だるくて。
気持ち悪くて。

それでも─────罪悪感や背徳感はない。




ぞろぞろと、有象無象の足音も声も消えた後。
放り投げられていたトランクスとスラックスを拾って、汚れた下肢を気にしないまま履き直す。
下着の中でべたつく感触がするのは気持ちが悪かったが、代わりがある訳でもないので無視を決めた。

着たままだった学ランは皺だらけで、埃にも汚れているが、普段から綺麗にしている訳でもないので、そう目立たないだろう。
それよりも、壊れた配水管の傍に投げていた鞄が、浸水を受けている事の方が気になる。
どうせ中身は空なので、どうでも良いと言えばそうも思える、程度の事だが。


いつでも手に取れる位置にあった木刀は、結局、一度も握る事はなかった。
それは京一が抵抗できなかったから、ではなく、単に面倒臭かっただけの話。
有象無象の連中がどう思っているかは知らないけれど。



口の中で鉄分の味を感じて、唾と一緒に吐き出す。
唇を指でなぞってみると、ピリと言う小さな痛みがあって、口端が切れている事に今更気付いた。

そう言えば、一度殴られたか。
久しぶりの下手糞さに痛みが限界に達して、いい加減にしろと蹴飛ばした後。
生意気面をするなと頬を殴られて、強引に貫かれて、あの時唇を強く噛んで─────多分、それらの所為だ。

まあ、これも目立ちはすまい。
いつもの喧嘩と同じ程度の傷だ。




(……最近は、葵も静かになって来たしな)




最初の頃は、傷を剥き出しにしていれば勿論の事、絆創膏や湿布をしているだけで葵の心配の的だった。
今も良い顔をする訳ではないが、そろそろ慣れたのだろう、少し眉尻を下げて苦笑するだけになった。




(つってもなァ……やっぱ腰痛ェ)




唇が切れているのも、殴られた頬も、大して気にはならない。
けれど、立ち上がって見れば下肢にまともに力が入らなくて、腰を庇わなければならない。




(ったく、あの下手糞共。莫迦みてェにガンガン突きやがって)




裂けはしなかったが、その手前ではなかっただろうか。
みぢみぢと皮肉が悲鳴を上げていたのは、京一だけが知る話だ。
連中に其処まで考える頭はなかったと見て良い。

だから蹴飛ばした訳だが─────自分の欲望のみを追う愚か者には、無駄な話だった。


そんな事ばかりだったから、一向にすっきりしない。




(どうすっかなァー………)




安息の睡眠を求めるのなら、言うまでもない、『女優』に帰るのが一番だ。
けれど、こういう時ばかりは都合の良い事に、リョウシンのカシャクと言うものがまだ残っているらしい。
『女優』に帰ると言う選択肢は、直ぐに頭から除外された。


中学生の頃のように、何処でも良いから乱闘しようか。
直に通報なりなんなりを受けて警察が来るだろう、その相手をするのも良い。
昔相手をした輩が今もいるのなら好都合だ。

ヤクザの類は駄目だ、子供の頃から目をつけられている。
危険な意味でも、色の意味でも。
一度相手をすると「ウチに来い」としつこいので、この線はナシだ。

吾妻橋達は、揶揄うと面白いのだが、発散させるには物足りない。
それより彼らの裸踊りでも見ている方が面白いだろう。



後は───────




「どっちかしかねェか」




最後に残る選択肢は、いつも二つだけ。

最初から其方を選んでおけば、だるい思いもしなくて済むのだろう。
判っていてそうしないのは、ただの気紛れと、反応を見るのが面白いから。



口端の血に舌を這わす。



あれらはきっと気付くだろう。
血の匂いにも、その意味にも。

いつも眠い顔をしている少年は、静かな嫉妬の熱で狂わせてくれる。
いつも飄々とした男は、まるで罪を贖うように酔わせてくれる。






さて、今日はどちらと遊ぼうか。









2010/06/20

久々に書いたのに、荒んでる上に貞操観念欠如した京一でごめんなさい(汗)。
如月の所に揶揄いに行っても良いんですが、うちの如&京コンビは仲悪いのがデフォルトなもんで……こういう事は中々(だからうちに如京が出ないんだな……書きたいのに)。