その懇願に勝てるものなど居はしない








悲鳴にも似た声は、鳴いているようにも、泣いているようにも聞こえて。
シーツを握り締める手は、少し力加減を間違えれば、爪がその皮膚を食い破りそうで。

それらが心配ではない訳ではないけれど、ギリギリの場所で矜持を保つ少年の気持ちも判らないでもない。
無理やり暴かれた感情から、逃げる余裕も向かい合う時間を持たせなかったのは、八剣の方だ。
これ以上の屈辱は御免だと歯を食いしばる事さえ、封じてしまっては彼から全てを奪う事になる。







「…っい……あ……!」







細身の体躯を抱き寄せて、深くまで自身を沈ませる。
触れ合った熱に、京一の身体が震えた。

今まで見ない振りをしてきたそれに、八剣は目を窄めると、京一の肢体を溶け合うほどに強く抱き締めた。







「大丈夫だから」
「ん、う……っひ……!」







シーツに顔を埋める京一に髪を撫でるように手櫛で梳く。
その手を拒絶しようとしたのだろう、京一の右手が浮きかけて、またシーツに戻った。


嘔吐を堪えているようにも見える。
縋るのを戒めているようにも見える。

どちらもが恐らく正解であり、京一はそれらを表に出すまいと必死になっている。
先刻暴かれたばかりに、これ以上の弱味を見せまいとして。
……一番最初に互いに見っとも無い姿を晒しているのだから、八剣は今更のようにも思うけれど。






「う、う……ぐ……ッ」






背を丸めて苦痛をやり過ごそうとする京一の頭を、また撫でた。
目尻に浮かんだ涙を舐め取ると、親からの愛撫を嫌がるような子供みたいな顔をする。
けれども、もうシーツを握る手が拒絶を示そうとする様子はなかった。






「ふッ……ぅあ……」






繋がりが深くなると、京一の左手が浮いた。
数瞬の間彷徨ったそれは、そろそろと八剣の肩を掴む。

小さく震えるその腕を自分の首に回して、八剣は京一の顔に自分のそれを近付ける。
以前はアルコールによって強引に剥がした仮面は、今は既になく、子供が泣き出す一歩手前の顔が其処にある。
本人は、きっと気付いていないだろうけど。



口付けた。
京一の意識がはっきりとしている今、初めて、正面から。


京一が驚いたように瞠目し、舌が逃げを打った。
追って捕らえれば、たどたどしくも答えてくる。

そうしている間にも、細い躯はまた震えて。






「ん、ぅ…んん……」
「……いいよ、爪立てても」
「う……あ……」






囁いた瞬間、ガリ、と背中を尖ったものが引っ掻いた。
びり、としたものが背中を奔る。

今までにも何度か爪を立てられた事はあったけれど、今ほど痛くはなかった。
跡など残して、残されて堪るものかと、恐らく無意識に抑制が働いていたのだと思う。
それらから解放された今、其処にあるのは“独り”を恐れる子供の素直な感情で。




置いて行かれたくない。
独りになりたくない。

あの日の痛みを、もう二度と知りたくない。


だから置いて行かれる心配もしないように、独りでもいられるように、誰も此処には来させずに。
たった一人で歩いて行けば、誰かに置いて行かれる事もなくて、温もりに安寧する事もなくて。
守りたいものも、失いたくないものも持たなければ、失った瞬間は二度と来ない。



だけど、本当は、








「…………く、な………」








背中に精一杯爪を立てて、精一杯の跡を残して。
まるで鈎爪を打ち込むように。













「…………置いて……行く、な…………!!…」














遠い日の面影が消えなくて。
遠い日の痛みが消えなくて。

埋め合わせられるものを見つけるのが、また失うことへのカウントダウンのようで。


いつかの記憶を置き去りにして、気付かぬ内に自分の悲鳴に耳を塞いで。




ようやく引き摺り出された言葉は、本音と言うよりも、懇願に近い。













──────言葉ではきっと信じられないだろうから、


君を縛る鎖ごと、抱き締める。















………終わりました。
……救済できてる……?

お題が進むに連れて、どんどん京ちゃんが病んでしまってすみません……
此処までドシリアスになる予定じゃなかったんだけどなあι
父ちゃんや師匠の事まで引っ張り出しちゃった。
二人の事がトラウマになる位、父ちゃんと師匠が好きだったらいいなーとか思って…


一応、ラブENDです(殺風景ですけどッ!)。