伸ばした手を、君が捕まえられないと言うのなら、

伸ばした手で、君を捕まえよう。






路地裏で蹲る子猫を見つけた。
足に傷を負って、喉が枯れて、鳴く事も出来なくなって蹲る子猫を見付けた。



どうにも放って置く事が出来ずに近付いたら、毛を逆立てて威嚇された。
痛む足の所為で逃げる事は出来ないから、代わりにシャーと高い音を鳴らす。
けれど、その音も掠れ勝ちに聞こえるだけ。

一歩分は歩けるだろうと思ったから、届くか届かないかの距離で手を伸ばした。
怖がらせない為には、それが多分、良いだろうと思ったから。


けれど、子猫は毛を膨らませて威嚇してくるばかり。



がりがりとコンクリートの地面を引っ掻く爪は、もうボロボロで。
泥と埃に塗れたこんな場所に蹲っていたら、きっと黴菌が入ってしまう。
そうしたら、この子猫は歩くことすら出来なくなるかも知れない。



怖くないよと笑いかける。
子猫はぎりぎり睨み付ける。

何もしないよと囁いた。
子猫はじりじり後ずさり。



一向に埒が明かないので、伸ばしていた手を一度引っ込めた。
どうしたものかと顎に手を当てて考える。

────そうすると、子猫の尻尾と耳が不安そうに揺れた。


それを見て、気付いた、気付く事が出来た。
ああ、この子は怖いだけなんだと。
ヒトの所為で傷付いたから、ヒトの手が怖くなってしまったんだと。

嫌いじゃなくて、怖いんだ。
嫌いじゃないけど、信じた後で、また傷付けられるのが怖いんだ。


信じたいけど、怖くて。
怖いけど、信じたくて。

小さな体で、痛む傷を引き摺りながら、伸ばされる手をじっと見て。
この手はもう自分を傷付けたりしないだろうかと、測ろうとする。
それは疑っているのではなくて、信じてみたいと思うから。



でも、沢山傷付いた後だから。
沢山傷付けられた後だから。




もしかしたら。
自分で信じて、裏切られたのかも知れない。
だから次の手を捕まえるのが怖い。

同じ傷みは、もう抱えたくないと思うから。





もう一度手を伸ばして、子猫の一歩分の距離を詰める。
指先が届く距離になって、子猫はびくりと尻尾を膨らませ、その指に噛み付いた。
精一杯の抵抗の牙は、小さく小さく、震えていて。

噛み付かれた指をそのままに、空いていた手で子猫の体を抱き上げる。
子猫はふるふる震えていたけど、暴れて逃げようとはしなかった。


子猫の震えが収まるまで。
子猫の瞳の怯えが和らぐまで。

ずっと抱き締めて、ただその場に立ち尽くす。
牙が齎す傷みなど、子猫が負わされた傷に比べたら。



……やがて子猫は牙を抜いて、小さな穴の開いた指から滲んだ紅を舐める。







顔を寄せて囁いた。

もう大丈夫。
俺が守ってあげるから。




─────ぽろり、大きくて綺麗な宝石から、透明な雫が零れ落ちた。










2009/06/10

最初は比喩のつもりの八京で、最終的に猫耳でも完全な猫でもOK……のつもりだったんですが、書き上がってから、チビ猫京ちゃんと飼い主八剣のオープニングなんじゃないかと思いました(遅)。
と言うか、先ずコンセプトがブレブレです(滝汗)。