ぷつり、途切れるように。





まるで糸から離れた傀儡のようだと。
床で眠る少年を見て思う。



また何があったのか。
八剣は、散らかり切った自分の部屋を見渡して、溜息を吐く。


マメな性格ではないが、八剣は自分の部屋の掃除は定期的に───と言うか、毎日行っている。
部屋の内装の配置は自分の拘りで、あの和机の横には桐の小棚があって、その上には小物があって、と言う具合に。
埃が溜まるとそれらがみすぼらしくなってしまうので、それを避ける為に、小まめに布巾で埃を払う程度はしていた。

加えて、そもそも八剣は物を散らかすような性格はしていない。
読み終えた本は元の場所に、食べ終えれば茶菓子を入れていた皿は洗って片付けるようにしていた。



────それがどうして、この有様。




「また随分と、暴れたみたいだねェ」




キッチンの横は陶器の破片、水道の蛇口が全開になって水が出しっ放し。
床の所々に赤い斑点があって、後で手当てしないと、と思う。


リビングはもっと酷かった。

座布団は裂けて綿が飛びで、先日新調した筈の枕からもそば殻が零れて散っている。
棚の上に置いていた猫の形のガラス工芸は、あった場所にはなく、その下で色つきガラスがきらきら光っていた。
箪笥の角が欠けていて、床を見ればズレた後があり、一体どれ程の衝撃を食らわされたのか疑問になる。
テレビは無事だったが、その下にあったDVDデッキのタイマー表示がエラーになっていた。
フローリングの上に敷いた畳の一部が破れ、ボロボロに引き千切られている始末。

そして此方にも、所々に赤い点。
床に落ちたベッドの掛け布団も被害に遭っていて、洗わなければと八剣は溜息を吐いた。



……その真ん中で昏々と眠る、京一。
腕と足から血が出ていた。




「京ちゃん」




呼んだが、返事はなかった。
夢も見ない程に深い眠りであるらしく、気配に敏感な彼には珍しく、身動ぎ一つしない。



時刻は夜。
八剣は、部屋の電気を点けていない。

帰ってきた時点で、室内の異常さには気付いていたが、八剣は特に慌てなかった。
ああまたかと思っただけで、苛立ちもなければ、呆れもなく、何度か吐いた溜息は惰性から漏れただけ、特に意味はない。


キッチンは陶器の破片、リビングはガラスの破片が飛び散っているから、本来なら電気をつけるべきだ。
僅かなカーテンの隙間から零れてくる月の光だけでは、人間の視界には足りない。

けれど、八剣は気にしなかった。
だって電気をつけたら、京一が起きてしまうではないか。
ようやく眠れたのだろう子供を無碍に現実に引き戻すのは、忍びない。




「やれやれ。手のかかる」




つぶやいて、八剣は京一を抱き上げてベッドに寝かせた。


部屋の中を適当に片付ける。
裂けた座布団や枕はゴミ行き、倒れたインテリアは取り合えず起こしただけで、壊れていないかは確認しない。
ガラスや陶器の破片も箒で掃いて、念の為に今日はスリッパを履いておく事にする。

棚の中から救急箱を取り出して、ベッドに戻った。
腕と足に刺さったガラスをピンセットで抜いて、消毒し、絆創膏を貼る。



一通りの処置を済ませて、八剣はふと、窓から差し込む月明かりを見た。




「─────ああ、」




その瞬間に理解する。
この部屋があんなにも荒れた理由を。

彼が理性と言う糸を手放した、その訳を。




「怖かったね」




ベッドに戻って、京一の頭を撫でた。






窓から差し込む細い光は、赤い色を放っている。








2011/06/18

荒れてるって言うか、弱ってるって言うか、病んでるって言うか。どれだ…?
赤い光云々については、八京短編「Visual hallucination」にて。