雨の日は憂鬱になる。
長雨になると尚更だ。


傘を差しても、足元で跳ねる水玉までは防げなくて、制服のズボンはびしょびしょの泥塗れ。
風が酷くなれば傘も大した役目を果たさず、鞄の中の教科書はふにゃふにゃのびしょ濡れ。
何よりジメジメとした湿気が鬱陶しくて、ただ暑いだけの日以上に不快指数は半端なく高く。

けれどもこれが日本の夏前の風物詩である以上、避けて通れるものでもなく。
寧ろこの時期に降ってくれないと、夏真っ盛りに入って水不足に喘ぐ事となるのだ。
それは勘弁願いたい。




「…降るんだったら、授業中だけ降ってりゃいいのによ」




机に頬杖を突いて呟いたのは、京一だ。
時分の机ではなく、龍麻の机にて。

決して大きくはない机の面積の半分を侵入された龍麻であるが、特に気にする事もなく、数学ノートに落書き中。




「取り敢えず、行き帰りに降るのは勘弁だな」
「うん」




それには同調したので、龍麻はノートの落書きを続けながら頷いた。


学校の登下校中の大雨は、学生にとっては辛い。
絶対に濡れなければならないからだ。
車で出勤する教師陣が恨みがましくなる位に濡れる事も少なくない。

その時間に限らず、外を出歩く時間の雨は面倒だ。
だから京一は、外に出る必要のない授業中にのみ降っていれば良いと言う。




「あと休憩時間もだな」
「うーん…?」




それには同調できなかった。
し辛かったと言うのが正しいか。

休憩時間に入ると、京一は大抵、屋上か中庭の木の上に行く。
お気に入りのスポットはそれぞれ天気が良ければ心地の良いもので、確かに魅力的ではあるのだけれども、其処にやたらと固執しているのは京一だけだろう。
龍麻は教室にいてものんびりと過ごせるので、彼のお気に入りスポットへの愛着は判るものの、完全に同意は出来ずにいた。



教室の中はいつもより人が多い。
休憩時間になるとあちらこちらへ散らばる生徒達が、何処にも行かずにいるからだ。

今日は廊下も水浸しになっている。
教室移動で濡れた渡り廊下を通った生徒達の足元は、外を歩いた後と同様に濡れていた。
それで廊下を歩かなければならないから、フローリングの床は薄らと水で濡れ、滑り易くなっている。
皆、それを嫌い、また雨も止まないしで、教室で落ち合ったり、グループで固まったりしているのだ。
人口密度が高くなるのも無理はない。


常よりも人が多くなった教室内は、その所為だろうか、いつもより少し暑い。
密集した人間と、降り続く雨の湿気によって、教室内の不快指数はまた上がって行く。

ああ、確かに休憩時間も出来れば止んで欲しいかも知れない。
雨が止んでくれれば、この人口密度も少しは解消されるのだ。
じとじととした嫌な湿気も、薄くなってくれるだろう。


だが、希望も空しく雨は降り続く。




「あーだりィ」




頬杖をぱたりと倒し、京一は腕に頭を乗せて突っ伏した。
癖毛の髪が龍麻の机に散らばる。



チャイムが鳴った。
教室内にいた生徒の何人かが、バラバラと教室を出て行く。
自分のクラスの教室に戻る為に。

出て行った生徒と入れ替わりに、3−Bの生徒が教室へと戻って来る。
チャイムが鳴り終わる頃には、殆どの生徒が自分の席へと落ち着いていた。


それから、教室の前のドアが開いて、─────入って来たのは生物教師の犬神だ。






「龍麻」
「何?」
「やっぱ授業中も雨止んだ方がいいな」






……暗にサボる事を言っていると気付いて、龍麻は眉尻を下げて笑った。








2009/06/11

梅雨なので雨ネタを。
特になんでもない日常の中で。

龍京はこういう“どーでもいい話”が一番書き易いかも知れない。
ダラダラ中身があるんだか無いんだか判らない話。