気紛れに学校に来てみれば、最悪な事にテスト期間中と言う有様。

バックレてやろうかと思っていたら、一時間目がこれまた最悪な事に大嫌いな生物の授業。
HRが終わって直ぐに教室を出ようとしたら、隣クラスの担任である生物教師に捕まり、そのまま教室へと強制Uターン。
そのまま監視でもするかのように教室に居座られては、逃げるに逃げられず。


仕方が無いのでそのまま試験に参加したが、日頃学校をサボり、ろくな勉強などしていない京一である。
埋まる問題があったと言う方が奇跡的な事で、これも選択問題を適当にAだのBだのCだの書いただけだ。
正解かどうかなんて判る訳もないから、読み返してチェックすることもない。

適当に埋めたら、可能ならば静かなだけの教室などさっさと出て行きたい所であったが、生物教師が目を光らせている。
この生物教師は普段はやる気の無い風貌をしている癖に、妙に目敏く、力も強い為に京一は逃げる事が出来ない。
仕方なく机で突っ伏して寝る事にして、残り時間30分以上を夢の中で過ごした。



それから授業の終わり間際、生物教師は教室を出て行く際、京一に釘を刺した。
ただ一言、「サボるなよ」とだけ。

その一言が跳ね除けられないのが無性に悔しい。




「─────で、結局テストは最後までやったんだ」




愚痴宜しくの勢いと口調で説明してやった相手は、遠野だ。
テスト期間中に来るなんて珍しいなどと言ったから、知ってて来たんじゃないと言ってやった後、怒涛の京一の愚痴が始まったのである。




「まぁ京一だもんねー、そんなモンよねェ」
「けッ」




うんうんと納得したように頷いている遠野に、京一は不機嫌な態度。
それに慣れていると言う真神学園でも稀有な根性を持つ少女は、怯えた様子も無く、木の根元で寝そべる京一をカメラに収めた。

滅多に登校して来ない京一が学校に現れる度、遠野は登校の理由を聞きにやって来る。
面白い事があれば校内新聞に載せる気なのは間違いないだろう。


ちなみに初めて京一が校内新聞に掲載されたのはまだ一年生の時で、しかも遠野が真神学園に入学し、たった一人で新聞部を設立して一発目の新聞だった。
その時は、京一が当時から“歌舞伎町の用心棒”として都内有数の不良であった事と、ベースを握らせれば中学生のアマチュアとしては屈指の腕前を持つ事が有名であったと言う事。
中学生の頃からジャーナリストを目指し駆け回っていた遠野は勿論それを知っていた。

その為、スクープの種になると信じ、この三年間何かと追い掛け回しているのである。

一年生の頃は鬱陶しくて仕方が無かった遠野の取材(盗撮も多い)だったが、流石に三年目になると慣れた。
諦めたと言うのが一番正しい言葉でもあるが。



────そんな遠野だから、学校が休みの日に京一が何をしているかも、恐ろしい事に筒抜けだったりする。




「あたしはてっきり、この間のライブが良かったから機嫌良かったのかなァと思ったんだけど」




ぴくり。
遠野の言葉に、京一の眉間に皺が寄る。

判り易く不機嫌な顔になった京一に、遠野はあら? と首を傾げる。




「お前また来てやがったのか……」
「だって京一のヘルプ入りで“CROW”のライブよ。行かなきゃ損よ!」
「……どういう理屈でそうなるんだよ」




異常なほどのジャーナリスト根性さえなければ、遠野は普通の可愛い女子高生と言って良い外見だ。
見た目で判断するなら、“CROW”のようなアンダーグラウンドミュージックは似合わない。
テレビでよく見るアイドルやミュージシャンを追い掛け回しているのが普通ではないだろうか。

最も、遠野の事だから、優先されているのは音楽性ではなく、其処にスクープがあるかどうかと言う事だろうが。




「なんか裏は大変だったみたいね。シンセの人が抜けちゃったんでしょ?」
「ああ。いつもの事だけどな」
「亮一君ねー……大変なのは雨紋君よね」
「オレも大変なんだっつーの。ライブで使う曲にギターで打ち込みした後で、ベースでライブ飛び入りだった事あんだぞ。跳んだハードスケジュールだぜ」
「それを引き受けた上にやっちゃうアンタもアンタよね」




寝そべる京一の傍にしゃがんで、遠野は不思議そうに京一の顔を覗き込む。




「頭はからっきしの癖に、音楽だけは凄いわよね、アンタって」
「一言余計なんだよ、テメーは」
「だって本当の事だもん」





学校の授業の成績が宜しくないのは認めよう。
普通に学校に行って普通に勉強している人間と比べても、天と地ほどの差がある事も認めよう。

が、それを改めて他人に言われるとやっぱり腹が立つ。


青筋を立てる京一だったが、遠野はそんな事にはお構いなしだ。
すとんと隣に腰を下ろすと、愛用のデジカメのメモリーを確認している。




「この間のライブと言えばさ、」
「あー……?」
「すっごくビックリした事あったんだけど」




それから少しの間沈黙が続き、デジカメを操作する音だけが響く。
数秒間、極短い電子音だけが鳴り、京一が二度ほど欠伸をした所で、遠野は目当ての写真を見つけ、




「ホラ、これ」




差し出されたデジカメの液晶画面を見て─────京一は目を細めた。

其処に映っていたのは、ついこの間、一番間近で見た光景。
第一印象“気に入らない”の少年がアルペジオを操っている場面だった。




「緋勇君が“CROW”のライブに参加するなんてねェ。それもすっごいハードな音鳴らして」




感心する遠野は、純粋に驚いているようだった。


ちなみに────本来、ライブ会場での客の撮影は禁止されている。
しかし遠野は何処にどんな人脈があるのやら、殆どのライブ会場で許可が下りていた。

だからこうして、ライブ会場で公演真っ最中の写真を撮る事が出来るのである。
バンドによっては専属カメラマンにしたいと言っている者もいるそうだが、彼女はそれを全て断っている。
彼女が欲しいのは周囲を圧倒させるようなスクープであり、あくまでジャーナリストで、カメラマン志望ではないのだ。
……やってる事はパパラッチだけどな、と京一は思っているが。



一枚切り取られた画面の中で、彼────緋勇龍麻は、あの時京一が見たものと変わらぬ表情を浮かべている。
優しい作りと言って良いだろう面立ちで、切り取られたこの瞬間、彼が激しい音をかき鳴らしていた事を誰が予想できるだろう。
間近でそれを体験した京一でさえ、この写真を見て感じる音は、イージーリスニングの柔らかな音だ。

だが彼は“CROW”のハードな音は勿論、バラードからポップスまで、幅広く音を使いこなした。
それは舞台裏での事だから、流石の遠野も知らないことだが。




「あとさ、京一と緋勇君で鳴らしてる所あったでしょ」




ぴくり。
二度目、京一の眉間の皺が更に寄る。




「アンタが音楽だけは凄いのは知ってたけど、緋勇君も凄かったわよね」
「……何が」
「打ち合わせしたのって思うくらい、アンタ凄いリズムで弾いてたでしょ。それに全部合わせてるんだもん。ね、あれってリハ何回やったの?」
「やってねェ」




短い答えに、遠野は一瞬きょとんとした。
意味が判らないと言う顔をする遠野に、京一は一言一句変えずに同じ言葉を告げた。



京一と緋勇龍麻が二人で演奏したパートは、どちらもアドリブだ。
開始前に雨紋から合わせなくて良いのかと言われたが、京一はその時既に彼と二人で音を合わせる気はなかった。
それに対して、普通なら慌てるか怒るかする所だろうに、彼は微笑んで同意しただけ。

その態度が京一には無性に腹が立つもので、本番、不規則にリズムを変えてベースを鳴らした。
彼は見事にそれについて行き、わざと脱線すれば無理なく軌道修正し、下のメロディへと戻して見せた。
─────その時、舞台上で雨紋雷人が胃痛を起こしていた事は、当人達には知らぬ話である。


リハ無しで本番完全なアドリブと聞いて、遠野がひっくり返った声を上げる。




「ウソォ!? ホントに!? わ、やっぱり緋勇君って凄いんだ!」




急いでメモ帳を取り出し、書き込む遠野。
間違いなく次週の校内新聞のネタになることだろう。

これで彼も彼女に追い回される運命となった訳だ。



──────と。



草を踏む音がして、京一は其方へと視線を向ける。
同じようにメモを終えた遠野も、京一が見た方向へと倣って首を巡らせた。





立っていたのは、切り取られた一枚画の中ではなく、現実目の前に存在する少年であった。







2009/02/01

そろそろ龍京出会い編を終了させたい所ですが、果たして仲良くなれるのかっつー問題が……(滝汗)

アン子と京一の組み合わせが結構好きです。アニメ二幕第五夜の二人は可愛かった。
あと本編最終話で、京一と撮った写真を見てじたばたしてるアン子が好きです。