普段言わないで正直な気持ち







暇だったので、賭けをした。

持ち掛けたのは京一で、応じたのは八剣だ。
賭けに勝ったら相手に何でも命令できる、と言う、よく考えればとんでもないオプション付きで。



賭けの勝負に選んだゲームは、花札を使っての“こいこい”。
八剣の部屋の片隅に置いてあったのを京一が見つけたのが切欠だ。
退屈を持て余していた京一には、持って来いの玩具だったのだ。


勝負に賭けを持ち込んだのは、勿論、自身に勝算があっての事。
それほど運が良いと言う訳でもない京一だったら、いざとなったらイカサマと言う手段がある。
舎弟達としょっちゅう行っている丁半勝負ほど簡単ではないけれど、手段を知ってはいたのだ。

イカサマをしたとして、八剣が気付く可能性は正直高かったが、とにかく、京一は暇を持て余していたのだ。
バレてしまったら勝負は無効にして、勝つまでこの繰り返しをする心算だった。

京一には勝負の勝ち負けとか、相手に命令できると言うオプションよりも、暇を潰すことが第一の目的。
八剣ならば用事が出来る以外は大抵付き合ってくれるから、勝負が長引くことに文句はないだろう、多分だけれど。
だから、賭けを持ち込んだのはあくまで八剣の興味をそそる為のスパイスで、自身には大した意味はなかったのだ。




──────が。







「…………ヴゾ…………」








突きつけられた勝敗に、呆然とした呟きが漏れた。



京一vs八剣。
花札勝負。

開始から数時間が経って、結果は14戦3勝10敗1分。


………………京一のボロ負けである。




がっくりと肩を落とした京一に、八剣がクスクス笑う。






「悪いね、京ちゃん」






散らばった札を集めて整えながら、八剣は楽しそうだった。
…そりゃそうだろう、これでなんだって命令することが出来るのだから。



最初は京一が三回勝ち越して、こりゃ楽勝だなと思った。
一度勝った後にすぐ次の勝負を促すと、八剣は「命令は?」と聞いて来たが、京一は気にしなかった。
本気で何か命令するような気もなく、思いつきもしなかった所為だ。
取り敢えず「幾らか勝ちが溜まってから」と後付ルールを加えた。

それから一回引き分けて、─────京一の転落人生は其処から始まった。

三回負けるまでは普通に勝負していたのだが、其処から先が可笑しい。
二人の点数差に明らかに不自然な開きが生じ始め、イカサマをされているんじゃないかと疑った。
だが普段から吾妻橋に仕掛けている自身、バレた時には「見破れない方が悪い」と開き直った。
目の前の男も恐らく同じように開き直るだろうから、せめてイカサマの瞬間を見つけてからじゃないと文句が言えない。
だからこっちもイカサマを仕掛けてやったのだが──────結果はこの有様。






「可笑しいだろ、絶対ェ……」
「そうは言っても、勝負は勝負だから」






非情なものだよねェ、と。
笑って言う目の前の男の顔を、思いっきり殴ってやりたくて堪らない。

が、ぐっと堪えて俯けていた頭を持ち上げた。






「確かに負けは負けだからな。で? 命令はなんだよ」
「ああ、そう言えばそうだったね」






顎に手を当てて考え始める八剣を、京一はのんびりと眺めていた。
どうせ大した事じゃないだろう、と。

此処にいるのが小蒔や遠野だったら、仲間同士の気安さで、バカみたいなえげつない事を考えるのだろう。
けれども此処にいるのは八剣で、どういう訳か知らないが、この男はバカみたいに京一に対して甘いのだ。
命令と言うと大袈裟だが、精々この部屋の中で片付く雑用ぐらいだろうと京一は予想していた。



少しの間、手の中でちっぽけな点数の花札を弄ぶ。
カチ、カチ、と数秒分の時計の針の音がして、八剣が動いた。






「拒否はなしだよね?」
「おう」






なんだか軽く脅し地味た台詞が出て来たが、京一はやっぱり気にしなかった。

……気にしなかったことを、次の瞬間激しく後悔する。









「俺の事をどう思っているか、正直に教えて欲しいな」










フリーズしました。
再起動をかけて下さい。

………いや、オレ、パソコンじゃねェから。


等と、自主ツッコミしている場合ではない。
真っ直ぐに見詰められて告げられた言葉に、京一の目尻が一気に釣り上がる。






「〜〜〜〜〜ンだ、そりゃあッ!!」
「そのままの意味だよ」






思わず立ち上がって怒鳴った京一に、八剣は常と同じ表情でけろりと言う。
と、京一と同じように立ち上がって、身長差の所為で少し見下ろす形になって、京一と目を合わせた。






「命令の拒否はなしなんだろう?」
「あ……ンなのはッ勢いだ勢いッ! あんだろ、その場のノリっつーのが!」
「でも、命令の事も元々の言いだしっぺは京ちゃんだしねェ」
「だからそれもッ」
「自分で言った事には責任取ろうね、京ちゃん」






学校の先生に言われるような事を言われた。
その瞳の奥で、猛禽類のように光が閃いて、京一は悪寒を覚える。


なんであんな事を言ったんだ。
なんでさっき否定しなかった。

花札を見つけて、暢気にしていた過去の自分を力一杯殴りたい。



逃げられないので、観念して腹を括るしかない。
そう悟って、京一は一つ溜息を吐いてから、






「─────キザで妙にロマンチストのナンパ野郎。強くて美しいものが好きとか言って、なんかホモみてェで気持ち悪ィ」
「ゲイではないね。俺が好きなのは京ちゃんだけで、男好きって訳じゃないから」
「いっつもニコニコ笑ってて胡散臭ェ。ヒョロいクセに無駄にタッパあんのがなんかムカつく」
「脱いだら結構凄い方だと思うけど?」
「言ってろ、自惚れ屋。そんで……ニコニコしてる割にゃ口悪ィよな。下衆とか外道とか」
「それは否定できないね。そういう手合いには、そうしてるから」






いやもう、出るわ出るわ。
此処までスムーズに腹が立つ要因が出て来るのも珍しいのではないだろうか。

つらつらと上げ連ねながら、なんでオレはこいつなんかとデキちまったんだろう、と他人事のように考える。
ちらりと見た彼は、先に述べたとおりニコニコと笑っていて、あ、やっぱ胡散臭ェ、と内心で思う。


……でもそんなのだから、自分は此処にいるんだろうとも思う。



…………そう思ったら、それ以上の言葉がぴたりと出てこなくなった。






「それから?」






顔を覗き込んで問いかけて来た八剣の瞳の奥。
聞きたいのはそういう事じゃないんだよ、と音なく告げる言葉が、聞こえたような気がして。

思わず目を逸らしたら、察したと気付かれたらしく。






「京ちゃん」






肩を押されて、背中が壁に当たった。
退路を失った京一の前に八剣が立って、両の腕を使って籠を作る。









「言ったよね─────正直にって」









正直。

正直に。
隠さないで。


いつも隠している事を、全部、正直に。



今まで告げた言葉も、全部嘘じゃない。
罵る言葉も全部、思っていること。

そして─────幾つもの憎まれ口の裏側に、隠している言葉が、あって。




言えるか。
言えるもんか。
言える訳あるか!!

心の底からそう叫びたかったのだけど、どうしてだろう。
見詰める瞳を真正面から捕らえてしまって、口が喉が思うように働かない。


まるで、命令だけに従う人形になったよう。





……そうか。
命令。
命令、だ。
拒否不可、の。


だから。










今から告げる言の葉は、決して自分の意思で告げる言葉じゃない、なんて。

意味の判らない言い訳。











「オイ、袖から見えてるソレ、なんだ」

「あ。」

「………てめえええええええッッッ!!!!」









うちの京ちゃん、八剣に対して結構ヒドいね(爆)。
でも八剣が気にしてないので、暖簾に腕押し。