一呼吸




一連の大騒ぎの後、二階に引っ込んだ剣士がもう一度顔を見せたのは、宵の口になった頃であった。
遅い夕飯にありついていた龍麻と葵の前に、ラフな格好で、しかし腰に木刀は据えたまま現れた。


その頃には────と言うか、騒動から二時間も経った頃には、店内は綺麗に片付いていた。
伸びたゴロツキ連中は、裂傷の男達と店の従業員によって外へと放り出され、割れたガラス片や木片はゴミ捨て場へ。
壊れて使えなくなって減ってしまったテーブルの代わりは、夕方の営業時間になるまでに、ママの子飼いらしき男達が何処からともなく椅子やらテーブルやらを運んで揃えてしまった。

龍麻と葵が立ち尽くしている内に、店は殆ど元の装いに戻っていた。
呆然としている葵に、アンジーはいつもの事だからねェ、と言った。




「兄さん、腹減った」
「はいはい」




二階から降りてくるなり、剣士は丁度目の前を通りかかったアンジーに言った。
アンジーはクスクスと笑って返事をすると、持っていた料理を客のテーブルに置いて、いそいそとカウンターへと向かった。

剣士はアンジーの後ろを追うように進むと、カンター前の椅子に座る。




「飯、何?」
「野菜とお肉の炒め物よ。味は薄め。さっぱりしたもので、ね」
「ラーメンは?」
「それは明日ね。あんまり油っこいものは今日はだぁめ」
「ちッ」




剣士は不満そうに舌打ちして、カウンターテーブルに突っ伏す。


店内は概ね穏やかなものだった。
相変わらず揃った客は皆ゴロツキだが、昨日とは違い、和やかなムードすら漂っているように感じられる。

席の殆どを占領しているゴロツキ達の殆どが、ちらちらと剣士の同行を伺っていた。
其処には畏怖の色もあれば、羨望に似た色もある。
剣士は背中に寄せられる視線など一つも気にしていないようで、アンジーに差し出された料理を受け取り、箸を付けている。




「服は全部洗って干しておいたわ。明日は晴れるらしいから、きっと乾くわよ」
「ん。ああ、あとコレ。帰りに拾った薬草とか」
「あら、アリガト。丁度切れ掛かってたのよォ」




小さな麻袋を手渡されたアンジーは、嬉しそうにそれを店の奥へと持って行く。


アンジーと入れ違いに、ママが店奥から出て来た。
野菜炒めを食べる剣士の前に来ると、声を潜めて何某かを話している。
龍麻の聴覚でも聞き取れないほどの、小さな声だった。

しばらくそうして会話した後、ママが溜息を漏らして目元を押さえている。




「参ったねェ……」
「全くだ。後味悪いったらねェよ」
「そうかい。悪かったね」
「ビッグママに詫び入れられてもな」




普通の声に戻っての遣り取り。
しかし、どうも会話の内容は喜色とは程遠い。

ビッグママはそれから沈黙して思案に耽り、剣士は黙々と食事を再開させた。


なんとなくその様子を見ていた龍麻の前方を、男が四人、横切っていく。
裂傷の男と、その連れ達であった。

男達が傍に辿り着くよりも先に、剣士が振り返る。




「お前らか」
「へい。アニキ、ママさんの使いだったんスか?」
「ああ。それよか吾妻橋、これ買って来てやったぞ」
「うおッ、マジすか!」




剣士が裂傷の男に────吾妻橋とやらに、小さな箱を差し出す。
吾妻橋は浮かれた様子でそれを受け取ると、箱の封を切る。




「ったく、面倒な拘り持ちやがって。感謝しろ」
「勿論スよ。あ〜、やっぱ美味ェ……」




ゆらゆら紫煙が揺れているのが見えて、どうやらそれが煙草らしいと龍麻も知る。




「この町じゃあ煙草もロクなモンがないっスからね。売ってると思ったら、足元見てやがるし」
「他のに変えりゃ良い話だろ」
「それが出来りゃ苦労しねェんスよ〜」




ヘラヘラ笑って言う男に、剣士は呆れたように舌を打つ。


それから、剣士は他にも懐から小物を幾つか取り出した。
吾妻橋の周囲にいた三人の男がそれを見て喜ぶ。
どうやら、人数分の土産のようだ。

男達はそれぞれの土産をいそいそと懐やポケットに仕舞い込む。
吾妻橋も煙草一本を吹かしながら、残りは服の胸ポケットに収めた。



アンジーが店の奥から戻ってきて、剣士の前に立つ。




「そうそう、京ちゃん。京ちゃんにお客様よ」
「オレに?何処の馬鹿だ?」




聞きながらも、相手をしてやる気はない、そんな口調。
アンジーはそんな剣士に苦笑して、今日はそういうのじゃないの、と言った。






2012/01/06

気に入らない奴には問答無用で制裁するけど、気に入った相手なら割りと面倒見が良いのです。