「ころしていいか?」






呟くような。
囁くような。
吐き出すような。

声で言われて、龍麻は一瞬、何を言われたのか判らなかった。


眼前に立ち尽くすのは、親友。

抜き身の木刀は切っ先が下を向いていたが、その先端からはぽたりぽたりと、重油のような黒い液体が滴っている。
重油の正体は、つい先ほど命を絶たれた“鬼”の体を流れていた、人間で言う血液だ。
彼の木刀は、刃に当たる刀身だけでなく、柄の部分、更にはそれを握る彼の手首まで、重油に塗れていた。

重油の被害はそれだけに留まらない。
ぶっちゃけてしまえば、京一の全身を、まるで土砂降りにあった後のように、頭の天辺から塗り潰していたのである。



黒い血に塗り潰された彼の躯。
もともと黒い学ランを着ており、インナーの赤いシャツは夜闇の所為で黒に近い色に見えるから、滲み込んでも今は目立たないだろう。
だが赤褐色の髪や、血色の悪い肌には、不似合いで。

葵や小蒔が此処にいたなら、どんな顔をしただろう。
そんな事を、龍麻はぼんやりと思考してた、ら。




「たつま」




何処か舌足らずな声だった。

かつり、足音がして。
ぴちゃり、重油の滴る音がした。



数メートルはあった二人の距離が、一メートルを切った。
京一が足を止めた距離は、彼の獲物の間合いだった。




「ころしていいか」




京一が今、木刀を振るえば────恐らく、龍麻の頭は、宙を舞うことになるだろう。
……不思議と、龍麻はそれを怖いとは思わなかった。




「ころしていいか」




三度目の問いかけだった。


重油に塗れた京一は、そのまま闇に解けていきそうな程に、昏い。
そんな中で、いつも強気に前を見据える彼の瞳には、光は宿っているけれど、明滅を繰り返しているように見えた。

彼が何を考えているのか、何を思って先の言葉を口にしたのか、龍麻には判らない。
判らないけれど、判らないままで構わなかった。
龍麻はそんな、京一の言葉の真意云々よりも、もっと気になる事がある。




「京一、僕が死んだら、嬉しいの?」
「……ちがう」
「違うの?」




殺す、と言う事は。
龍麻が死ぬ、と言う事で。

ころしていいか、と言うという事は、死んでくれ、と言っているようなもので。


けれども、京一は否定して。




「……ころしていいか」
「今じゃなくて?」




京一は答えない。
頷く事もしない。
でも否定もしなかった。


今じゃなくて。
今じゃなくて、いつ、殺したい、のだろう。




「おまえが、ここから、きえるときに」




ここから。
ここ、から。

この刃が、届く距離から。


いなくなる時が来たら、その時、は。






「ころして、いいか」






決して、いなくなる事の、ないように。
いなくなる前に、この刃が届く場所で、この手で、









───────だってもう、置いていかれたくない。










2011/03/01

多分、鬼の毒気に当てられたんだと思います。

父の死と師匠の失踪がトラウマで、近しい人がいなくなるのが嫌な京一。
父親は他人の手で奪われて、師匠はいなくなったまま帰って来なくて、今度は龍麻がいなくなったらどうしよう、みたいな。
置いていかれたくない、でも縛る訳にはいかないから、じゃあその時になったら……と言うぶっ飛んだ思考に行き着いたようです。