乱闘




やっちまえ、と響いた声に、男達が獲物を握って踊りかかる。
それを金髪の一番ガタイのいい従業員がテーブルを掴んで振り上げる。
雄叫び一つと共に、テーブルが宙を飛んだ。

調度品として飾られていた石像が、ガツンと堅い音を立てて砕かれた。
坊主頭の従業員が両手で抱えて振り回している。


ごが、と鈍い音と悲鳴があって、アンジーが鬼神の形相で拳を振るっている。
優しく微笑んでいた彼女とは思えない程の、獣のような咆哮を上げて。




「あんた、ぼけっとしてるとやられるぜ!」




龍麻を押し退け、階段を駆け上っていく小さな影。
見れば金髪の小柄な男が、猿のような素早い動きで階段上の葵とゴロツキに迫っていた。

男が葵を盾にする。
影はそれに構わず更に近付いた。
龍麻は落ちていた木片を拾い、階段上へと投げつける。
木片は弧を描いて、男の眉間に命中した。


拘束が緩んだのを見逃さず、葵は身を捩ってゴロツキの腕から逃げる。
小柄な男が飛び上がり、ゴロツキの顔面に着地した。

葵が階段を転がり下りてくるのを、龍麻は確り受け止める。




「緋勇君ッ」
「大丈夫? 美里さん」
「ええ。ありがとう」





謝辞を述べてくれる葵に小さく微笑んで、龍麻は直ぐに顔を引き締めた。
葵を壁に挟んで庇い、此方を狙ってくる男達を払い除ける。


ひゅお、と風を切って飛んできたグラスを、龍麻は躊躇わずに打ち落とす。
脆い金属は呆気なく砕け散り、龍麻の足元できらきらと光った。

続け様風を切る音がして、龍麻は頭上で腕を交差して身を守る。
ごッ、と骨が鳴ったが、それ以上の痛みも衝撃もない、交差を解くと吐息を詰めて正拳突きを打った。
体躯の大きな男がきりもみして吹っ飛んでいく。


龍麻を挟んで、二人の男が立った。
丸い体と、頭に包帯を巻いた男、どちらも裂傷の男と一緒にいた者達だ。




「あんた見かけによらず強ェなァ!」
「お嬢ちゃんは動くなよ、何、直に片付けてやるって!」




不安そうな葵に、丸い体の男が自信満々に宣言する。
葵は小さな声でありがとう、と言った。


しかし─────現状は中々厳しい、と龍麻は思う。

先程から幾ら打ち返しても、相手の数が減っていない気がする。
ちらりと窓の外を見れば、不穏な気配がぞろぞろと集まっているのが判った。



リーダーらしい男と向き合っていた裂傷の男が、憎々しげに叫ぶ。




「てめェ! お客だけじゃ飽き足らず、アニキにまで舐めた真似しやがって! 何がしてェんだ!」
「何って? 見ての通りだよ! あんなガキにへこへこするなんざ、もう御免だ!」
「アニキのお陰でちったあマシな町になったんだろうが!」
「あいつの所為で、この町が腑抜けちまったんだよ!! あんなクソガキ一人に何もかも良いようにされて、もう我慢の限界だ! ビッグママもそうだ! なんであんなクソガキにおべっか使ってやがる!? 目ェ醒ませよ、あんたそんな奴じゃなかったろう!」




カウンター奥にいるママに向かって、リーダーが叫ぶ。

ママのいるカウンターは、目の前で起きる騒ぎとは違い、至って静かだ。
どうも彼女の存在は不可侵なものらしい。


ママは相変わらず煙管を吹かし、平静とした表情を浮かべていた。




「馬鹿だね。確かに、あたしはあの子を気に入ってるよ。でも、だからって遣り方を変えたつもりはない」
「嘘だ! どうせあのガキに誑し込まれたんだろ。あのガキが来てからじゃねえか、あんたが町に前以上に干渉するようになったのは!」
「単にタイミングの問題さ。それが偶々、あの子が此処で用心棒の真似事をするようになった時だったってだけの事」




ママの言葉に、リーダーは嘘だ嘘だと喚きだす。
それがまるで駄々を捏ねる子供のようで、ママは仕様のない奴だと煙に混じって溜息を吐いた。

男は、ママが己の感情の幾許も掬ってはくれないと、気付いた。
ざわりとその目に絶望の念が灯り、怒りに食い潰されて行く。




「くそォォォォォォ!!!!」




抜き身のサーベルを手に、男がカウンターへと走る。
直ぐにアンジー達が走ったが、間に合うとは思えなかった。




「ママ!」
「やべえ、逃げろォ!!」




アンジーと裂傷の男の叫びが響く。
だが、ママは其処から動かなかった。






があん、と戸口のドアがぶち破られたのは、その時だ。









2011/11/14

ガチバトル系も書きたかったんです。
もうホント色んな趣味要素モリモリなんです、この話。