がりがり。
がりがり。

砕ける音が止まない。


見れば、京一が氷を噛み砕いていた。
先ほど出した冷茶に入れていた氷だった。



時期が時期だから、最初は暖かい茶を淹れるつもりだった。
寒空の下を相変わらずの薄着でやって来たものだから、彼の体は案の定、冷え切っている。
だから煎茶の為に湯を沸かそうとしていたら─────言われたのだ、「いらない」と。

客(それも八剣にとっては特別な来訪者だ)に何も出さないのは、気が引ける。
そう言ったら、「じゃあ氷入れた茶」と言われたのである。


この寒いのに、と思ったが、所望されているので希望のまま、冷茶を出した。
すると京一はさっさと茶を飲み干して、残った氷を噛み砕き始めたのである。




「京ちゃん」
「………」




呼んでも、京一は返事をしなかった。
がりがりと氷を砕き続けている。
その音で、八剣の声も聞こえていないのかも知れない。


ややもして、口の中の氷がなくなると、京一は傍らのグラスを手に取った。
が、其処に入っていた氷は、既に自分が食べ尽くしてしまった。

京一はしばしの間、空のグラスを見詰めた後、八剣にそれを突き出す。




「お茶?」
「氷」





お代わりかと問えば、違う、と京一は言う。
求めるのは液体ではなくて、固体だと。

この遣り取りが既に五回ほどに渡って繰り返されていた。


言われるままに、冷蔵庫の冷凍室から氷を取り出す。
グラスに入るだけの氷を入れて、リビングにいる京一の前に差し出す。
奪い取るようにそれを受け取った京一は、躊躇わずに氷を口の中に放り込んだ。

がりがり。
がりがり。

顎を動かして、京一は延々と、氷を噛み砕き続けた。



八剣は円卓を挟んで、京一の正面に腰を下ろした。




「どうしたんだい?」
「……ぁにが」
「ストレスでも溜まってるのかと思ってね」




氷を好んで食べる趣向など、彼にはなかった筈だ。
少なくとも、八剣が見た限りでは。


京一は沈黙する。
がりがり、氷を砕く音だけは続いていた。

じっと見詰める八剣を、京一は胡乱な目で見返す。
答えの言葉を捜している────訳では、なさそうだ。
なんでお前にそんな事を言わなきゃならない、恐らく其方が正解だろう。




「氷食性────と言うものがあるんだけどね。聞いた事があるかい?」
「ねェ」




端的に答えて、京一は次の氷を口に含んだ。




「一種の異食症でね。栄養価のないもの…例えば氷とか、紙とか、土とかね。そういうものを食べたくなる衝動の事だ」
「………ふーん。で?」
「氷を食べたがるのは、貧血症の人間が多いようだけど、京ちゃんはどちらかと言えば血気盛んな方だしねェ」




物騒な日常を送っている少年なので、流血沙汰も少なくはないだろう。
だが見た限りでは、彼が怪我をしている様子もないし、喧嘩沙汰に巻き込まれたと言う風でもない。
そもそも、貧血になるような怪我をした位なら、此処に来るより先に病院に向かう筈だ。




「……で、オレがストレスで氷食ってるんじゃねェかと」
「まぁ、そういう事」




京一は高校生だ。
思春期真っ只中の十七歳で、感受性も豊かな時期である。
日常でも、非日常でも、その琴線に触れる事は多いだろう。


がりり。

強く砕ける音がした。
それからまた直ぐ、新しい氷が彼の口へと放り込まれる。




「ストレスね」
「どうかな?」
「知らね」




がりがり。
がりり。

時々、尖った八重歯が覗く。
塊を挟んで、顎に力を込めて砕くそれは、まるで恨みか何かを持って、氷を砕いているようで。




「今日は一緒に寝ようか、京ちゃん」
「…………はあ?」




何に苛立っているのかは知らないが。
その琴線に何も触れるものがなくなるぐらい、世界から彼を隠してやりたくなった。





2011/02/25

(前回の龍京に続いて)なんだこれ。

京一は色んな事にイライラしそう。
どうでも良い事や赤の他人の事なら、適当に発散して終わりになるけど、仲間内に関してはどうかなぁ。発散しても、また会う訳だから。
夏頃までは葵や小蒔と色々揉めてたけど、その分、言いたいこと言ってしまえてたんじゃないかな……仲良くなると逆に言わない・言えなくなる事ってあるもので。言う程でもないし、言う気もないけど、ストレスになっちゃう。

……まぁ単に氷を食べてる京一が書きたかっただけです。