はいどうぞ、と言って差し出された代物を見て、京一は顔を引き攣らせた。




「兄さん……オレぁもうガキじゃねえぞ……」




そう言った京一の前にいるのは、アンジョリーナことアンジー。
彼女の手に置かれているのは、猫だか犬だかの獣耳フードのついた着ぐるみ。


京一は、それに確かな見覚えがあった。

まだ『女優』に来たばかりの頃、初めてのハロウィンを迎えた日、仮装をするアンジー達に混じって着せて貰った。
秋も後半に入ろうとした時期で、寒空が続く日もあったから、もこもことした着ぐるみは温かくて心地が良かったので、幼い頃は気に入っていた。
背伸びしたがりの子供が着るには若干の抵抗があったものの、暖としての誘惑の方が強かったので、特別気にはしていなかった。

しかし、今年で京一は17歳───早生まれである為、来年にはなるが、今学年中には18歳となる。
大人ではないと大人は言うが、少なくとも、幼い子供と言える年齢はとうに終えている訳で。




「17、8の野郎がこんなもん着れねえよ」




顔を顰めて言った京一の反応は、年頃の男子高校生としてはごく自然なものだろう。

しかしアンジーはにこにことした笑顔のままで、




「あら、そんな事ないわよォ。京ちゃん、今でもすっごくカワイイから、きっと似合うわ」




そんな事を言ってくれる。

いい年こいた男にカワイイって、そりゃないだろう。
京一はそう思うのだが、どういう感性なのか、『女優』の人々は何かと京一の事を「カワイイ」と誉めてくる。
アンジー達が自分を可愛がってくれるのは確かだが、それでも、せめて格好良いと言ってくれれば素直に気分が良くなるのに、と思う。


カワイイ云々については、言っても訂正される事はないので、言及するのは諦める事にする。
がりがりと頭を掻いて溜息を一つ吐き、アンジーの手にある着ぐるみを見下ろす。

京一が記憶している限り、以前これに袖を通したのは、十二の春先であった筈。
中学生に上がると一気に背が伸び、短い期間で何度も服を新調した覚えがある。
師が姿を眩してからは、『女優』に戻る事すらせず、歌舞伎町で暴れ回っていたので、こんなものを着る機会もなく。




「…大体、オレがそれ着てたのって、ガキの頃だろ。サイズのこと考えても、着れる訳ねえだろ」
「大丈夫。きちんと仕立て直したから」
「勘弁してくれ……」




何事にも用意周到なのは結構だが、こんな事まで周到にしなくて良い。
何故か、京一に関する事には殊更に念入りな準備をしてくれるアンジーに、京一は頭痛を覚えた。


どうぞ、と差し出されたので、京一は渋い顔のまで着ぐるみを受け取った。
何年かぶりに触った着ぐるみであったが、触れる感触は昔のものと変わりない。
身長されているのでふわふわとしているのは当たり前だろうが、同じ素材をそっくりそのまま使っているようだった。
昔と同じく冬の最中でも、これを着ていればとても暖かくなれる事だろう。

ばらりと広げてみると、中身のない狼(尻尾がふさふさとしているので、多分だが)が全身を見せる。
前の腹の部分にチャックがあって、自分一人できちんと脱ぎ着出来るようになっている。
足元は動物の足がつけられており、綿詰の爪がついている。
滑り止めがついていないので、子供の頃にこれを着て走り回ってよく転んだのを思い出す。




……いや、やっぱ着れねぇって。




いい年こいて、と何度目か思って、京一は双眼を細めた。

やっぱり断ろう、と顔を上げると、にこにこと嬉しそうな表情のアンジーが目に入った。
それから彼女の後ろの方で、カウンター前に集まっているサユリ、キャメロンと、その向こうにビッグママの姿。
彼女達はいそいそと何かを準備しているようで、




(……だから、ガキじゃねえんだって)




彼女達が何をしているのか。
アンジーがどうして、今になってこんなものを持ち出して来たのか。

判ってしまって、京一の顔が熱くなる。



持っていた木刀をソファに置いて、着ぐるみのチャックを開ける。
今此処に真神の仲間達や、舎弟がいなくて良かった、と心の底から思う。
だからこそ、このタイミングでアンジーが着ぐるみを出して来たのだろう。

足から入れて腹の辺りまでチャックを上げると、背中に垂らしていた上半身を引っ張り上げて、袖を通す。
ふわふわもこもことした感触が無性に懐かしく感じられて、そんな自分に年食ったジジイじゃあるまいし、と呟いた。


頼むから今だけは客も誰も来てくれるな、と芯から願って、赤くなった耳を隠すようにフードを被る。
カワイイ、カワイイ、と言う声が聞こえた。




やけくそになって、京一は開いた手を突き出した。




「トリック・オア・トリート! お菓子くれなきゃイタズラすんぞ!」




─────両の掌一杯にも抱えきれない位、沢山のお菓子を貰って。

恥ずかしいのにくすぐったいのが、また恥ずかしくて仕方がなかった。







2011/10/30
うちの『女優』の皆さんは、京ちゃんを甘やかしたくて仕方がない。
京一は京一で、色んな意味で兄さん達には敵わない。

ちび京が着ぐるみ着てるのは勿論可愛いけど、17歳の高校生が着てても可愛いと思う。マジで。