………自分だって、嫌がってるくせに

















Is the nickname necessary?

















……両親が東京に来た。
義理、だけど。

でも、大好きな人たち。




ちょっと柄でもない気はしたけど、そわそわしてた自覚はあった。
色んなところ案内してあげたかったし、田舎にないものも沢山あるし……
何より、あの人達に逢えるって事が、何より嬉しかったんだ。

食べさせてあげたいものとか、沢山あって。
その中には、真神学園で出来た友達から教えてもらったものも沢山あった。
皆の事は手紙に一杯書いたけど、やっぱり言葉でも伝えたかった。
僕は今、こんなに素敵な人達と一緒にいるんだよって、言いたくて。


その為にあちこち歩き回って、面白いものとか、両親が喜びそうなものを探し回った。
遠野さんに聞いたら手っ取り早いだろうとは思ったけど、自分で探して、自分で見て、自分で決めたかった。

でもそうすると、皆と一緒にいる時間が少し減ってた。
特に、転入した初日から不思議に思う暇もないくらい一緒にいた京一とは、すっかり会話が少なくなっていた。
帰りにラーメン食べに行こうって誘われて、それは凄く嬉しかったんだけど、僕は結局断わった。
両親が来るまでそんなに時間が無かったから、なるべく沢山の場所を見回って起きたかった。
あと、両親が喜びそうな土産物とかも、少し見繕っておきたくて。




しばらくは東京巡りに夢中になっていたけど、何日かして、ふと気付いた。
ラーメン食べに行こうって言うのを断わった時の、京一の表情に。



怒っている、とまでは行かなかったと思う。
唇とんがらせて、子供が拗ねたみたいな顔だった。
自覚してなかったんだろうなぁ、多分。

他にも、醍醐君や桜井さんや美里さんにも声をかけられたけど、それも断わった。
遠野さんからは来週の新聞に、ってインタビューをお願いされたけど、それも今度にしてもらった。


─────これはもう、そわそわしてたなんてレベルじゃなかったかな。
もうすっかり浮かれちゃってた訳だ。

友達を放ったらかしにしちゃって。




だからこれは、その仕返しなんじゃないかなと思う。







「ひーちゃん」









陶芸家の父に遠野さんがインタビューをしていて、醍醐君が感心したように父の話を聞いていて。
美里さんと桜井さんは母と話をしていて、内容はあまり聞こえないけど、盛り上がってるみたいだった。

そんな風にいつものメンバーが集まっている中、これもまたいつものように、僕の隣にいるのが、京一で。




「いいじゃねーの、ひーちゃんって。親しみ易い感じするぜ」
「……京一……」




母が僕を呼ぶ時の、あだ名。
真っ先に反応を示したのが京一だった。




「可愛いなー、ひーちゃん!」
「……やめてよ…」




肩を寄せながら連呼する京一に、僕はフードを頭に被って、俯いて呟いた。


別に、本気で嫌な訳じゃない。
母にそう呼ばれるのも、父がそれを見て微笑んでいるのも。

ただ、その………恥ずかしいのだ、早い話が。

一応、これでも高校三年生なんだから。
両親が来るって事ではしゃいでいた事も今考えればちょっと恥ずかしい。
その上、あだ名が“ちゃん”付け………
両親に呼ばれることに抵抗はないけど、周りに知られるのはやっぱり……ね。



………こういう事も、多分に予想出来てた訳で……





「オレ、これからお前の事、ひーちゃんって呼ぼうかねぇ?」





京一は、フードで隠した僕の顔を覗き込んでは来なかった。
代わりに肩に回された腕がぐいぐい引っ張ってて、ちょっと窮屈で、ちょっとくすぐったい。



…このまま黙ってたら、これからそう呼ばれるようになるんだろうか。
ちょっと考えて、悪くは無いかも───と思ってから、やっぱりなんだか恥ずかしい。

何が一番恥ずかしいって、繰り返すけど“ちゃん”付けだ。
その上、京一からの僕の呼び名は、なんとなく最初から“龍麻”だった。
あれから三ヶ月あまりが経つけれど、急に呼び名が変わると奇妙な感覚になる。
突然だったら、尚の事。




「……龍麻でいいよ」
「あ? 何水臭ェ事言ってんだよ、ひーちゃん」
「……京一、ひょっとして遊んでる…?」




口を開くたびに呼ばれるものだから、そんな気がして問い掛けてみた。

フードを少し捲って京一の顔を見てみると、にやにや楽しそうな顔。
……やっぱり遊んでる。



フードを取った所為だろう。
両親と美里さん達の会話が、クリアになって聞こえてきた。

母が僕の手紙の内容を、美里さんに話して聞かせている。
…彼女の事は確かに書いたし、嘘は言ってないけど…やっぱりそれも恥ずかしい。
どの事を母が言ったのか僕には判らなかったが、美里さんは頬を染めて笑っていた。
その横で桜井さんが自分を指差している。
彼女の事も勿論書いた、醍醐君や遠野さんの事だって書いたし、マリア先生の事も書いた。

……此処で僕で遊んでる京一の事も、書いた。


皆、大切な人達ですって。


………お願いだから、皆の前でそれだけは言わないでほしい。
だってすっごく恥ずかしいじゃないか、そんなの……




って言っても、今の僕には、連呼されるあだ名の方が恥ずかしいんだけど……





「おーい、ひーちゃん」
「………」
「返事しろって、ひーちゃん」




いつも持っている木刀の先でツンツンと頭を突かれた。


だから…恥ずかしいんだってば。
京一だって────────………









「何? 京ちゃん」







ピタリ、京一が固まった。
不意を突かれたみたいな顔して。



京一は、結構強面だと思う。

素面では醍醐君の方が強面かも知れないけれど、彼の場合、雰囲気がそうじゃない。
なんだかおっきな森のクマさんみたいな感じで、桜井さんと一緒にいると特にそう。
眉尻が下がっている事が多いから、あまり怖いとは印象が付かない。

反対に京一の方は、目尻も眉も吊り上がってて、顰め面みたいな顔をしている事が多い。
結構キツい事も言うし、ピリピリした感じもあって……うん、強面なんだろうね。
眉間に皺寄ってたり、にぃーって笑うと八重歯が牙みたいだし。



でも、あだ名は“京ちゃん”なんだ。
でもって、呼ばれると絶対に、






「京ちゃん言うな」






…半分は反射反応だと思う。
ラーメン屋のコニーさんとかに呼ばれる度に、すぐ言ってるのを僕は何度も見た。

初めて聞いた時は、案外可愛い呼び方されてるんだなぁと思った。
顔を見たら拗ねた感じで、言うなって言う割には、そんなに怒った感じじゃない。
多分恥ずかしかったんだ、“ちゃん”付けで呼ばれるのが。



「いいじゃん、京ちゃん。親しみ易い」
「言うなっつーの」
「京ちゃんが先に言い出しただろ」
「ちょっとノっただけだろが」
「じゃあ、僕もちょっとノっただけ」



中身のない言い合いだ。



「なんか可愛いね、京ちゃんって」
「はぁ?」
「うん、確かに親しみ易い感じする」
「呼ぶなよ」
「なんで? いいじゃん、京ちゃん」
「やめろって」



さっきとは丸っきり立場が逆転した。
特に意味はないが、悔しく思う比率は違う。




「京ちゃん」
「やめろっつの」
「どうして? 京ちゃん」
「……ンなろ……」



京一の尖った八重歯が覗く。
そうすると、見た目強暴さ三割り増し。
僕は、すっかり見慣れたけど。

多分、今、どうやって僕に更なる仕返しをするかで頭を高速回転させている。
僕はどうやってそれを回避しようか、一所懸命考えている。


……行き着く先は、結局一緒のような気がする。





結果。







「京ちゃん」


「ひーちゃん」








殆ど同時、綺麗にハモって聞こえた二つのあだ名。





「似合ってんじゃねーか、ひーちゃん」
「京ちゃんはちょっとイメージ違うね」
「じゃ呼ぶの止めろよ」
「それはヤだな」




だって。
今僕だけ止めたら、負けになっちゃうし。
京一が僕を一方的に“ひーちゃん”なんて、なんだかズルい。


いつだって隣に、同じ位置にいるんだから。
こういうのも一緒がいい。




「ねぇ、これからも京ちゃんって呼んでいい?」
「呼ぶな。呼んだら殴るぞ」
「京ちゃん怖いよ」
「呼ぶなっつーの!」




宣言どおり、拳が飛んできた。
木刀じゃなくて良かった、あれは完全に凶器だ。
特に京一が持っていると。



どうやら、京一はこのあだ名がよっぽど恥ずかしいらしい。
僕は両親からずっとそう呼ばれていたから、諦めがついたのもあるだろう、それほど抵抗はなかった。

知られた直後は、高校三年生の男が“ちゃん”付け……という事に少し恥ずかしかったけれど、
よく考えたら京一も同じなんだと思うと、気付いた時には開き直った感じになった。
そもそも、あだ名というのは、特に親しみを込めて相手を呼ぶ時に使うもの。
京一に呼ばれる事を思ったら、いつの間にか、嬉しい気持ちの方が勝っていた。


でもやっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
…特に、連呼されると。

……だって、“ちゃん”付けだし。




「いい加減にしろよな、ひーちゃん?」
「京ちゃん、笑った顔が怖い」
「おめー程じゃねえよ」
「普通に笑ったら、京ちゃん結構可愛いのに」
「誰がだぁっ!!」




二重の意味で逆鱗に触れたらしい。
今度は思いっきり木刀が振られた。
避けられると判っての一撃だったけど(だって距離が足りなかったし、踏み込みも甘かったし)。



それにしても。
両親の前でこんなアクロバットなスキンシップはどうだろう、と少し思った。
逢って即決闘みたいな事になったなんて、まさか手紙には書いてない。
木刀持って息子が追い回されたりしたら、やっぱり慌てるものだろうか。

と、思ったのだけど、両親はどちらも楽しそうに笑っていた。


ああ、判ってくれてるんだと思った。
京一の事も、皆の事も、僕が今楽しいんだって事も。
判ってくれてるんだと。





「ひーちゃん、ちょっと其処に直りやがれッ!」
「やだよ、京ちゃん怖いもん」
「京ちゃん言うな!!」





怒った所為か、何度も言われたからか。
京一の顔は赤くなっていた。











可愛いなぁ、京ちゃん。












オチなんてある筈もなく………つらつらと書いてみました。
初の魔人小説、しかもアニメで気持ちは龍京。

皆にあだ名が知れた時、やたらと龍麻が恥ずかしがってて、京一が面白がってたので妄想してみました。
あれぐらいの歳の男の子は、“ちゃん”付けに抵抗あるんじゃないかと……。


途中まで京一優勢だったのに、気付けば最強黄龍の器。
いつの間にか京ちゃんイジメになってしまった……