目が覚めると、腕に抱いていた筈の子狐がいなかった。
先に目覚めたのだろうかと起き上がるも、辺りに子供の姿は見当たらない。



扉の向こうでガタガタと煩い音が鳴っている。
またその向こうで、ひゅお、ひゅごう、と低い風鳴りが立っていて、どうやら外は嵐である事が判った。
昨日からまがみのお山は風が強く、天気も悪かったのが、今日になって大当たりになったと言う事だ。

こうなると外へ狩りに行く事は出来ないから、家の中にある物で適度に腹を膨らませなければならない。
木の実や草花は満腹を感じるには物足りないのだが、こういう時期は年に何度かあるから、仕方のない話であった。


八剣は然程、量を食べる方ではない。
贅沢を言えば質の良い物を欲する性格であるが、ないならないで諦められる性質であった。
だから毎年の狩りが出来ないこの時期も、元より取れる物の少ない冬でも、特に不満を持つ事なく、季節を越えて行った。

しかし、今年は少々訳が違う。

此処にいるのは雄狐一匹ではなく、ひょんな事から拾った、食べ盛りの子狐がもう一匹。
その小狐の腹を満たせられる程度の蓄えが、果たしてあっただろうか。
予期していた出来事ではなかったので、常と同じ程度しか蓄えていなかったように思う。


取り敢えず、蓄えを確認しよう、と。




「…………ん?」




藁のベッドから出ようとして、八剣は動きを止めた。
何かが体を引っ張っている。


太く、ふさふさとした狐の尻尾。
その毛をしっかりと掴んでいる、小さな手。

蒲団を捲ってみれば、子狐────京一が八剣の尻尾を抱えて丸くなっていた。




「寒かったのかな?」




昨日の夜はよく冷えていて、珍しく京一の方から八剣にすり寄ってきた。
あまりスキンシップを許してくれないのだが、暖を取るには止む無しと思ったか。
頭を撫でる八剣に、肩に噛み付いて来たりと言う行為はあったものの、腕の中で大人しく眠りについた。
八剣も湯たんぽ代わりに丁度良い、そうでなくとも拒む理由はなかったので、子狐を抱いて目を閉じた。

お互いにくっつきあって眠った訳だが、体の小さな小狐には、それでもまだ寒かったのか。
尻尾はふさふさとしているし、京一は殊更八剣の尻尾を気に入っているようだから、抱かれるより落ち着くのかも知れない。


しかし、困った。
八剣は眉尻を下げ、小さく苦笑した。




(ちょっと動けないねェ、これは)




京一は、まるで猿の子供のように、両手両足で抱えるように尻尾に取り付いている。

引き抜いてしまう事は簡単だ、それ程強い力は入っていない。
しかし、少し尻尾を動かしてみると、それだけで京一はむずがるように唸り、いやいやと首を横に振る。


腹は減っているし、京一だって目が覚めたら腹を空かしているだろう。
起きた時にひもじい思いをさせたくないから、出来れば早く蓄えの確認と、食事の用意をしてしまいたいのだが。



外からまた大きな音が鳴った。
雨風が窓を打ち付け、ガタガタと音を立てる。

京一は、それらの音を嫌がるように、耳を寝かせて八剣の尻尾に顔を埋める。




「……うーぅ…んゃ………」





寝言か、意味を成さない言の葉を漏らしながら、京一はぎゅうと尻尾にしがみ付く。
まろい頬が八剣の尻尾に埋まって、くすぐったそうに京一の寝顔に笑みが浮かんだ。



─────普段、京一は殆ど笑った顔を見せてくれない。
悪戯っ子のような、尖った八重歯を覗かせてニヤニヤ笑う事はあるのだが、それも稀である。
大抵は不機嫌そうに眉根を寄せていて、口は真一文字、と言う具合であった。

決して無表情な子供ではないし、どちらかと言えば感情表現は豊かな方だ。
時々意地っ張りが顔を出して、気持ちと正反対の事を言う事はあったが、そんな時は代わりに尻尾が正直だ。


元々警戒心の強い性格なのだろう。
怪我をしていた所を拾った八剣に対し、恩義のようなものは感じているようだが、無邪気に懐いてくる様子はない。
八剣には少々寂しかったが、野生で生きていく為には、子狐と言えどそれ位の自己防衛の意識がなくては危ないだけだ。

だが、流石に眠っている時は、無防備なものであった。




「ふぁぅ」




舌足らずな声が漏れる度に、八剣は笑みを堪えられない。


京一の耳が頭の上でぴょこぴよこ動く。
尻尾も揺れていて、何か楽しい夢でも見ているのだろうか。
昨日からの悪天候で、外で遊べない事が不満だったようだから、夢の中で遊んでいるのか。

その傍ら、抱えた八剣の尻尾には抱き着いたまま、離れない。




「お腹空いても知らないよ?」
「…………うー…」




耳の後ろをくすぐってやると、ぴぴっと跳ねて動く耳。
それから首の後ろをくすぐれば、今度はくすぐったそうに首を竦めた。





──────多分、起こせば良いのだろう、けど。

それこそ一番無粋だろうと、すぅすぅ眠る子狐を見て思った。






2011/09/29

この子狐はふさふさ尻尾が大好きらしい。
って言うか、尻尾に顔埋めてるのって可愛いなあと思っただけの話です(平常運転)。