透明な心










透明な水に、一つ、色を流してみよう。

さて、どうなる?









「そりゃ、水はその色になるだろ」






龍麻の唐突な問いに、京一は眉根を寄せながら答えた。
訝しげな顔をするのは、その問い掛けの真意が判らないからだ。


水───H2Oとは本来、無色透明なものだ。
酸素と水素が結合しただけのものならば。

しかし其処に別の成分を取り込ませると、それは無色透明ではなくなる。
絵の具の緑を混ぜれば緑色、黄色を混ぜれば黄色、地面の土を混ぜれば茶色。

そんなのは当たり前の事だ。


それを何故唐突に、ちょっと気になる事があったんだけど、と言うように問うて来るのか。






「やっぱりそう思う?」
「他に何があるよ」






莫迦にしてんのかと睨めば、龍麻はけろりとした顔で手元の苺牛乳を啜る。






「じゃあさ」
「今度は何だよ」






次はどんな妙な事を言い出すのか。
そこそこ深い付き合いをしている所為か、龍麻の思考回路はいまいち読めないが、面白いと思うくらいには慣れてきた。
観察しているような気分で、京一は龍麻の次の言葉を促す。

しかし、出て来た問いにまた京一は眉根を顰める事となる。






「透明な心は、どうなると思う?」







──────水ではなく。
違う性質に置き換えて、同じ問い。




なんのこっちゃ。
京一の心情はそれで埋められたが、それも数秒だった。
慣れとは恐ろしいものである。


妙に回りくどい言い方をするから、面倒臭い問いに聞こえるのだ。
置き換えてみれば、龍麻が何を聞こうとしているか判る筈─────多分。

透明な心────そう、例えば赤ん坊だ。
よく比喩で使われる、まだ何にも染まっていない、まっさらな状態と言う奴。
それがどんな色に染まっていくかは、周囲の環境如何となる訳で。






「やっぱ染められるんじゃねェの? 水と一緒でよ」






英語をちゃんと覚える為には幼児期からの教育が良いとか。
漫画なんかでは何某かのスペシャリストは、大抵物心覚える前からその筋についてプロに教育されたとか。
生みの親より育ての親とか。

経験がないことを始めて経験した時にも、それは起こるだろう。
京一が生まれて初めて剣で勝った時にも、──今は殆ど思い出せないけれど──起きていたのだろうし。
それによって、今の色がある筈だ。


ずっと無色透明ではいられない。
生まれて、自我が目覚めて、歩き続けていれば、必ず何かの色に触れる。

そして染められていくのだ。






「京一もそう?」
「は? ……オレ?」
「うん。京一も染められるのかなって」
「……今更何に染められるんだよ」






龍麻の唐突な問いには慣れてきた。
慣れてきたが、やっぱり付いて行けないものは付いて行けない。

もうやってられるか。
そんな心情で、京一はフェンスに背中を預けて空を仰いだ。
ねえ、と隣で答えを促すのが聞こえたが、無視して目を閉じる。



完全に相手をする事を放棄した京一に、龍麻は暫く粘って問い続けていたが、その内それも止めた。







遠くでチャイムが鳴るのが聞こえる。
無視して、京一はそのまま睡魔に身を任せた。

だから、隣の親友がどんな顔をしていたのかは知らない。











透明な水に色を流せば、水はその色に染まる。

透明な心に色を流せば、それも同じと言うのなら、




君のまだ透明な部分に、僕の色を流し込んで良いですか。
















うちの京一はスレてる所と、極端に素直な所があります。
耳年増的な面もあって、天邪鬼な面もあって、かと思ったら子供みたいだったり。

…そんなだから、うちの京一は黒龍麻に食われるんだろうな(爆)。