寒い。
これでもかと言う程、寒い。

それでも、学校の授業はいつもと変わらず行われる。
勿論、マラソンの体育授業も。




「っだ〜〜〜〜! 寒ィ! クソ寒ィ!」
「そうだね」
「こんな時にマラソンとか、ただの拷問だろ!」




体育教師のホイッスルに合わせて、グラウンドを一周、二週、三週。
反時計回りにぐるぐると走り続けて、それでもまだ体は温まらない。
柔軟もしっかりやったから、血流は良くなっている筈なのに、この始末。

それもこれも、気温の低さと、吹き付ける風の冷たさと、空を覆う分厚い雲の所為だ。
体温を上げても上げても追いつかない位、北風が強いのである。


グラウンドを走っているのは男子生徒だけで、女子生徒は体育館でバドミントンをやっているらしい。

体育館は入り口も窓もしっかりと閉じており、風が一切入って行かない。
入館した時は空気が冷えているだろうが、生徒達が運動を始めれば、風がない分楽に温まれるだろう。

……正直、羨ましいを通り越して、恨めしい。



グラウンドの真ん中では、走り疲れた体力不足の生徒達が身を寄せ合っている。
走る気力はないが、じっとしていると寒いのだ。
少し走って僅かに汗を掻いているのが災いし、冷気を余計に強く感じてしまっている。

京一もどうせなら走るのを止めたい(サボりたい)のだが、動くのを止めると寒くなる。
だから面倒臭いと思いつつも、未だに走っているのである。




「こんなだったら、授業自体サボりゃ良かったぜ……」
「京一、単位がまずいって言ってた」
「………あークソったれ!」




龍麻に突っ込まれて返す言葉を失い、京一はヤケクソになって叫ぶ。


ホイッスルが一際強く鳴って、終了の合図が上がった。
生徒達は数メートル歩いて足を止め、座り込んだり、肩で息をしたり。

其処に冷たい北風が叩きつけられ、噴出した汗が一気に冷えた。




「寒ィイイイイイッッ!!」
「……うん」




体を抱くように摩りながら叫ぶ京一に、龍麻はまた頷く。




「とっとと授業終わんねェかな……」
「まだ半分以上残ってるよ」
「あの先公がブッ倒れるなりしてくれりゃ良いんだけどな」




物騒な事を呟く京一に、龍麻は苦笑い。
それを隣で聞いていた醍醐は、肩を竦めて呆れるだけだ。

醍醐の漏らした溜息が聞こえて、京一は巨漢の友人を睨み付ける。




「お前はいいよな」
「何の話だ?」
「でけェから寒さにも鈍いだろ」
「八つ当たりは寄せよ。俺だって寒いんだ」
「どーだか」




実際、寒いのは誰も同じなのだ。
体温の高い低いの微妙な差はあれど、この北風はやはり堪える。


生徒達の格好は、薄着の運動用シャツと、ボトムにジャージ。
上着もあるのだが、体育教師の方針で余程寒い日でなければ、着る事は許されない。
今日は“余程の日”じゃないのかと、男子生徒全員が心の中で突っ込んだのは言うまでもない。

ちなみにその体育教師はと言えば、上下共にジャージで、アンダーもしっかり重ね着している。
誰かアレ引ん剥いて来いよ、と京一は思った。



集合をかける教師の下に、ダラダラと生徒達が集まって行く。
その途中で、京一はふと、隣を歩く相棒に目を向け、




「龍麻、それ片方貸せ」
「……これ?」




言って京一が指差したのは、龍麻の腕に嵌められたアームウォーマー。
いつでも何処でも外さないそれは、今もまた、変わらず嵌めたままになっている。




「ダメだよ、これは─────」
「固ェ事言うなって、終わったら返すからよ」
「だからダメなんだってば」
「いーから貸せって」




龍麻がそれを何の為に嵌めているのか、京一は知っている。
いや、聞いたことはないけれど、何某かの理由があるのだとは察していた。
自分が木刀を手放さないのと同じように。


けれど、今はもうそんな事はどうでも良い。


貸せ。
ダメ。
貸せ。
ダメ。

そんな遣り取りを繰り返している内に、案の定、手が出るようになる。
龍麻の腕を捕らえようと京一が手を伸ばすが、龍麻も大人しく掴まる訳もなく、体ごと距離を取って逃げる。




「おい京一、緋勇。授業中だぞ」
「だって京一が」
「お前がそれ貸せば済むんだよ」
「だからダメって」




醍醐の咎める言葉など、龍麻はともかく、京一が聞く訳もなく。
授業そっちのけで追いかけっこを始めた二人に、教師の雷が落ちるまでそれ程時間はかからなかった。


──────が、京一はそれを理由にこれ幸いと授業から逃亡したので、彼としては結果オーライであった。







2010/12/09
寒かったんです。冬なんだから当たり前なんですが。
書いてて思ったんですが、運動しても体温上がらないってどんだけ極寒(爆)。

「貸せ」「ダメ」がやりたかっただけです。ハイ。