放課後の教室












「やってられっかああァァッッッ!!!!」











隣席から響いた声は、聞きなれたものではあったが、ボリュームが最大だった。
流石に鼓膜にキンと響いて、龍麻はわんわんと余韻を残す耳を手で押さえ、隣に座る人物を見る。







「京一、煩い」
「るせェ!!!」







龍麻の歯に衣着せぬ物言いを、京一はこれまた大音量で掻き消した。
詰まれたプリントの束を盛大にバラ撒いて。

プリントの内容は言わずもがな、サボりにサボった結果の産物である。







「あンの野郎、ムカ付くぜ! 嫌がらせかっつーの!」
「……先生としての職務を全うしてるだけだと思うけど」






京一が言うあの野郎、とは、真神学園生物教師の犬神だ。

とかく犬神が苦手らしい京一は、他の授業以上に生物の授業をサボっている。
京一の前に詰まれたプリントの束の内容の殆どは、その大嫌いな犬神製作の生物のプリントだ。
これを片付けなければ、京一は卒業が出来なくなる訳で、教師としてはそれは宜しくあるまい。
故に、この仕打ちは当然の結果とも言えるのだが。


バラ巻かれたプリントは、机の周りに散らばっている。
それも後で綺麗に片付けなければならない事を思うと、やる事が倍量になった気がする。







「あーくそッ! もう止めだ、止め!」
「やらないの?」
「やってられねーよ!」






足元に置いていた薄い鞄に、これも少ない筆記用具を突っ込んで、京一は立ち上がる。
そのまま、京一の足は迷うことなく、教室の出入り口へと向かった。


───────が。








「京一、卒業できなくなるよ」








その言葉に、ぴたりと京一の足が止まる。
既に扉にかかっていた手は、目の前のそれを開ける為に動く事は無かった。




勉強は嫌だ。
詰まれたプリントも嫌だ。
ついでに、これを置いて行った生物教師は大嫌いだ。

けれども、卒業したくないと言う訳ではない。
正直に言えば、したいし、その時は毎日顔を合わせている面々と同時が良い。


一人残って見送って、もう一年間、高校三年生をする気にはならない。
その一年間は、今続いている一年間よりも、きっと色褪せたものにしかならないと思うから。





くるりと返った踵。

憮然とした表情で、相棒は隣へと腰を下ろした。
片付けた筆記用具を取り出して、散らばった中で辛うじて机に引っ掛かっていた一枚を引っ張り寄せる。


それと同時に、教室の後方のドアがからから音を立てて開けられた。








「おーい、捗ってるー?」
「おい、落ちてるぞ。京一か?」
「京一しかいないでしょ。あーあー、こんな一杯散らばっちゃって」
「あとどれくらいかしら。判らないところあったら言ってね」








小蒔、醍醐、遠野、葵。
いつもの、鬼退治部のメンバー。


肩越しにそれを見遣って、京一はまた前を向くと、がしがしと頭を掻いた。
うんざりしたように溜息を漏らしながら、その雰囲気は何処までも柔らかい。

そんな相棒に、京一は小さく微笑んで。











「皆で一緒に、卒業しようね」














ほんの少し賑やかになった、放課後の教室。


それを楽しいと思えるのは、きっと学生だけの特権。















外伝弐話の補習プリントの量、凄かったな……
どれだけサボれば、あんな紙の塔が出来るのか。