自分の姿を認識した後、京一はパニックになった。




「なんだよコレ! おい! なぁッ!」




真っ先に京一は、自分を保護している男に詰め寄った。
八剣の上掛の襟元を掴んで、ゆさゆさと揺さぶってこれはなんだと繰り返す。
尻尾がぐるぐると大きな円を描き、彼の混乱の度合いを示していた。

これだけ京一が取り乱すのも珍しい。
なんとか治めて慰めてやりたい気持ちはあるが、生憎八剣にも、京一がこうなった原因は判らない。
寧ろ、八剣の方こそが確かめたくて、眠っていた京一を起こしたのである。


八剣の襟元を掴む京一の目尻に、薄らと涙が滲んでいる。
そんな表情を見るのが忍びなくて、一先ず落ち着けようと頭を撫で、耳の後ろをくすぐってやる。




「落ち着いて、ね?」
「落ち着けねーよ! なんなんだよ! なんだよ、これーッ!!」
「よしよし。一先ず、特に体に異常はないかな? 痛いとか、熱いとか」
「ない! ないけど気持ち悪ィ!!」




それは自分の有様に納得が出来ないからだろう。
それ以外には、特に特別気になる事はないと確認できたので、其処については安心した。




「俺がいない間に、何か変わったもの食べたりした?」




京一の食事は、八剣が出かける前に一通り用意している。
昼食分を多めに作って、小腹が空いた時にも摘めるように余裕を持って、遅くなる日は夕飯分も計算に入れる。

だが、それ以外でも京一が食べ物を入手するのは珍しい事ではない。
子猫を気に入っているのは拳武の寮内にも数人いるので、そんな人々は何かと理由をつけて京一に差し入れを持ってくる。
普段は警戒心を露にして近付かない京一だが、子供らしく食べ物の誘惑には弱いようで、差し入れてくれた人物が部屋を去ってから食べている事はままあった。
特に壬生に対しては気を許しているようで、以前もキャットニップのハーブを受け取っていた。
それは紅茶の為に乾燥されたもので、八剣に渡す予定だったものなのだが、ちょっとした手違いで京一が袋を破りキャットニップの匂いを嗅いでしまった為に、ちょっと───本当にちょっと───大変な事も起きたりした。


八剣が京一の食事に妙なものを混入させる訳がない。
だから原因は他にある、と思ったのだが、




「食ってない!」




ぶんぶんと頭を振って叫ぶ京一。
それで八剣が眉尻を下げてしまったからか、京一はうーッと唸って泣き出してしまった。




「なんだよ、これぇー……」




耳は外側を向いて寝てしまい、尻尾は完全に下向き。
ぐずぐずと泣く京一は、見た目こそ成長しているが、やはり中身は幼い子供そのままであった。

くしゃくしゃと頭を撫でてやると、拠り所を求めるように八剣の胸に顔を埋めて来る。
彼がこうして甘えてくるのは本当に稀な事で、京一のパニック具合を何よりもよく伝えてきた。




「原因が判らないなら、仕方がない。一晩、様子を見てみようか」
「うーぅ……」




ぎゅううと力一杯縋り付いてくる。
いつもよりも大きな、けれども可愛い子猫を見下ろして、八剣は柔らかく微笑んだ。






2009/02/22

おっきい京ちゃんを泣かせてみたかったんです。子供みたいに。