去年までなら、大晦日は家のリビングの炬燵でゴロ寝をして、格闘技の中継を見ていた。
家族と───主に父親と───炬燵の中の領土争いをしながら。

その家族は、今頃どうしているだろう。






寒くないようにと、渡されたブランケットに包まって。
ソファに座って見ているのは、去年と同じ格闘技の中継。

けれども、一緒に見ている人達は、家族ではなく。




「いやァん、痛そう〜」
「あん、またッ」




京一を挟んで悲鳴に近い声を上げているのは、キャメロンとサユリだ。
ソファの背凭れに寄りかかって、京一の後ろに立っているのが、アンジー。
ビッグママはいつものようにカウンターの向こうだ。

今日は珍しい事に師である京士浪もいて、客のいないテーブル席に落ち着いて酒を傾けている。


京一が座るソファの前にあるテーブルには、お菓子の山が乗せられている。
それに時々手を伸ばしながら、京一はテレビ向こうの戦いに見入っていた。




「あッ、あッ、ホラ!」
「切れちゃってるゥ〜」
「あ〜ん!!」




二人が騒いでいるのも、京一は殆ど気にしていない。
とにかく夢中になって、繰り広げられる激しいバトルを目で追った。



じっと見ていると、格闘家達の動きの癖が見えてくる。

さっき対戦した人は右側のガードが下がり勝ちになっていたし、今戦っている人は反対に左側が甘い。
相手の外国人選手はパワーはあるがフットワークは遅く、一撃一撃が思い代わりに相手のパンチを中々交わせない。
外国人選手は自分の欠点を判っていて誘っており、カウンターを狙っていた。


キャメロンとサユリは、外国人選手の瞼が切れて血が出たことで大騒ぎしている。
だがそれよりも、京一は日本人選手の体力が限界に来ている事の方がドキドキする。

毎年見てはいるものの、贔屓する選手がいる訳でもなく、どちらを応援する訳でもなかったが、どうせなら、やはり日本人に勝って欲しい。




ゴングが鳴って、レフェリーがブレイクを唱える。
選手がそれぞれセコンドに戻り、カメラはそれを追い駆ける。

モニターに映った外国人選手は、瞼に薬を塗ると、問題ない事をセコンドメンバーにジェスチャーで伝えている。
しかし日本人選手の方は息切れが激しく、打たれ続けていた躯も限界を訴えているようだった。


京一はブランケットを手繰り寄せ、ソファの背凭れに寄りかかる。




「負けだな、こりゃ」
「アラ、そうなの?」




溜息交じりに呟いた京一に、アンジーが問いかける。




「目ェ虚ろになってるし、さっきからパンチ当たってねェし」
「でも頑張ってるじゃない。こういうのって、何が起きるか判らないって言うし」
「ンな事言ったって、あっちピンピンしてんじゃねェか。もう無理だろ」




頭の後ろで手を組んで言う京一に、アンジーはそうかしらねェと零す。

負けると思ったら、なんだか少し興味を削がれた。
テーブルの上のお菓子に手を伸ばし、口に放り込んでもごもご噛む。


京一も、去年は最後の最後まで勝負は判らないと思っていた。
どちらが勝つのか家族で話をしていて、ほらやっぱりこっちの勝ちだと父に言われて、ムキになったりもした。

でも家を飛び出てからしばらくして、格闘技を見ていると、大体途中で試合の展開が見えるようになった。
試合が始まる前からどちらが強いか、試合が始まれば選手の癖や隙が、相手がそれを判っているか否か。
判るようになってきて、最後まで試合の展開が判らないと言う事が滅多になくなってしまった。

師に稽古をつけて貰っている成果と言えば嬉しいが、楽しみが一つ減ったような気もしてならなかった。



喉が渇いてジュースに口をつける京一の隣で、キャメロンとサユリがまだ騒いでいる。
去年までなら、痛そうだとかそういう所ではないけれど、自分ももう少し声を上げていたのだろうに。




「きゃあッ」
「いたァい〜!」




二人の悲鳴にテレビを見れば、日本人選手がダウンしている。
レフェリーがカウントを取り、数字は順調に上っていく。

やっぱ駄目だな、と京一は少し残念な気持ちで手の中のジュースに視線を落とす。



と。





「──────まだ終わってはいないぞ………京一」





思っても見なかった声が聞こえた事に驚いて、思わずジュースを零しかける。
含んでいたジュースまで噴出しかけて、慌てて口を噤む。

振り返ってみればアンジーの隣に、いつの間にか京士浪が立っていた。




「終わってない?」




ジュースを飲み込んでオウム返しする。


京士浪は、弟子をちらりと見遣って、また直ぐに視線を前へと戻す。

見ているのがテレビである事は明らかだが、この人物はテレビ等の娯楽を見るような人だったか。
否だと京一ははっきり言い切れる。


京一は数瞬師匠を見上げていたが、京士浪はもう此方を見ない。
なんなんだよ、と口の中で呟く。
口の形が拗ねていることには、気付いていなかった。

仕方なく師匠の反応を待たず、テレビに目を向けてみる。



……向けてから、瞠目した。





もう駄目だと思っていた選手が、カウント9で立ち上がる。
カメラが捉えた選手の瞳はぎらぎらと鋭く、相手選手を睨みつけた。

ファイティングポーズを取る選手に、外国人選手も構える。
いや、外国人選手はずっと戦闘姿勢を解いていなかった。
相手が戦意喪失していないことをずっと知っていたのだ。




「キャ〜! 頑張ってェ〜!」
「もう少しよ、もう少し!」
「其処で右よォ〜!」




キャメロンとサユリが声をあげる。
京一はその真ん中で、大きく瞳を見開いて画面に食い入る。

興味を失いかけていた事など、もう頭の中にない。
立ち上がって防御を捨てたようにラッシュを繰り出す日本人選手に、京一は目を奪われていた。



フラフラだったのに。
さっきだってダウンしたのに。
パンチもろくに当たってなかったのに。

諦めていない、相手も気を緩めていない。
腹に胸に何発も食らいながら、どちらも退かない。


二人の選手が打ち合う合間、一瞬だけ、観客席のある一転がアップされた。

まだ幼い子供を抱えて、祈るように試合を見詰めている黒髪の女性。
多分、きっと、日本人選手の家族。




重い一撃が、外国人選手を襲う。
正面から食らったそれに、選手は地に伏した。

レフェリーがカウントを数え─────10を数えた瞬間、会場は歓声で包まれる。




「勝ったわァァア〜〜〜!!」
「きゃあ〜〜〜〜〜ッッ!!」




野太い歓喜の声が上がる。

ブランケットに包まっていた京一の肩に、アンジーの手が置かれた。
見上げれば微笑が其処にあって、予想が外れちゃったわねと悪戯っぽく囁かれる。
それに唇を尖らせれば、アンジーはクスクスと笑った。



それから─────なんとなく、京一は自身の師を見遣り。
師はそれに気付いているのかいないのか、既に此方に背を向け、酒を置いたままにした席に戻ろうとしていた。

その途中で、京一は師の声を聞く。






「人は、自らがあろうと思う姿で生きるものだ」






負けると思えば、負けるように。
怯えれば、目の前に立ちはだかる物は、恐怖の対象でしかなく。

負けぬと思えば、何度地に落ちても、負ける事はない。



選手がリングの上で大きく手を振る。
その向こうで、黒髪の女性が子供を抱えて大きく手を振った。

それが彼にとって守るべきものであり、その為に強くあろうと生きていく。


守りたいから、強くなる。
守りたいから、負けられない。
守りたいから、自分自身に負けてはいけない。




強く。

何かの為に。
誰かの為に、強く。



幼い京一には、正直、まだよく判らない。
判らないけれど、






………誰よりも強かった父も、だからこそ、強かったのだろうか。

憧れていた広い背中を思い出し、今は此処にいない温もりを、少年は随分久しぶりに思い出していた。








2008/12/31

真面目な話になってビックリだ(爆)。

って言うかこれは正月関係あるのか?
京一は紅白とかより、格闘技見てそうだなーと思ったんですが……


たまには師匠を喋らせようと思って……こんな結果になりました。

ゲームの京士浪は、中学生の京一とマジで下らない喧嘩をしそうですが、龍龍の京士浪は大人で落ち着いてて達観してて、子供の京一とムキになって張り合うことはなさそう。
…と思ってたら、難しい話を遠まわしに喋るイメージが出来上がってしまいました。

こんな師匠だけど、うちの京ちゃんはなんだかんだで師匠の事が好きです。