慈母の目覚め


 スコールが生まれた時、エルオーネは四歳だった。
初めて見た自分より小さな小さな生き物は、ふわふわと柔らかくて暖かくて、とても可愛らしくて、エルオーネは夢中になった。
それを見詰める兄の瞳も、また、愛しさと慈しみに満ちていたと、その時のエルオーネは知らない。

 エルオーネが生まれたのは、広い世界の隅っこにあるような、小さな小さな村だった。
両親の顔は写真で見ていただけだが、どんな人だったのかは、人伝に聞いた。
優しくて、母がしっかり者で、父は少しのんびりした人だったと言う。
写真に写る二人はとても幸せそうで、それを見るだけでエルオーネはなんだか嬉しくなれた。
両親の幸せの結晶が自分である事を、無意識に感じ取って。

 両親がいない事を、寂しいと思ったことはない。
それ以上に、エルオーネを愛してくれる人がいた。
生まれた時から面倒を見てくれている兄のような存在であるレオンと、その両親から、エルオーネは沢山の愛情を貰った。
兄は優しくて強くて格好良くて、兄の母は厳しくて優しくて綺麗で、兄の父は優しくて面白くて楽しい。
だからエルオーネは寂しくなんてなかったのだ。

 エルオーネには怖いものがあった。
ぶちゅぶちゅの虫や、ぶんぶん飛び回る虫だ。
見ると気持ち悪くて怖くて泣いてしまう。
兄の母の───いや、エルオーネにとっては彼女も母だった。
とにかく、その母が丹精込めた花畑で遊んでいると、どうしても虫が出てくる。
怖くて泣くと、レオンが跳んできた。
花畑の外でなら、レオンは虫をやっつけてくれる。
けれど、花畑に虫は必要なものだったから、レオンは悩んだ末に、土の下に埋めたり、追い払ったりして、エルオーネを守ってくれた。

 エルオーネは四歳になった頃から、レオンと一緒に、母が経営するカフェバーを手伝うようになった。
メニュー表をお客さんに渡して、注文を貰って母に伝える。
その隣で、レオンが注文された料理やジュースをお客さんに運んでいた。
「エルもはこびたい」と言うと、レオンは困った顔で「もう少し大きくなったらな」と言った。
その度にエルオーネは丸い頬を膨らませて、拗ねた顔をして見せる。
レオンはその顔に弱かった。

 レオンは、母によく似ていた。
顔立ちもそうだし、しっかりとしているし、父のようにおっちょこちょいではないし、性格も髪色も母譲り。
けれど、エルオーネに弱いところは、母より父に似た。
エルオーネは、父とレオンに叱られた記憶がない。
父は何をしても笑って許してくれて、レオンはやり過ぎると怖い顔をするけれど、彼はそもそも怒ると言う行為が苦手だったから、しばらくエルオーネを怖い顔で見つめた後、溜息を吐いて「もうやるなよ」と言うのが精一杯だった。

 だからエルオーネを叱るのは、専ら母の役目だった。
イタズラが行き過ぎたり、ワガママでレオンを困らせていると、必ず母が「お兄ちゃんを困らせないの」とエルオーネを嗜めた。
もっと小さな頃は、それでも泣いて困らせたエルオーネだったが、母は強し。
「やってもいいけど、おやつ抜き!」とか、「こっちをお願いするから、あっちはダメ」とか言った具合に、エルオーネを上手く操縦した。
他の子供達との度胸試し遊びに混じって、村の外を出た時には、後でしこたま怒られた。
父が「エルも反省してるって」とか、兄が「エルももうしないだろう?」とか庇ってくれたけれど、母は厳しかった。
おまけに「二人が甘やかすからこうなるの!」とレオンと父にまで説教が飛び火した。
綺麗な顔を般若の如く歪ませて怒る母は、村の外で見かけた魔物よりもずっと怖くて、怒っている母には絶対逆らっちゃ駄目なんだと、エルオーネは知った。

 物心ついてしばらくすると、父が村を出て行った。
その直前に怖い顔をした大人が村に来ていたけれど、エルオーネはそれを知らない。
その翌日から父がいなくなって、長い間いない日々が続き、返って来たと思ったら怪我をしていて、次の日になったらまた村を出て行く。
何をしに行っていたのか、エルオーネは知らなかった。
ガルバディアとエスタが戦争をしている事なんて、幼いエルオーネには意味も判らなかったし、“戦争”と言う言葉も知らなかった。

 それでもエルオーネの日々は、変わらず、穏やかだった。
レオンと一緒に母の店の手伝いをして、花畑の手入れをして、レオンと母とあったかいご飯を食べて、夜になったら三人一緒に眠る。
次に父が帰ってくるのを楽しみにしながら、一日一日がゆっくりと、平穏に過ごしていく。
それがエルオーネの日常だった。

 それが壊れたのが、エルオーネが五歳の誕生日を迎える前の事。

 花畑の向こうから現れた、全身銀色の生き物(らしきもの、としか当時のエルオーネには判らなかった)は、エルオーネを抱えたレオンを突き飛ばし、エルオーネを取り上げた。
何が何だか判らなくなって、怖くて堪らなくなって、レオンを呼んで泣いた。
レオンもエルオーネを呼んだ。
その声を聞いた母が家から飛び出してきて、銀色の生き物は母にナイフを向けた。
レオンがその銀色に跳び付いて、刃がレオンを切り付けた。
真っ赤な色が飛び散って、エルオーネは泣いてレオンを呼んだ。

 レオンは、直ぐには倒れなかった。
母に迫ろうとする銀色の前に立って、額から血を流しながら、銀色を睨み付けた。
エルオーネがあんなにも怒ったレオンを見たのは、後にも先にも、あの一回きりだ。
レオンは「エルを返せ」と言った。
銀色は十に満たない子供に恐れを成したように、エルオーネ一人を抱え、村を逃げ出した。
あの時、レオンが既に意識が残っていなかった事を、エルオーネは勿論、母も知らない。

 エルオーネを連れた銀色は、見た事もない場所に彼女を連れて来た。
山や森は愚か、草花も木も川さえもない、無機物だけの世界。
それがエスタと言う国だった。
エルオーネや村の子供達は、昔は方々を歩き回ったと言う父から、外の世界の話を沢山聞いていたけれど、こんな世界があったなんて聞いた事がなかった。
無理もない。
ガルバディアとの戦争が起きる以前から、エスタは地形条件もあり、外国の人間がおいそれと近付けるような国ではなかった。
だから父もエスタの事は伝聞でしか聞いた事がなく、子供達に話して聞かせられる程、国の姿も知らなかったのだ。

 エスタは、幼いエルオーネにとって、とても冷たくて寂しい国だった。
よく判らない建物の中に閉じ込められて、よく判らない機材やケーブルに囲まれて、毎日何かを調べられる。
分厚いガラスの向こうで、変な形をした人と、白い服を着た大人が沢山いて、エルオーネを見ながら何かをずっと話していた。

 エルオーネは寂しかった。
寂しくなって泣いた。
泣いて、母と、父と、兄を呼んだ。
兄は何処にいても呼べば飛んできてくれた。
だから呼んだ───けれど、兄は来てくれなかった。
寂しくて悲しくて、声が枯れる程に叫んで泣いたけれど、誰もそれに答えてはくれなかった。
唯一、エルオーネを慰めてくれたのは、何かの拍子に建物の中に迷い込んだ、着ぐるみのような赤い生き物だけだった。

 ずっと建物の中に閉じ込められて、小さな窓から外を見ても、エルオーネが其処に見知った色を見つける事は出来なかった。
山も森も川もない、ただただ歪曲した形のビル群が並ぶだけ。
空はよく知る色をしていたけれど、寂しさと悲しさで塗り潰されたエルオーネの眼には、見える空が故郷で見た空と同じものだとは思えなかった。

 帰りたいと思った。
帰ろうと思った。
閉じられた扉を叩いたり、機材を弄りに来る大人に「ここから出して」と言った。
けれど、皆エルオーネの声は聞こえていないかのように、反応すらしなかった。

 小さな子供にとって、そんな日々は正に地獄のようだった。
一瞬が十秒に、一分が一時間に、一日が一年のようにも感じられた。
知らない世界に一人ぼっちで放り出されて、それでも無心に助けを待っていられる程、エルオーネも鈍い子供ではなかった。
頼れる人が誰もいない。
自分の居場所が判らないから、そんな所に誰かが助けに来てくれるとも思えなかった。
だって、何処にいたって飛んできてくれた筈の兄ですら、幾ら呼んでも来てくれなかったのだから。

 どうして自分がこんな思いをしなければならないのか。
どうして誰も迎えに来てくれないのか。
エルオーネの疑問に答えてくれる人は、最後まで現れなかった。
でも、それで良かったのだと、後になってエルオーネは思う。

 迎えに来てくれたのは、父だった。
父は泣いているエルオーネの下に現れると、真っ先に抱き締めて、頬擦りしてくれた。
嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、泣いていた事も、ずっと寂しくて堪らなかったことも忘れて、エルオーネは父に抱き着いた。
父の後ろに友人だと言う人と、今までエルオーネを見ても何も言わなかった白服の大人の人達がいた。
父と友人達は、その人達と難しい話をしていて、エルオーネにはその内容はさっぱり判らなかった。
その時のエルオーネは、大好きな父が迎えに来てくれた事で頭が一杯だった。

 迎えに来てくれた父は、知らない国に残って、エルオーネだけが母と兄の下に帰される事になった。
エルオーネは離れなければならないのが嫌で、泣いて離れようとしなかった。
大人達が困った顔でエルオーネを見ていたのを覚えている。
父は、大人達と一緒にやる事があるんだ、と言った。
自分と一緒にいるより、知らない大人の人達を優先されているのが悲しくて、エルオーネは益々泣いた。
父は益々困って、「大丈夫だ、エル。絶対帰るよ。絶対だ。ただ、ちぃーっと時間がかかるだけなんだ。絶対帰って来るから、エル、お前は皆に、俺は元気でやってるよって伝えて欲しいんだ。絶対に帰るからって伝えて欲しいんだ」と言った。

 絶対に帰るから。
そう言った父とエルオーネは、指切りげんまんをして、さよならをした。
ようやく迎えに来て貰えたのに、すぐに離れ離れ。
ひっそり知らない国を離れる最中、エルオーネはずっと大きな体の父の友人に抱き着いていた。
そうして、ずっとずっと、離れて行く知らない国を、其処に残る父を見つめ続けた。

 エルオーネが父の友人に連れて来られたのは、山の向こうの向こうにあった、小さな小さな村ではなかった。
海の真ん中にぽつんと浮いた島国で、潮の香りがそこかしこで鼻をくすぐる。
どうして故郷じゃないのだろう、と思ったエルオーネを迎えたのは、額に大きな傷痕を残した兄と、大きなお腹を抱えた母だった。

 レオンはエルオーネを抱き締めて、「ごめん」と何度も謝った。
母と同じ蒼い瞳に一杯の涙を浮かべて、「守れなくてごめん」と言った。
母は、涙を浮かべるレオンと、レオン同様に家族に会えた安心感から涙と笑みを零すエルオーネを、二人一緒に抱き締めてくれた。
ほんの数か月ぶりの柔らかくて甘くて、優しい匂い。
生まれた時から自分を包み込んでくれていたそれに、エルオーネは本当に安心した。
父が迎えに来てからも、心の何処かでずっと張り詰めていた緊張の糸が、ぷつんと切れたのを感じた。

 再会を喜んでから、エルオーネが攫われた後、村人達が皆村を出た事を聞かされた。
仲の良かった子供達の多くは、この島国とはもっと違う所に行ったと言う。
エルオーネは少し寂しかったけれど、知らない場所で一人ぼっちで閉じ込められていた事に比べたら、寂しくないと思えた。
何より、此処には大好きな人達がいるのだから。

 それから、大きくなった母のお腹に触った。
其処にあるのが、まだ見ぬもう一人の家族のものだと、小さなエルオーネにも判った。

 だから母はあまり動く事が出来なくなっていたのだけれど、母の代わりにレオンがエルオーネの面倒を見てくれたし、レオンとエルオーネの周りには、他にも何人かの子供がいて、その世話をしてくれる夫婦がいた。
子供達の中でレオンは一番年上で、エルオーネ以外の子供の面倒も見ていたけれど、いの一番はやっぱりエルオーネだった。

 けれど、母が横になる時間が増えるにつれて、レオンが落ち着かなくなった。
エルオーネの前でもぼんやりする事が増えて、母の傍にいる事が増えた。
エルオーネも兄と母と一緒にいたかったから、一緒に遊びたがる子供達にごめんなさいを言って、二人と一緒に過ごした。
あの時、レオンが母の傍からあまり離れようとしなかったのは、とても大切な時間が近付いていたからだったのだと、後になってエルオーネは知る。

 その刻が訪れたのは、夏の夜のこと。
一緒に寝ていたレオンが目を覚まして、つられてエルオーネも目を開けた。
すると部屋の外がばたばたと慌ただしくなっていて、それを見たレオンは部屋を飛び出し、エルオーネもそれを追い駆けた。
慌ただしさで他の子供達も目を覚まし、何が起きたのかと集まり出した。
夫婦はそれを宥めて、レオンとエルオーネだけを残し、部屋に帰してもう一度眠らせた。
レオンとエルオーネだけが眠らなかったのには、理由がある。

 レオンもエルオーネも、眠気を堪えて、一夜を明かした。
扉の向こうで聞こえてくる母の苦しげな声に、「死んじゃうの?」とエルオーネは不安になってレオンに聞いた。
レオンは首を横に振った。
けれど、そう答えたレオンも不安そうな顔をしていた。
妹の手を握るレオンの手が震えていたのを、エルオーネは覚えている。
怖い訳ではないけれど、レオンもまた、不安だったのだ。
彼は、少なくともエルオーネよりも大人で、色々な事を色々な人から聞いていたから、心配事も不安事も、全て知っていて一人で抱えていた。

 命の誕生の声を聞いたのは、明け方のこと。
兄妹揃って眠気に引き摺られかけた所に、その声は響いた。
二人は直ぐに跳び起きて、母のいる部屋の扉を開けた。
果たして其処にあったのは、小さな小さな命を抱いて淡く微笑む、母の姿だった。

 エルオーネは、腕に抱かれた赤ん坊に触れた。
柔らかくて暖かくて、小さくて、愛らしい。
母の腕で泣きじゃくる赤ん坊は、レオンとエルオーネを見て、少しだけ泣くのを止めた。
「お兄ちゃんと、お姉ちゃんよ」と母が言って、そうだ、お姉ちゃんになったんだ、とエルオーネは知った。
レオンがそっと母から赤ん坊を受け取って、エルオーネと一緒に覗き込んだ。
母と兄と同じ蒼い瞳が、エルオーネとレオンを見た。

 赤ん坊は、男の子だった。
弟だ。
弟が出来た。
エルオーネは嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
お姉ちゃんになったんだから、私がこの子を守らなきゃ。
だってレオンは、お兄ちゃんは、いつだってエルオーネの事を守ってくれたのだから。

 一人ぼっちにされた世界から、父が迎えに来てくれて。
家族の下に帰って来て、新しい家族が出来て。
これで、父が帰って来てくれれば、エルオーネの家族が皆揃う。
早くその日が来ればいい。
エルオーネはそう思った。

 けれど、思い描いていた幸せの風景は、どんなにエルオーネが願っても、やって来る事はなかった。

 弟が生まれて間もなく、母が死んだ。
そして故郷を奪った戦争が終わり、父は帰って来なかった。
残されたのは、まだ小さな子供達だけ。

 母が死んだ日、弟は泣いた。
エルオーネも泣いた。
レオンだけが泣かなかった。
けれど、とても苦しそうな顔をしていたのを、エルオーネは覚えている。
エルオーネが兄と母に帰った時よりも、ずっとずっと苦しい顔をしていた。
レオンは、エルオーネと弟を抱き締めた。
そのレオンを包み込んでくれる人は、もういない。

 小さな島国の、小さな花畑の傍に、母の墓が作られた。
其処には母の名前と共に、戻らない父の名前も刻まれた。
刻んだのはレオンだ。
母が死んだ日からこの日まで、兄は涙の一つも見せず、面倒を見てくれる夫婦と共に、事務手続きやら何やら、必要な事を全て済ませて行った。
泣かない兄を誰かが「冷たい奴」と言ったけれど、それは違うとエルオーネは知っている。
兄は泣かないのではなく、泣けなかった。
自分が泣けば、妹も弟も泣いてしまうから、兄はずっと唇を噛んで堪え続けた。
そうしながら、妹と弟の前では笑ってみせるのだ。
「大丈夫だ」と、その言葉だけを繰り返して。

 大好きだった母がいなくなって、大好きだった父が帰らなくて。
エルオーネは泣いた。
寂しくて、悲しくて泣いた。
それに呼応するように、小さな小さな弟も泣き続けた。

 エルオーネが泣くのを止めたのは、兄が一人で弟と向き合っているのを見た時だった。
レオンはエルオーネが見ていた事に気付いていなくて、エルオーネには背を向けたまま、泣き疲れて眠る弟を腕に抱いていた。

 レオンは、弟を抱き締めた。
そして呟く。
「絶対に守るから」と。
「だからお前は、此処にいてくれ」と。

 その時エルオーネが見た兄の背中は、とても小さくて、とても頼りないものだった。
多分、泣いていたのだろうと、エルオーネは勝手に思っている。
涙があったか否かは知らない。
でも多分、泣いていたのだ。
其処にはエルオーネのよく知る頼り甲斐のある兄の姿はなくて、自分自身や、一緒に過ごす子供達と変わらない、一人の小さな子供がいた。

 その時、エルオーネは気付いた。
頼ってばかりじゃいけないんだと。
弟の事は勿論、レオンの事だって、エルオーネが守らなければいけない。
レオンは直ぐに全部を背負い込もうとする。
弟はとても小さくて、自分の身を守る事だって出来ない。
エルオーネは男の子ではないから、ケンカは出来ないし、レオンはエルオーネに守られるほどに弱くない。
けれど、支える事は出来る筈。

 エルオーネは、両親がいない寂しさと言うものを知らない。
顔しか知らない両親の存在を、忘れている訳ではない。
けれど、両親がいない寂しさよりも、父と母と兄がいてくれるのが嬉しかった。
それは、彼らが皆、溢れんばかりの愛情を注いでくれたからだ。

 エルオーネは、家族に愛される喜びを知っている。
だから、きっと自分にも出来る筈だ。
生まれたばかりの弟に、母を父を知らない小さな小さな弟に、兄と同じように、沢山の愛を注ぐことが。
兄にも、また、きっと愛情を注ぐことが出来る筈。
今まで貰ってばかりだった愛を、同じように注いであげたいと思った。
何でも直ぐに背負ってしまう兄に、母に代わって、「無理しちゃダメ」と叱ってあげないといけない。

 寂しい気持ちは消えないし、消せない。
誤魔化す事は出来ない。
けれど、それ以上に、愛したい人が傍にいる。

 守らなくちゃ。
私の形で、私のやり方で。

 エルオーネは、立ち尽くしていた兄の背中に抱き着いた。
兄は驚いた顔をして、それから直ぐに笑いかけた。
その蒼の奥隅に、隠し切れなかった寂しさの色がある。
ほら、そうやって無理をする。
エルオーネはそう思ったけれど、言わなかった。
言ったらもっと無理をするのが兄だから、エルオーネは知らない振りをして、ぎゅっと兄を抱き締める。
兄の腕の中で、弟は小さな寝息を立てていた。

 血は繋がっていないけど、彼らは確かに、私の家族。
だから守りたい。
守らなくちゃと、エルオーネは思った。




エルも二人を守りたいんです。