変化と不変


京一がコニーの店を最初に訪れたのは、12歳の誕生日の時だった。



アンジーから「欲しい物はない?」と聞かれ、特にないと答えてしまった後。
次に「食べたい物はない?」と聞かれて、真っ先に浮かんだのが大好物のラーメンだった。
前日の夕飯だった事なんて、京一にとっては大して気にするような事柄でもない。

そうして『女優』の面々に連れて行って貰ったのが、コニーのラーメン屋だったのである。


店の外観が少々汚い事などは、気にならなかった。
店主が片言の外国人だったのは少し警戒してしまったが、食べ始めればどうでも良くなった。

京一の誕生日だと聞いたコニーは、あれこれとサービスをしてくれた。
替え玉無料、トップングも山盛りにしてくれて、餃子も大きいものを出してくれた。
ついでに帰り際、普段はやっていない筈のテイクアウトをさせてくれて、餃子と炒飯を持ち帰った。


これが切欠で、京一はコニーの店を贔屓するようになる。



──────だから、コニーと京一の付き合いは、そこそこ長いものになる訳で。




「京チャン、懐かしいの見つけたヨ」
「京ちゃん言うなって……なんだよ?」




コニーの突然の言葉に、条件反射になった反応をしつつ、京一はラーメンを啜りながら顔を上げる。
カウンターに並んで一緒に食べていたいつものメンバー(鬼退治部マネージャー含む)も、同様に食べる手を止める。


コニーは一旦店の奥へと引っ込むと、小さな四角形の木箱を手に戻ってきた。
京一の前まで来ると、楽しそうな笑顔を浮かべて、木箱を開けて、取り出したものを京一に見せる。

それは、幼い日の京一を写した写真だった。




「かわいい」
「「見せて見せて!」」
「やめろッッ!!」




隣にいた龍麻の呟きに、小蒔と遠野がハモって身を乗り出す。
しかし、京一に物凄い勢いで写真を取り上げられる。




「いいじゃん、見せてよ。減るもんじゃないし」
「オレの心臓が減っちまわぁ! ってか、なんでこんなモン出して来てんだよ!!」




不満そうに言う小蒔と、唇を尖らせている遠野の二人を怒鳴りつけて黙らせ、次にコニーを睨み付ける京一。

コニーは京一の反応を予測していたようで、特に怖がる様子はない。
それ所か、もう一枚写真を出して龍麻に渡している。




「こっち、タンジョービの時ネ」
「本当だ。ケーキ食べてる」
「凄く楽しそうだわ」
「緋勇君、見せてー!」
「やめろっつってんだろ!」




龍麻の手にある写真を奪い取ろうとする京一だが、其処は龍麻相手である。
その隣にいた葵に渡すと、龍麻を挟んだ位置にいる京一には届かない。

直ぐに椅子を降りた京一に、葵も彼が何を狙っているのか直ぐに気付いた。
目尻のつりあがった仲間の表情に、久しぶりに葵も戦慄した。
慌ててそのまた隣にいた遠野に渡す。


待ちに待った写真を手にした遠野は、奪われる前にと写真を見る。




「わーッ! 何この子、かわいい〜ッ!」
「見んなーッ! 寄越せ、アン子!!」
「やーだ、勿体無いッ!」




奪う手から逃げようと、遠野は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、店内を走り回る。
追い掛け回す京一は、顔を真っ赤にしていた。


ドタバタと騒がしくなる店内だが、他の客がいないものだから、怒るような人間もいない。

写真を持って逃げ回る遠野に、小蒔が羨ましそうな顔をしていた。
そんな小蒔の前に、また一枚、コニーから写真が差し出される。




「コレもタンジョービの時のネ」




出された写真を受け取る小蒔。
其処に映っていたのは、アンジーに抱き締められてくすぐったそうに笑っている少年だった。

少年は確かに、今の京一の面影があるものの、背も小さいし、顔も丸みを帯びている。
目元は猫のように釣り上がっているが、今よりも大きくて、子供らしさがあった。
頬を赤らめて照れ臭そうに笑う所などは、今の京一とは大違いである。




「京一にも、ちょっとは可愛げのある時があったんだァ〜」
「……これが、ああなるとは」
「どーいう意味だ、醍醐! てめェにゃ言われたかねェぞ! つーかコニー、てめェ何枚隠し持ってやがんだ!」




カウンターに乗り出して怒鳴る京一だが、コニーは全く同時にない。
気にする様子もなく、また次の写真を取り出して、龍麻に渡していた。




「中学生になった時ネ」
「ブレザーだ」
「京一君、身長がすごく伸びたのね」
「見ーせーてー」
「ボクも見たい見たい!」
「お前らぁあああああ!!!」




叫ぶ京一を気に留めず、龍麻も渡される写真を一枚一枚眺める。
無理やりでも止めようとする京一だったが、醍醐に羽交い絞めにされてしまった。


写真の中の京一は、中学生になるとかなり今の面影に近付いていた。
葵が気付いた通り、身長も一気に伸びたようで、アンジー達と並んでも、抱き上げられるほど小さくはない。
ずっと持っている木刀も、最初は彼の身長大だったものが、その身長の半分になっている。

中学生になって最も顕著に見られた変化は、目付きだった。
子供の頃は猫目に思えた眦が、獲物を捜す猛獣を彷彿とさせるようになり、顔に痣や傷が出来ているのも多くなっている。
小学生の時は専らアンジー達と一緒にいたのが、この頃には、一人で出歩く事が増えたようで、一人で映っているのが多い。
その殆どがファインダーの向こうを睨みつけているように見えた。




「おいコラ醍醐! 放せっつってんだろ!」
「まぁ、そう言うな。いいだろう、写真ぐらい。思い出なんだから」
「だから嫌なんだろーが!!」




龍麻は、喚いている京一をちらりと見遣った。



生き物は、どうしたって時間を逆には遡れない。
高校三年生の親友の過去は、知る事は出来ても、目の当たりにする事は出来ない。

でも、切り取られたワンシーンだとしても、こうして見る事が出来るのは嬉しかった。


……見られている京一は、沸騰しそうな程に顔を真っ赤にしているけれど。






ケーキの生クリームだらけになっている、写真の中の子供。
今となっては絶対に見れない光景。

けれど、この子供が今もずっと愛されている事は、変わらぬ事実であった。







2010/12/17

うちのサイトでは、
「京ちゃん」 → 子供の頃から知り合い・世話になってる人
「アニキ」 → “歌舞伎町の用心棒”と呼ばれるようになってから
と言う区別になっております。なのでコニーは前者。

ついでに、コニーと『女優』のビッグママにこっそり繋がりがあるんじゃないかと思ってます。
ビッグママが拳武館を知っていた、龍治=禍汪洲と気付いていた事、コニーと弥勒の繋がり、桜ヶ丘中央病院、京士浪……辺りで。
ママがアランを『女優』のアルバイトにしたのも、時期的に色々裏があるのではと勘繰ってる私です。

でも裏があろうがあるまいが、京一が皆に愛されてるのは結局デフォルトです。