京一は甘い物は然程好きなようではなかったが、それでも全く食べない訳ではない。
誕生日にビッグママが作ったケーキも喜ぶし、量が少ないだけで、貰えばやはり嬉しいのだ。
甘いホットココアも気紛れにだが飲みたがる事もあった。

スナック菓子なら基本的にはどれでも好んでおり、辛い物もよく食べる。
飴やガムはちょっと小腹が空いた時、これもやはり味を気にせず口にする。


何処か背伸びしたがる感があっても、やはりまだ子供なのだ。
食べ物の誘惑にコロッと負けてしまうのだから。




─────そんな子供がある日から、一切の菓子類を口にしなくなった。





数日前から妙に静かな小さな居候を、アンジーはどうしたのかと心配していた。



怪我でもしたのかと思ったが、見れる限りで気になるような傷はない。
修行で打たれた痕はあるものの、数日経てば消えるものが殆どだ。
京一自身もそう言った傷は気にしないし、その程度で大人しくなるような事もないだろう。

考えられるのは師から剣術について痛手の一言を喰らった────とか。
だが良くも悪くも反骨精神の塊である京一だ、悔しさから更に高みを目指すことはあっても、落ち込む事はないと言える。


京一が何も言おうとしないので、『女優』の面々からは何も言えない。
逐一様子を見てはいるが、其処から先に踏み込まないのが、此処での暗黙の了解だった。



店の真ん中のソファで膝を抱えて蹲る京一。

その表情は沈み気味で、アンジー達の心配を更に煽る。
せめて少しでも元気になって貰いたいと、彼女たちが選んだ方法は、判り易く且つ子供には効果的なもので。




「京ちゃん、おやつよォ〜」




ビッグママから受け取った手作りアイスを持って、キャメロンがソファに腰を下ろす。

今日のおやつはチョコレートアイス。
京一の好みをよく知るビッグママの手作りなので、市販の物より甘さも控えめにされている。
三角形のスコーンを付け合せに添えて、綺麗に盛り付けされていた。


夏前の梅雨となり、最近はすっかり暑くなった。
晴れれば太陽の熱気、雨の日もじめじめとした湿気で蒸し暑さがある。
食欲も減退するような不快指数の高さが続き、京一が最近殆ど菓子類を口にしないのはこの為ではないかと、アンジー達も思うようになっていた。

そんな日に、ひんやりと冷えたアイス。
子供が飛びつかない訳がない。


──────の、だが。




「…………………」




京一は、テーブルに置かれた自分の為のアイスをちらりと見遣ってから、




「………いい。いらね」




消え入りそうな小さな声でそれだけ言って、抱えた膝に頬を乗せた。

これも食欲減退の所為と、思えなくもない。
しかしそれにしては京一の瞳がそれを裏切っており、アイスを見詰める京一の目は、物欲しそうな色を浮かべている。
だから全く食べたくない訳ではないのだろうに、京一の手は一切アイスへと伸ばされない。




「どうしたの? 京ちゃん。お腹痛いのかしら?」
「……別に」




これなら食べてくれるのではと思っていただけに、驚きが大きい。
アンジーが思わず尋ねるが、京一は素っ気無い態度だった。


思わぬ展開に店内がシンと静まり返る。
それを打ち破ったのは、ビッグママが愛用の煙管を置いた音だった。

ヒールの音を立てて、ビッグママはカウンターから表へと出て来た。
ゆっくりとした足取りでソファに近付くと、蹲って俯く京一の顔をじっと見詰め、




「京ちゃん、口開けてみな」
「!」




ぎくッ。

ビッグママの言葉に、そんな擬音が聞こえてくるかのように京一が固まる。
だらだらと汗が流れ出し、動揺しているのは誰の目にも明らかだった。




「どうしたんだい?」
「……べ、別に……」
「じゃあ出来るだろう? ほら、開けてみな」
「…………」




大量の汗を流しながら、京一は見詰めるビッグママから目を逸らす。
やばいやばいやばいやばい……ビッグママから逃れた彼の瞳は、そんな言葉で一杯だった。


このままでは埒が明かないと判断すると、ビッグママの行動は早かった。
ビッグママが手を伸ばすと、京一は咄嗟にそれから逃げようとソファを立ち上がる。
が、その場を離れるよりも早く、京一はビッグママの手に捕まっていた。




「………!!」




小さな子供はジタバタと暴れた。
口を真一文字に噤んだままで。


ビッグママは暴れる子供の顔を捕まえると、下顎を捉えて強引に口を開かせようとする。
京一は抵抗したが、まだ幼い子供の力で、ビッグママに敵う筈もなく。
あが、と開けられた口の中をじっと覗き込まれて、小さな体は何かに帯びえるように固まった。

ビッグママはしばらく京一の口の中を見詰めた後、はっきりと溜息を吐く。
その後に解放された子供は、口に手を当てて半目になって俯いた。




「明らかに虫歯だね」
「あらま」
「歯磨きサボっちゃったのねェ〜」




ビッグママの言葉に、アンジーはぱちりと瞬きし、キャメロンとサユリは眉尻を下げて笑う。

京一の頬に朱が上る。
バレた────と判る表情だった。


ビッグママが見た京一の歯は、素人目にも虫歯と判る程の進行が進んでいた。
冷たいもの、熱いもの等、刺激物を食べれば当然沁みる。
道理でお菓子を、今日のアイスまで食べなくなる筈だ。

だが意地っ張りな子供は、むぅと膨れっ面になり。




「別に…なんともねーし、これ位」




呟いた京一であったが、ビッグママは呆れたと息を吐く。




「またそんな事言って。痛いんだろう? この分じゃ、当分おやつは無しだねェ」
「うえッ! マジで!?」
「当然だろう、今日のアイスも勿論撤収さ」




言うとさっさとアイスを取り上げ、アンジーに渡す。
アンジーはごめんねェと京一に微笑んで、アイスを冷蔵庫へと締まってしまった。

京一は恨めしげにアンジーとビッグママを見るが、歯が痛いのは事実であって。
無理やり奪い返しても食べられないのは確かで、京一はソファにまた腰を落とした。
虫歯の所為で腫れて来た頬に手を当てて、うぅ、と小さく唸る。




「取り敢えず、歯医者に行かないとね。京ちゃん」
「でぇッ! 絶対ェやだッ!!」




アンジーの言葉に、京一は躯を竦ませて叫んだ。


歯医者が嫌いとは、こんな所もまた子供らしい。
虫歯の治療の為に歯を削る機械の、チュイーンだのガガガだのと言う音は、子供にとって凶器の音だ。
口の中で道路工事が行われているような音を嫌うのは、この背伸びしたがる子供も同じなのだ。

しかし残念ながら、虫歯をこのままにしておく訳には行かない。
何をするにも歯は命、剣を振るうのも歯をしっかりと食いしばらなければならない訳で。
虫歯は自然治癒するものではないから、子供が嫌だという歯医者は避けては通れない。



イヤだイヤだと喚く子供を、キャメロンが抱き上げる。
確りとした腕に抱え上げられた京一は、逃げようと暴れるも、叶わない。




「離せよ、兄さん! キャメロン兄さんの鬼! 悪魔!」
「あん、京ちゃんったら酷ォい」
「兄さんの方が酷ェッ! 離せー! 歯医者なんか行きたくねェーッ!」
「じゃあ岩山先生の所に行くかい?」
「もっとイヤだ〜ッ!!」




キャンキャンと助けを求めて子犬のように叫ぶ子供に、大人達は揃って苦笑を浮かべる。
今から泣いてしまっている京一に、可哀想と思わなくもないが、このまま放って置けばもっと可哀想な事になるのだ。
そして見つけた今の内に連れて行かないと、京一はもっと逃げ回ろうとするだろう。

こういうものは早い内の対処が大事なのだ。





─────結局、他にも虫歯が見付かって、数日間泣きながらの通院を余儀なくされた京一であった。









2009/06/30

………私が今通院している真っ最中です(爆)。

本当に口の中で道路工事の音がするよ!!
妄想して別の事考えてないとやってられないっス……。