを確かめれば、此処が長い間忘れ去られていた場所である事が伺えた。

格子の向こうでゆらゆらと揺れる灯があるが、身動きできない京一にとっては特に意味のない代物だ。
せめて、外界からの自然光であれば、大凡の時間を知らせる材料にはなったのだが、どうやら此処は閉ざされた空間らしい。
お陰で時間間隔も曖昧になってしまい、眠ってしまえば尚の事時間経過は判らなくなり、もう何日間も此処にいるような気がする。
唯一、時間を知る手段と言ったら───────


キィ、キィ、と軋む音が鳴るのが聞こえて、京一は顔を上げた。



「おはよう、蓬莱寺京一」



格子の向こうで、車椅子に乗った少年が微笑んでいた。

蜜色の髪に、口の形はとても形の良い笑みを浮かべているのに、その瞳はとても冷たく感情がない。
その歪な面立ちが、京一のよく知っているものとよく似ていて、けれど正反対の気配を纏うそれが、京一は酷く気に入らなかった。


少年の傍らには、光のない眼を持った男が、開いた口から涎を垂らして立ち尽くしていた。
時折、意味のない言葉の破片を零す男は、少年が顎で京一を指すと、ふらふらとした挙動で牢扉の鍵を開ける。
男が扉を開けると、少年はタイヤを回してそれを潜り、京一の前までやって来た。



「おはよう。朝だよ」
「……そうらしいな」



にこりと笑って挨拶する少年を、京一は眉根を寄せて睨み付ける。
気の弱い者なら射殺されるであろう眼力に睨まれても、少年はクスクスと笑うだけだった。



「気分はどう?」
「最悪だ」
「そう。良かった」



最悪の気分の何が良いのだ、と京一は顔を顰めた。

キィ、と車椅子のタイヤが軋む音を鳴らして、少年の体が僅かに距離を取った。
少年は、天井から伸びる鎖に吊り上げられた京一を、上から下までじっくりと観察する。



「昨日、緋勇龍麻を見たよ」



紡がれた名に、京一は動かなかった。
それを見ても、少年は面白がることも、つまらなそうに唇を尖らせることもしない。

口の形を相変わらず笑みに歪めたまま、少年は続ける。



「君を探してるみたいだった」
「………」
「君の名前を呼んでいた。君に逢いたがっていた」
「………」
「君も、逢いたい?」



ことん、と首を傾げて問う少年に、京一は何も答えない。
何を言おうと、頭の上で交差する鎖が外される事はなかったし、少年に何を訴えた所で何も変わらない事も判り切っている。

─────それでも、仮面の笑顔に食い破ってやりたい気持ちは消えない。
それが見え隠れするのか、少年はクスクスと声を上げて笑い始めた。



「駄目だよ。逢わせてあげない」
「……」



言われなくても、そんな事が判り切っている。

この少年は、京一がいなくなった事で、憔悴して行く龍麻を見て楽しんでいるのだ。
此処で京一が己の弱みを一つでも見せれば、少年にとってそれも楽しむ材料になる。
幾つもの感情が欠落したこの少年は、こうした形でしか、仮初の悦楽すら得る事が出来ない。


少年の顔が近付いて、ゆっくりと白く細い手が伸ばされた。
女のようにも見えるその手が、京一の薄い腹を撫でて、ゆっくりと上へと辿られて行く。
背伸びするように伸ばされた手は、やがて京一の頬まで届き、

─────じゃらん、と京一の頭の上で鎖が鳴って、煩いな、と京一は胸中で呟いた。



「京一。俺は、君を此処から出さないよ」
「それはお前が決める事じゃねェよ」



自分が何処の場所にいるか、何処に行くかは、自分自身が決める事だ。
そして京一は、こんな薄暗い場所で、いつまでも鎖に繋がれているつもりはない。

けれど、少年は相変わらず笑っている。




「うん。だから俺は、君を此処に繋ぐんだ」





他の何処にも行かないように。

他の何処にも、行けないように。







龍治×京一って誰が喜ぶんだろうか。私が喜ぶ。
うちの龍麻は、京一がいなくなると途端に精神耐性がガタガタになる模様です。