愛情



いらないって言ってるのに。
そう何度も言われているのは判っているけれど、見付けてしまうとつい、買ってあげたくなるのだ。



「うん、似合うわァ。やっぱり思った通りね!」
「京ちゃん、格好良いわよォ」



アンジーの買って来たジャケットの袖を通す京一。
背中や腕に英字の刺繍が入ったそれは、アンジーが買い物ついでに立ち寄ったアウトレットモールで見付けたものだ。
予定になかった買い物であったが、見付けた瞬間、溺愛する少年に似合いそうだと思い、衝動買いして来たのである。

アンジーが「お土産よ」と言ってジャケットを差し出した時、京一は困ったような照れ臭いような顔をしていた。
こんなのより食い物がいい、と彼は言ったが、それでもジャケットは受け取ってくれ、キャメロン達の着て見せてと言う言葉に押される形で、着替えていたと言う訳だ。


ジャケットは、今の京一にはサイズが少し大きかったようだ。
袖口から指の先がちょろっと見えているだけで、裾も余り、臀部の半分が隠れている。



「あらァ、ちょっと大きかったわね」
「……いーよ、これくらい。直ぐでかくなるから」



10歳の京一は、これからが成長期である。
一週間二週間の内に背が伸びている事も珍しくないだろうし、一年も経てば劇的に変わっている事もあるだろう。
そう考えたら、衣服はピッタリしたサイズのものより、余裕がある位の方が長く着れて丁度良い。

京一は袖を捲って手を出して、着心地を確かめるように、ごそごそとジャケットの端々を触る。
アンジーは引っ繰り返っていたフードを直して、これで良いわよ、とまだ小さな両肩をぽんと叩く。



「さんきゅー、兄さん」
「どういたしまして。気に入ってくれたかしら?」
「うん、まぁ。悪かねェよ」



素直になれない天邪鬼の、精一杯の言葉に、アンジーはくすくすと笑う。



「んもう、カワイイんだから!」
「うわっ」



ぎゅうっ!と抱き締めてやれば、裏返った声が上がった。
柔らかなまろい頬に、自身の頬を摺り寄せれば、京一は嫌がるようにじたばたと暴れ出した。
剃ったヒゲがチクチクと当たるのが嫌なのだ。
けれどアンジーはお構いなしで、可愛い可愛い居候の少年を、これでもかと言う程に可愛がる。

アンジーばかりが京一に頬擦りするものだから、キャメロンとサユリがずるいずるいと抗議を始めた。



「アンジー、代わって頂戴!アタシも京ちゃんに抱っこしたいわァ!」
「キャメロン兄さんは痛ェから嫌だッ」
「あん……ちゃんと痛くないようにするからァ」
「アタシは良いはよね、京ちゃん!」
「サユリ兄さん、香水キツイ!」
「そんなァ〜」
「っつーかアンジー兄さんもそろそろ放してくれって!」
「うふふ、だーめ」



アンジーの肩や額を押して離そうとする京一だが、まるで効果はない。
何せ小さな子供と、彼の数倍はあるであろう、大きな体躯をした“元・男”。
これから成長して行こうと言う幼子が、純粋な力勝負で叶う筈がないのだ。

そして何より、アンジー達は、京一が本気でこのスキンシップを嫌がっていない事を知っている。
じたばたと暴れて逃げようとするのは、こうした愛情表現に彼が慣れていないからで、嫌がって見せるのは、甘やかされるのが恥ずかしいからだ。


京一が『女優』に来て間もない頃は、近付くだけで逃げられてしまっていた。
普通の世界で生きて来た子供が、自分達のような人間を、良くも悪くも普通と違う目で見てしまう事を、アンジー達は理解している。
京一に極端な偏見がなかった分だけでも、アンジー達は救われたと言って良い。

それでいて、毎日のように繰り返して触れて、甘やかしている内に、子供は少しずつこの触れ合いを受け入れてくれるようになった。
恥ずかしがり屋のお陰で、大人しく抱き締められていてくれた例はないけれど、抱き締めて愛を伝える事は赦してくれる。


それを思えば、尚の事、アンジーはこの少年が可愛くて可愛くて仕方がない。



「もう嫌だッ!」
「あっ」
「あァ〜ん」
「京ちゃん冷たァい」
「何処がだよ!」



遮二無二暴れてアンジーの腕から逃げ出した少年は、ビッグママのいるカウンターの向こうへ回り込んでしまった。
ビッグママを盾にするようにしがみつく仕草が、小動物を彷彿とさせる。

アンジー達は、そんな彼がやっぱり可愛くて抱きしめたくなったけれど、恥ずかしさで真っ赤になっているのを見ると、これ以上は流石に可哀想かな、と思う。
今直ぐ追い駆けて抱き上げたい気持ちを堪えて、アンジー達はカウンターテーブルを挟んで、京一を見詰める。


じたばたと暴れている間に、京一のジャケットの裾は解けてしまい、また彼の手首を隠していた。
ちょこんと覗く小さな指が、ビッグママのコートの端を握り締めている。



「京ちゃん、ごめんねェ」
「……別に……」
「ふふ」



謝るアンジーに、京一は赤い顔で唇を尖らせて言った。
そんな仕草が、また可愛くて仕方がない。




じっと見つめる柔らかな瞳から逃げるように、京一は顔を伏せる。
赤くなった耳が見えて、アンジーは双眸を細め、柔らかく笑ったのだった。





ちび京一に全力の《愛》とくれば、やっぱり『女優』の人達だと思う。
大きくなっても小さい頃でも、兄さん達は京一に《愛》。

サイズが合わないダボダボな服着てるちび京かわいい。