もう届かない









すい、と風を切って飛んで行ったのは、紙飛行機。





「……京一、今の問題用紙」
「知ってる」





席を寄せて囁いてみれば、平然と返ってくるそんな台詞。


教室からグラウンドへと放たれたそれは、元は京一の机の上に置いてあった数学の問題用紙。
珍しくまともに机に向かって何かしているなと思ったら、コレだ。

教卓にいる数学教師はどうしたのかと見てみれば、不真面目な生徒のそんな悪戯にも気付いていない。
午後の陽気に当てられたのか、椅子に腰を下ろして舟を漕いでいる。



それを一瞥して、もう一度龍麻は京一へと目を向け、





「どうするの? 授業」
「寝てる」





あっさりと返された台詞は、なんとも彼らしいものだった。





「プリントは?」
「もう知らねえよ」
「何処行ったの?」
「あの辺」




そう言って、京一はグラウンドの方を指差す。
示した方向に既に紙飛行機の影は見えず、あるのは晴れ渡る午後の陽気。





「届かないね」
「おう」
「じゃあ、仕方ないね」





龍麻の言葉にもう一度おう、と呟いて、京一は机に突っ伏した。



龍麻は、手の中にあったシャーペンを机の上に転がした。
ころり転んで消しゴムに当たると、それは其処から動かなくなる。

正方形ではないプリント用紙をしばし眺めて、龍麻はその端と端を摘んで、対角線上に折った。



程無くして出来上がったのは、飛んで行った紙飛行機と同じもの。




少しだけ椅子から乗り出して、京一の席の向こうの窓へ放つ。






「龍麻?」





何してんだ、と突っ伏していた顔を上げ、京一が此方を向いた。
そして親友の机の上が、自分同様がらんとしているのに気付き、





「お前、プリントは?」
「あの辺」




そう言って指差すのは、グラウンド。
緩い風に乗って、それはまだふわふわと確認できる場所にあった。

あった、けれど。



クッと京一が笑った。






「届かねェな」
「うん」
「じゃ、仕方ねェよな」






教卓にいる教師は、まだ舟を漕いでいる。
生徒たちはヒソヒソと小さな声で話をしているが、それは教師には届いていないらしい。
目を覚ます様子のない教員に、教室内は自習状態。

プリントを真面目にやっている生徒もいれば、半分程埋めて寝てしまった者もいる。
葵や醍醐はまだ問題に取り組んでいて、小薪は退屈そうに欠伸をしていた。


そして、自分達は、これから昼寝。




だって仕方がないじゃないか。









紙飛行機は、もう届かない所まで飛んで、自由になってしまったのだから。










後で先生から大目玉くらう。
……その前に二人とも逃げるか(笑)。