真神保育園の庭には、桜の木が植えられている。
龍麻はこの桜の花々に迎えられて、この保育園に初登園したのである。



新しいお友達と早く仲良くなれるように、庭での花見を提案したのは、高見沢先生だった。

龍麻が入園してから三日が経ち、恥ずかしがり屋の龍麻も、大分皆と打ち解けたらしい。
葵や小蒔、醍醐と一緒に遊んだり、いつも静かな壬生と一緒に絵本を読んでいる事もある。
けれども、これは生来なのか、まだ少しばかり遠慮勝ちな風が見られた。

折角この保育園に来てくれたのだから、此処でものびのびと過ごして欲しいと言うのが、マリア先生達の思いだった。


決まってしまえば、この保育園の保育士達の行動は早い。
フットワークの軽い遠野先生が必要なものを買い揃えに走り、マリア先生と高見沢先生、岩山先生でお弁当を用意する。
お弁当と言っても直ぐ其処で食べる訳だし、おにぎりとサンドイッチのささやかなものだ。

最後に大きめのキャラクタービニールシートを引っ張り出して洗って干して、用意は終了。




子供達が登園して来るのを待ち、昼前になれば、待ちに待った花見の時間。




ビニールシートの端を石で押さえて、お弁当を広げる。
その準備の間にも、風が吹いてシートの上にピンク色のささやかな模様を作っていく。

そして準備が完了して間も無く、犬神先生に促された子供達が園舎から出て来た。




「ごはんだ、ごはんー!」
「おにぎり〜!」
「さんどいっちー!」




小蒔、雨紋、雪乃の三人がいの一番にビニールシートに上がる。
脱ぎ捨てて散らかった靴を、無言で犬神先生が揃えていた。

続いて葵、醍醐、如月、雛乃がビニールシートへ。
此方の四人はきちんと靴を揃えて、端からきちんと並べていった。
それから龍麻、亮一、壬生の三人が、マリィを抱っこした遠野先生に促されてビニールシートへ上がった。


子供達はお弁当を囲んで輪を作ると、いただきますの挨拶を待って、そわそわした顔でマリア先生を見る。
マリア先生は揃った子供達の人数を数えて、……一人足りないことに気付いて、園舎を振り返った。




「やだ! おろせ、バカいぬがみ!」
「先生だ」




見れば、荷物のように京一を肩に担いだ犬神先生がいる。
京一は靴すら履いていなくて、花見自体に参加したくないらしい。


今年の二月から真神保育園に来るようになった子供で、龍麻に続いてこの子も新しい方になる。
けれども、龍麻よりもこの子の方が周りの子供達と打ち解けられていない。

マリア先生にとっては、龍麻よりも、京一の方がよっぽど手がかかる。
龍麻は恥ずかしがり屋だけれど、素直な子供なので、ケンカもしないし亮一のように突然泣き出したりもしない。
寧ろ良い子過ぎる位なので、マリアとしては龍麻にはそっちの方が気がかりだ。

京一の方は判り易く手がかかって、言う事は聞かないし、直ぐに反抗するし。
何かあったと思ったらケンカばかりで、時々雨紋や醍醐とは遊んでいるようだけれど、ふと目を離せばまた一人になっている。



犬神先生が京一を抱えたまま、ビニールシートに上がった。
もう逃げられないと思ったのか、京一はぶすっとした顔で遠野先生の傍に下ろされる。

遠野先生が京一の頭をくしゃくしゃに撫でて、膝の上に座るように促した。
けれども京一はぷいっとそっぽを向いて、遠野先生の隣にすとんと座る。


これで保育園で預かっている子供達が全員揃った。




「はい、それじゃあ手を合わせて……いただきます!」
「「「いただきま〜す!!」」」




元気良く挨拶、可愛く挨拶、小さな声で挨拶。
中には無言の子もいたが、きちんと手を合わせているので、目くじらを立てる事はない。


真っ先に手を伸ばしたのは、やはり元気な小蒔、雨紋、雪乃の三人だった。




「あーッ! それボクの!」
「だれのってきまってねーだろ」
「これもーらい!」
「あッ!」




一つ大きなおにぎりを巡って、早速ケンカ勃発か。
そう思ったのは誰もいなくて、小蒔を葵が、雨紋を亮一が、雪乃を雛乃が止める。




「ダメよ、こまき」
「らいとぉ……」
「ねえさま、ダメですッ」




それぞれちゃんとストッパーがいるので、先生達もかなり助けて貰っている。

子供達はむーっとした顔でお互い睨み合う。
それを遮るようにして、小蒔に醍醐が、雨紋に龍麻が、雪乃に如月が、おにぎりとサンドイッチをそれぞれ渡した。
ケンカをしていた三人は少しバツが悪いような顔をして、それぞれ小さく謝って、また皆で輪になって座る。


輪になって座る、のだけれど。




「こら、京一!」
「るっせー!」




大方の想像通りと言うか。
おにぎりとサンドイッチを幾らか食べると、京一はさっさと立ち上がった。
遠野先生が止めるのも聞かずに、裸足のままビニールシートから出てしまう。

ゆっくりご飯も食べれない、と呟いて、遠野先生が持っていたサンドイッチを無理やり口の中に押し込む。
食べ終わらない内に遠野先生も立ち上がって、靴の踵を踏みながら京一を追い駆けた。


京一は程なく犬神先生に捕まって、ビニールシートへ連れ戻される。
追い掛け回して逃げられ続けた遠野先生がぐったりとしていた。

不満そうに輪から外れて座る京一の下に、亮一の手を引いた雨紋が輪から抜けて駆け寄る。




「きょーいち、木のぼりしよーぜ」
「おー」




また立ち上がった京一を連れて、雨紋と亮一は保育園で一番大きな木の下へ。

京一はいつもその木に登って一人で遊んでいるけれど、かなり高いので、うっかり落ちたら怪我では済まない。
心配になるマリア先生に代わって、犬神先生が無言でその後ろについていた。
手のかかる子供を諌めるのは、本人が自覚しているか否かは判らないが、犬神先生の役目になっている。


何かと問題を起こし易い子供達の事は、犬神先生に任せるとして。
マリア先生が改めて子供達に目を向けると、もう殆どお弁当を食べ終えた所だった。

小蒔と雪乃が欠伸をして、葵と雛乃が鈴の鳴るような声で歌を歌っている。
醍醐は午前中に遊んでいたツケなのか舟を漕いでいて、如月はぼんやりと桜を眺めていた。
それから龍麻がぼんやりしていて、その隣に壬生がいて、




「……いけばいい」
「ふぇ?」




壬生の突然の言葉に、龍麻がきょとんとする。
それからしばし、二人どちらともなく静かになった後。




「……もうちょっと」
「…………」




龍麻の言葉に、壬生は少しだけ首を傾げて、それから頷いた。

何か通じ合ったのだろうか。
マリア先生にはよく判らなかったが、多分、良い事なのだろうと思う事にする。
またぼんやりし始めた龍麻の膝に、マリィが抱っこをねだってよじ登っていた。







―――――目に見えない糸が繋がるまで、あとちょっと。









2011/04/12

「こどものじかん」で花見ネタを考えようとしたんですが、そういやこの頃、京一はまだ意地張ってる真っ最中でした(汗)。

この頃の京一と比較的仲が良いのが雨紋です。くっついてる亮一とも割りと仲良し。
醍醐とも遊ぶ事は遊ぶのですが、小蒔としょっちゅうケンカになるので、あまり自分からは積極的に近付かない。
壬生とはなんとなく無言で通じ合う。で、お互い干渉しない。

壬生は基本的に無言で相手と通じ合ってます。殆ど喋らない子なもんで……