思いの外、疲労していたのだろう。
気付いた時には眠っていて、起きた時には昼前だった。




(……失敗したな)




横になっているだけのつもりだったのに、意識が飛んでいた。
誰に対してでもなく小さく舌打ちして、八剣はベッドから起き上がった。


眠る前の頭痛や体のだるさは、朝よりも収まった。
起きているだけで頭痛があったのに、今はそれもない。
そういう意味では、睡眠は正解だったのだろう。

しかし、この数時間の間、一人きりにしてしまった子供の事の方が気がかりだ。
それにもう直、昼食の時間だから、準備もしなければ。



開け放っていたドアの向こうに、子供の姿はない。
眠る前は、確かに其処のソファでテレビを見ていたのに。

テレビの音が聞こえないのが俄かに八剣の焦燥感を煽って、八剣は寝室を出た。




「京ちゃん」




リビングにいなくても、台所か、ベランダか。
玄関から外には出ていない筈だと、八剣は子供の名前を読んだ。

しかし、ガチャン、と言う音が玄関から聞こえて、まさかと慌てて其方へ向かう。



──────其処には、それぞれ両手に小さなビニール袋を持った預かり子が立っていた。




「おきた」




目を覚ました八剣を見て、京一は短く呟いた。
少し驚いたようで、丸い眼が見開かれている。


数秒そうして見詰め合い、先に動いたのは京一だった。
靴を脱いで玄関から上がると、立ち尽くした八剣の傍まで歩み寄る。




「ん」




ずい、と手に持っていたビニール袋の一つを差し出す。
反射的にそれを受け取ると、京一は八剣から離れた。

袋の中身を確認すると、ウサギの形に切られたリンゴがプラスチックパックの中に入っていた。


京一は、台所の隅に置いていた踏み台代わりの椅子を運び出すと、冷蔵庫の前に置いた。
椅子の上に上って、冷蔵庫上にある電子レンジの蓋を開ける。
手に持っていたもう一つのビニール袋から、レトルトのカレーを取り出して、レンジに入れてタイマーをセットする。

レンジが回り出したのを確認すると、京一はぴょんっと跳んで椅子を降りた。
それから、棒立ちになっている八剣を見て、




「ねてろよ」




ぶっきらぼうに言った子供に、八剣は思わず噴出した。
咄嗟に口を手で抑えたが、誤魔化し切れない。

子供もそれに気付いたようで、じろりと保護者を睨み付ける。
しかし、その顔はどう見ても赤く染まっていた。



くしゃくしゃと京一の頭を撫でると、いつものように嫌がる事はしなかった。
しかし口は真一文字、目は猫のように尖っていて、不機嫌になっているのは明らかだ。
その不機嫌の原因は、恥ずかしくて堪らない、と言う、なんとも可愛らしいものだったりするのだが。



八剣の手が離れると、京一は逃げるようにリビングに行ってしまう。
レンジがチンと温め終了を知らせたけれど、照れ屋な子供は戻るに戻れないようだった。

八剣は小さく微笑んで、レンジの中のレトルトパックを取り出した。
カレー用の皿を食器棚から取り出して、朝食に焚いた残りの白米をそれに乗せる。
その上にレトルトカレーを乗せれば、これで京一のお昼ご飯にの完成だ。


カレーを持ってリビングに入ると、京一はソファの端で丸くなっている。




「京ちゃん、ご飯だよ」
「ん」
「リンゴ、ありがとうね」
「………別に」




スプーンと一緒にカレーを置くと、京一は直ぐに手を伸ばした。
ソファに座った八剣から逃げるように、床に座って背中を丸めてカレーを食べ始める。

行儀が悪いと怒るつもりはない。
そういう躾は家にいた頃に確り受けただろうし、今は単純に顔を隠そうとしているだけだ。
恥ずかしくて堪らないから、八剣に顔を見られたくなくて。


その隣で、八剣はビニール袋からウサギのリンゴを取り出す。








甘酸っぱいリンゴ。


美味しいよ、と言ったら、返事の代わりに耳まで真っ赤になるのが見えた。









2010/08/28

自立心の強い子なので、本当は八剣が色々やらなくても、自分で出来る子なんです。寧ろ出来過ぎる子。
だから八剣はいつも京一をこれでもかって位に甘やかしたい。
でも「これくらい出来る」を見守って、凄いねって褒めてあげられる余裕もないとね。