『女優』の人々に連れて来られたのは、いつも師と剣の稽古をつけて貰っている、運動公園だった。



数日前に都心にも桜前線が上って来た。
ぽつりぽつりと蕾が開き始めると、誘発されたように沢山の花々が一気に芽吹いて行った。

街のあちこちに植えられた桜も咲き誇り、其処此処で花見の宴が開かれる。
公園にブルーシートを敷いた親子連れや、街路樹の道を歩く男女、ベンチに座ってのんびりと過ごす老夫婦など。
皆様々に、それぞれに一時の花の宴に酔いしれる。


『女優』の人々もその一端であり、其処にはいつもふらりといなくなる師と、幼い居候の姿もあって。




「はい京ちゃん、あーん」




差し出されたダシ巻き卵。
京一は素直にぱかっと口を開けて待つ。

雛のような子供に微笑ましさを感じつつ、アンジーは卵を京一の前に持って行く。
ぱくっと頬張った京一は、頬袋を作りながら、むぐむぐと顎を動かす。




「美味しい?」
「ん」
「京ちゃん、こっちも。あーん」
「ん。あー、」




ダシ巻き卵を飲み込んだ京一は、今度は唐揚げ。
齧り付いてもごもごと顎を動かす京一に、キャメロンとサユリは心の底から楽しそうだ。

居候と従業員のいつもの遣り取りを眺めているのは、ビッグママと京士浪だ。
京士浪の手には杯があり、ビッグママが注いだ日本酒が波打っている。


穏やかな風が吹く度、花弁が舞い散る。
晴れ渡る青空の下、薄いピンクの光が踊り、光を受けて光る。

そんな中で着物姿の妙齢の男が杯を傾ける風景は、さながら一枚の絵画のよう。
窄めた双眸は、桜を眺めていながら、何処か遠い望郷の念を寄せている。
整った面に浮かんだ皺一つさえ、彼の生き様を表すかのように、その造形に何一つ無駄はなかった。



─────しかし、そんな彼の唯一の弟子は、まだまだ花より団子の模様。




「エビ食いたい」
「はいはい。あーん」
「ぁむ」




大きな海老の天麩羅をそのまま頬張る京一。
ぴょろっと出た海老の尻尾が、もごもご顎を動かす度、上下に振れている。




「巻き寿司も美味しいわよ〜。ビッグママの手作り!」
「食う」
「待ってねぇ、えーっと…ああ、これ美味しそうだわァ。はい、あーん」
「あぐ」




京一は、今朝からビッグママが精魂込めて弁当を食べるのに夢中だ。
いや、寧ろ“必死”であると言って良い。


明日か明後日か、強い風が吹けば直に散り終えてしまうだろう桜の花々。
花見に興じる人々は、人それぞれに多かれ少なかれ、その儚さに惹かれ桜を眺めるのだろう。

しかし、まだ幼い子供はそう言った情緒に対して鈍いもので、そんな事より目の前の食べ物の方が大事。




「デザートもあるからね」
「何?」
「フルーツの盛り合わせよ。フリーザーに入れてきたから、よく冷えてるわ」
「んー……もうちょい後で食う。なあ、そっちのおにぎり、何か入ってんの?」
「これが梅で、これは鮭。こっちはおかかよ」
「おかか食う」




小皿に乗せて貰って、所望の握り飯に齧りつく京一。
頬についた米粒をアンジーが拭いている間も、食べる手は止まらない。




「はい京ちゃん、お茶」
「ん。………あ、」




紙コップに入れた茶を京一が受け取ると、其処にひらりと落ちる花弁。

おや、風流だね。
そう胸中で呟いたのは、ビッグママ一人ではない筈なのだが、




「あ。」




京一は花びらを摘んで、ぺいっと捨ててしまった。
そのままでは茶を飲むのに邪魔になるので、その行動を咎める事はない。

……が。




「やっぱりまだまだ子供だね」




ごくごくと茶を飲み干して、また食べ物をねだる雛を見て、ビッグママは呟いた。

その言葉が、子供の師の耳に聞こえたか否かは、定かではない。
けれども小さく笑うその口元を見て、ああ今日も平和だとビッグママは空を仰いだのであった。






2011/05/05

花見に行ったら、子供が花そっちのけで食べるor遊ぶに夢中になってました。可愛いなオイ。
しかしうちの『女優』の方々は、京一を猫っ可愛がりし過ぎだ(今更か!!)。