意外なものを見た、気分だった。




四時間目が終わり、昼休憩に入って、龍麻は屋上に行った。
階段を登ってドアを開けた先には、先ず間違いなく、親友がいるだろう。

三時間目の現国と四時間目の古文の授業の時、京一は教室にいなかった。
廊下から見える中庭にある木の上にも、それらしい陰はなく、ならば屋上だろうと龍麻は予想していた。
そして屋上へと繋がる重みのある鉄扉を開けると─────かくして、彼は其処にいて。


ゆらり、紫煙を燻らせていた。




「……京一」




数秒、その様を見詰めてから、龍麻は声をかけた。
切れ長の双眸が此方を向く。




「お前か」




現れた人物を確認して言った京一は、自身の口に挟んでいるものを放さなかった。
隠しもしなければ、悪びれた様子もなく、気だるそうにしている。

その隣に腰を下ろして、龍麻は呼吸と共に煙を吹かす親友を見る。




「京一、煙草吸うの?」
「……いいや」




答えと行動が完全に矛盾している。
小蒔か遠野がいたらツッコミが入っただろうが、龍麻は其処は気にしなかった。




「誰の煙草?」
「吾妻橋」




どうやら、彼の忘れ物だとの事だ。
ついさっきまでは彼らもこの屋上にいて、そろそろ昼休憩─────飯時になるという事で、食料を調達しに行った。
その直前まで、吾妻橋が煙草を吸っており、屋上を出て行く際、中身の入った箱とライターを置きっ放しにしてしまったのだと。

時間にして然程前の話ではないのだろう。
京一の咥えた煙草はまだ長さがあり、灰は多少落ちているものの、白いコンクリートに目立つ量ではなかった。


中庭の方から、小蒔と遠野の笑い声が聞こえた。
その傍らには、恐らく葵と醍醐もいるのだろう。
今日は彼女達が屋上に来る事はなさそうだ。

だからか、京一はいつ誰が此処に来るかも判らないのに、煙草を手放そうとしない。
彼に注意や強く詰め寄れるのは、この一年を通した仲間を除けば、教員(一部を除き)すらも存在しないのだ。
故に、今の彼の行為を咎める者は誰もいない。



龍麻は購買で買ってきたパンの袋を開けた。
もそもそと食べていると、隣から煙がふわふわと流れてくる。

さっきまで煙は上に向かっていた筈なのだが、どうやら、人肌では判らない程度であるものの、風向きが変わったらしい。




─────鼻腔をくすぐる煙草の匂い。
なんだか、奇妙な気分だ。




煙草と言う物は、百害あって一利なしだ。
ストレスを緩和させる効果もあるが、結局含有されているものは毒の元であり、頼りすぎれば待つのは身の破滅。


龍麻は武道家である。
京一もそうであると言って良いだろう。
ならば、煙草などは本来、手を出すべき代物ではない。

そうでなくとも、法律で未成年の喫煙は禁止されているのだが、龍麻は其処は気にしなかった。

京一だってそれは判っているだろう。
彼の生活柄、受動喫煙は致し方ないだろうが、自ら進んで毒に手を出すような人間とは思えなかった。
不良だのヤンキーだのと呼ばれる類の人間が、未成年でも喫煙をする事は珍しくない。
校内有数の不良生徒である彼だが、そう言った事には厳しい────と言うか、無意味な行為だと考えるタイプだ。
大人ぶって、周囲への反抗心だけで毒を飲み、自身の精彩を欠くのは御免だと。
何せ、とことん現実主義な思考の持ち主だから。



そんな京一が煙草を黙々と吸い続けるのは、なんだか違和感がある。




「……美味しい?」
「………あ?」




前触れ無しに問うてみると、視線だけが此方に向けられた。




「煙草」
「……不味い」




主語を後乗せすると、やや間を置いてから、京一は答えた。
それから思い切り息を────煙を肺へと吸い込んで、咥えていた煙草を手に取って、




「ん、」




唇が重なる。
煙が、龍麻の肺へと送られた。

………咽た。
苦しい。




「……おいしくない」
「だろ」




残りカスの煙を、京一は空に向かって吐き出した。
ゆらゆらと揺れた紫煙は、直ぐに風に浚われて消える。

けれども、龍麻の中に送られたものは、まだ残っていて、喉までイガイガして。


喉のイガイガを消したくて、苺牛乳を飲んだ。
が、煙の余韻か、味が可笑しい。




「……ヘンな味」
「そーかい」




そうさせる原因を作った張本人は、それだけ言うと、また煙を口に咥えた。






2011/02/34

……なんだこれ。
煙草吸ってる京一と、キスで煙吹き込むの場面が唐突に浮かんだので、書きたくなっただけです。