京一は、接触嫌悪だ。
自分から触れるのは構わないようだが、触れられるのは不快らしい。

なのに、こんな事をする、矛盾。




「あー……だりィ……」




明日は平日、彼はいつも通り学校に向かう。
そろそろ学年末テストがあると言うが、八剣は彼が勉強している所を見た事がない。

ついでに受験はどうしたのだろうと思うものの、部外者である八剣が突っ込んで良いのかは判らなかったので、結局其処について問い出したことは一度もなかった。

そんな京一は現在、情交の名残を残した裸身のまま、八剣のベッドでごろごろしている。
日々の不摂生で血色が悪いのか、意外と日焼けしていない脚が時折シーツの隙間から覗く。
悪戯に其処に手を這わせると、胸に肘を打って「やめろ」と無言で怒られてしまった。




「だりィ。テストめんどくせー……もうガッコなんか爆発しろ」
「物騒だねェ」




一つしかない枕を抱き込んでいる京一。
八剣は自分の腕を頭に敷けば問題なかったので、傍若無人な彼を咎めたりはしない。




「誰だ、テストなんてモン作りやがったのは」
「遠い昔の賢い人かな」
「タイムマシンでもねェかな。抹殺してやんのに」




ブツブツと呟く京一は、余程フラストレーションが溜まっているらしい。


……まあ、そうでなくては此処には────八剣の下には、来ないだろう。




「テストさえなきゃ、オレのスクールライフは順風満帆バラ色ってもんだったんだ」
「テストがなければ、ねェ」
「ああ。いや、勉強さえなきゃ、だな」




それでは、何の為の“学校”なのやら。
幼稚園だって保育園だって、何かしら子供達に勉強させながら育む機関だ。
京一の嫌いな勉強をさせなかったら、最早単なる集会場になる。


文句ばかりを垂れる京一の髪を梳く。
今日は彼が気を失っている間に八剣が洗ったから、さらさらと指通りが良い。
やはり傷んでいるよりこの方が良い、と思っていたら、ぱしっと裏手で払われてしまった。

払われた手を下に下ろして、鍛えている筈なのに細い腰を抱く。
直ぐにぎゅううう、と手の甲の皮膚を抓られた。




「どうせオレの頭にゃ入りきらねェ事ばっかだ。定理だのなんだの…理学博士になる訳じゃあるめェし、生活に必要ねェだろ」
「まあねえ。でも、知っておけば何かに使えるかも知れない。知識と言うのは、余分にはなっても、邪魔なるものじゃない」
「覚えた分だけ、他の事忘れるから邪魔だ」




生き物の記憶容量には限界がある。
最初は空っぽだから幾らでも吸収し、覚えて行くが、いつかはそれも溢れ出す。
染み付いた記憶は中々消える事はないが、それでも記憶の片隅に置いていた何某かの出来事は、確かに薄れて埋もれていくのだ。

注がれた水が溢れ出した時、溢れた分はいつ頃注ぎ込まれた分だったのだろうか。
使うのか使わないのか判らない言語や数式の代わりに忘れた記憶は、果たしてどの部分でどれ位大切な記憶だったのだろうか。


シャンプーに含まれた芳香剤の匂いがする。
肩口に顔を埋めて堪能していると、本日二度目の肘鉄を打たれた。




「気持ち悪い。止めろ」
「いいじゃない」
「良くねえ。気持ち悪いっつってんだろ」




見えない彼の顎に手を当てて、指先で顔の形を辿る。
下唇をゆったりなぞって、直ぐに引っ込めると、ガチッと危険な音がした。

チッと心底残念そうに舌打ちして、京一は起き上がる。




「お前、鬱陶しい」
「酷いね。スキンシップなのに」
「気持ち悪い」




三度も同じ言葉を言われたが、八剣は特に傷付きはしなかった。
思い切り軽蔑の眼差しを向けられている事も、気にしない。


ベッドを出て行こうとした京一の手首を掴む。
此方へ強く引っ張ってやれば、うわ、と裏返った声があって、細い肢体が倒れ込んできた。
抗議のようにベッドのスプリングが軋んだ音を立てる。

予期しなかった視界の回転に現状把握が追いつかないのか、きょとんとしている京一の復帰を待たず、その腕をベッドに縫いつけた。
発展途上の体を組み敷いて、顎を持ち上げ、口付ける。




「────ん…! ふ、ふぁッ……!」




ちゅく、と淫らな音が鳴る。
逃げを打とうとして足がじたばたと暴れたが、繰り返し舌を絡め合う内に大人しくなった。

わざとらしく音を立てて、激しいキスをする。
髪を引っ張ったり、肩を叩いたりと抗議していた腕は、いつの間にかぱったりとシーツの波に落ちた。
いつも尖っている強気な眦はとろりと溶けて、熱を宿す。



……京一は、接触嫌悪だ。
自分から触れるのは構わないようだが、触れられるのは不快らしい。

だからこうして触れるのも、きっと不快なのだろう、けれど。




「んッ……ぁ……」




まだ情交の余韻を宿しているであろう肌に触れれば、淡い声が零れ落ちる。
浮いた鎖骨に指を這わせば、やめろ、と低い声が吐かれたが、八剣は聞こえなかった事にした。

唇を離して呼吸を解放すると、不足した酸素をすぅと補ってから、じろりと睨まれる。




「やめろ。だりィ」
「聞かないね。俺は物足りない」
「オレは疲れてる。明日も疲れるんだ、テストの所為で。単位落とすとあいつらが煩い」




そんな事を思うのなら、先ず最初に此処に来るべきではない。
この部屋に、このテリトリーに入った時点で、こうなる事は明白な筈なのだから。
明日のテストがそんなに心配なら、親友でも懇意の店でも行って、一夜漬けするべきだ。

しかし、少年はそれらをしないで此処に来た。




「……触るなっつってんだろ、気持ち悪い」
「じゃあ、そういう顔は止めた方がいい」
「はあ? 何言って─────」




無視して、もう一度キスをした。
舌を絡めて、遊んで、ゆっくり離す。




(ほら、その顔)




……多分、彼は知らない。
キスをした後、離れた瞬間、自分がどんな顔をしているか。







(置いていかれた子供みたいに、泣きそうだ)







触れられるのが嫌なのに、離れていくのはもっと嫌。

なんて、わがまま。










2011/03/12

色気を盛り込んだ筈なのに、殺風景だな。
思考と行動が無意識に矛盾してる京一が書きたかったんだけど、これは玉砕ですね…