人が死んでも、京一は表情を変えない。






意図的に与えられたのか、それとも自ら目覚めたのか、それは判らない
確実なのは、《力》を振り翳して現れたのは、まだ小さな子供だったと言う事。



殺してしまうのは駄目だと葵が叫んだ。
小蒔の弓を引く手が震え、放たれた矢は的から逸れる。
醍醐が拳を振り下ろす手を鈍らせていた。

龍麻は─────拳を打ち下ろす瞬間の、怯えた表情に、感情が戻る。


烈風を巻き起こす少年の躯は、その《力》の強さに耐え切れず、壊れようとしていた。
狂った笑い声を上げながら、周囲の瓦礫を破壊するのを楽しんでいた。
その小さな躯に無数の亀裂が走る事すら、気付かずに。

葵が何度叫んでも、少年には届かない。
どんなに、喉が千切れそうなほどに叫んでも、少年の笑い声が全てを飲み込んでいく。




相手は人間。
相手は子供。

狂ったように笑うのに、怯えた顔で此方を見る。
壊れていく躯に気付かずに、自ら己を壊して行く。
止め方が、救う術が、誰にも判らなかった。


………ただ一人を除いて。





目を閉じていろ。
それだけ告げて、京一は地面を蹴った。

葵の制止の声は、彼にも届かない。


葵の目を龍麻が、小蒔の目を醍醐が覆う。
残酷な現実を隠す為に。






笑い声が消えて、風が止んだ時。

少年は既に、形さえも、この世から消えていた。







葵が泣いて、小蒔が彼を詰る。
命まで奪うことなかったのに。
助けられたかも知れないのに。

……彼はいつもと同じ表情で振り返った。







「生きたまま、躯がバラバラになる痛みを知ってるか」

「まともな頭を残したまま狂うのが、どれだけ吐き気がするか知ってるか」


「優しさだけで救える程、甘っちょろい世の中じゃねェんだよ」








そう吐き捨てた彼を、小蒔の手が打った。

それでも彼は表情を変えない。
いつものように舌打ちして、背中を向けて歩き去る。


ついて来るなと突き放す背中に、龍麻は小さく呟いた。






「……ありがとう」


(─────ごめんね)










………誰より優しい君の心を、今は誰も救えない。













2010/05/31

似たような話を拍手か何かで書いた気がします(汗)。

鴉事件、嵯峨野の事件から後は、皆そこそこ仲が良いですが、こういう衝突はありそうだなとよく思います。価値観の相違からなる、取捨選択の差。
葵は一貫して「命は奪うべきものじゃない」としていますが、京一は《穴の女》で止めを刺す事に躊躇わなかった所を見ると、かなりシビアに物事を斬り捨てる思考なんだと思います。第一話でも「成仏させてやらないと」と言っていましたし。多分、他の人よりもこういう事を躊躇わない。
ちなみにうちの龍麻は腹黒推奨ですが、この辺に関しては弱い方です。

がっつり書きたいなぁ、この手の話。後味悪くなる終わりが目に見えてるんですが(爆)。