1 days album


 昼日中から都市のあちこちで溢れ出た、沢山の魔物達。
それらを全て討伐し、転がる魔物の死骸を回収し終えたの時には、時間はとっくに正午を過ぎていた。

 魔物討伐だけなら慣れた仕事であったが、その後の後片付けとなると、さしものレオンとてかなりの重労働であった。
湧いて来た魔物の種類は様々で、中にはどうやって水路を潜って来たのかと言う巨体を持つ魔物もいた。
それらの遺体を全て回収し、軍部に引き渡しながら、街の至る所に飛び散っていた魔物の血痕やら体液やらを清掃する。
要するに、街の大掃除と言う訳だ。
SeeDとガルバディア軍他の警備に当たっていた者達は、この大掃除にかなりの時間を食う事となった。

 レオンが通信で各班の大掃除、もとい魔物討伐と死骸の回収を終えた旨を聞いた時には、彼も疲労困憊の状態だった。
しかし最後の号令がかかるまで任務は続いている訳で、つまりレオンの仕事もまだ終わってはいないのだ。
出来れば今直ぐにでも外してしまいたい通信を繋げて、各班に連絡を取る。


「各班、ホテルに帰投。今から十五分以内だ」
『了解した』
『りょーかーい』
『了解』
『…了解しました』
『レオン、俺だるい』
「だったら早く戻って来い」


 だるそうな、それでも確りとした返事が続いていた中、最後に聞こえて来たのはパートナーの男の声。
常と変らず素っ気ない言葉を返して通信を終えると、レオンも踵を返し、ホテルへと向かって歩き出した。

 パレードは終了しても、街はまだまだ賑やかだ。
メインが終わった所で、今日一日はまだ祭り気分が続き、街の至る所に出店も並んでいる。
香ばしい匂いを漂わせる焼きモロコシや、鮮やかな色のりんご飴の他、射的ゲームに型抜きにと、子供達を夢中にさせるものが其処彼処にあった。
ティーダがいたら喜びそうだな、と弟の幼馴染を思い出して、レオンは小さく笑う。

 正午を迎える前の力仕事のお陰で、燃費の良いレオンも、エネルギーが空になっている。
いつもなら然程気になるものでもない筈の出店だが、今日ばかりはふらふらと近付いてしまいそうだ。
だが、そうしている間にさっさと帰ってしまった方が良い、と思い直し、ホテルへの道程を急ぐ。

 早く戻ろう。
早く仕事を終わらせよう。
そうすれば、愛する家族の待つ我が家へと帰れるのだから。





 ホテルに泊まるSeeD達の部屋は、全て同じフロアに統一してある。
その方が会社側も、ガルバディア側としても、管理がし易いからだろう。

 レオンがホテルについた時には、ホテル街の区域を担当していたE班が一番に到着していた。
レオンから遅れて、街の東側を担当していたC班メンバー───ルクシーレも合流していた───と共に、クラウドも帰って来た。
続いてB班、D班も帰投し、今回派遣されたSeeDの全メンバーが欠ける事なく揃った。

 レオンはC班班長であるザックスにじゃれついていたクラウドの襟首を引っ張って引き剥がし、整列した二十名の横に並ばせる。
それから自身は一同の前に向き合う形で立った。


「全員揃ったな。大きな怪我をした者はいないか?」


 ぐるりと全員を見渡すが、皆小さな傷は幾つも負っているものの、殊更に治療を急ぐような外傷は見受けられない。
それを確認し、よし、とレオンが一つ息を吐いた後、


「これにより、ビンザー・デリング大統領就任五周年記念式典パレードの護衛を終了とする。各人、報告書は忘れず提出するように。解散」


 レオンの最後の一言に、ほう、と何人かのSeeDが安堵の息を零した。
レオンも同様に気を抜いてしまいたかったが、自分はこの任務に置いて司令官的立場である自覚から、人目がある間はと自律が働いた。

 そんなレオンの横で、大きく背筋を伸ばす青年が一人。


「く〜〜〜〜!終わった終わったぁ!」


 其処まで大きな声で言われると、聞いている方も清々しくなる。
そんな声量で仕事からの解放を喜んだのは、ツンツンとした黒髪を後ろに流した男───ザックスである。


「よーし、クラウド、ショッピング行こうぜ!」
「……俺疲れた…帰って寝たい」
「判ってる判ってる。でも、ちょっとだけ付き合ってくれって。お土産買って来てねって頼まれてるんだよ」


 開放感で元気になったザックスに対し、誘われたクラウドは見るからに無気力だ。
元々無気力な性格だが、仕事終わりで一気に気が抜けたらしい。

 行こうぜともう一度誘うザックスに、クラウドはやはりだるそうに、けれども小さく頷いた。
クラウドは余り他人と関わる事をしないが、ザックスとは良い関係を築いている。
ザックスはクラウドを親友だと言って憚らないし、クラウドも、ザックスに比べると滅多にそうした事を口にしないが、お互いの認識はそれぞれ同じだった。

 じゃれ合う二人を見遣って、レオンは小さく笑みを零す。
レオンは部屋から自分の荷物───と言っても、ガンブレードを入れたケースと、貴重品と最低限の着替えがあるだけで、非常に少ない───を持ち出すと、


「クラウド」
「ん────お」


 呼ぶと同時に投げた鍵を、クラウドは上手くキャッチした。


「午後五時までは、このまま部屋を使って良い事になっている。俺はもう帰るから、チェックアウトはお前がしておいてくれ」
「判った」


 レオンと同室だったクラウドは、もう暫くの間、デリングシティに滞在する。
クラウドの荷物もレオンと同じように必要最低限のものしかないが、それでも着替え諸々と言うのは、抱えて過ごすと案外嵩張るものだ。
パレードが終わって数時間が経った今でも、街には沢山の人が溢れている。
こんな中で嵩張る荷物は邪魔になるだけだから、もう一度ホテルに戻って帰路に着くまでは、荷物は置いて置いた方が楽だろう。

 じゃあな、と手を振って廊下をエレベーターへ歩き出したレオンを、ザックスが呼び止める。


「もう帰るんかよ。たまにはお前も遊んで行こうぜ」


 面白いもの一杯あるぞ、と言うザックスだが、レオンは眉尻を下げて笑みを浮かべ、


「悪いな」


 それだけ言って、背を向けて歩き出した。

 レオンのこの反応は、いつもの事だ。
レオンは仕事が終わると直ぐに荷物をまとめて帰るので、ザックスのように任務地で遊ぶ、と言う事はしない。
同僚の中には、遊びに行く事はしなくとも、一休みしてからゆっくり帰る、言う者は多い。
殆どが家に帰るまで長距離移動を余儀なくされるので、仕事を終えた直後の疲労した体で長時間の移動は辛いのだ。
レオンもそれは同じ───なのだが、彼は殆ど一度も、ザックス達同僚のこうした誘いに乗ることはなかった。

 付き合いの悪い奴だ、と言う者もいる。
しかしレオンは決して社交性の低い人間ではなく、寧ろ人付き合いを大切にする性質だった。
ちょっと一杯どうだと、任務の合間に酒の誘いをかけてみると、これにはすんなり乗ってくれる。
しかし仕事が終わってから誘いをかけると、悪いけど、と眉尻を下げて断るのである。

 どうしてこんなに反応に差が出るのか、クラウドは知っている。


「今日、弟が美味い夕飯作って待ってるらしい」


 ブラコンだな、と呟くクラウドに、ザックスは仲良きことは美しいって事だよ、と見た目の割に柔らかい金糸をぐしゃぐしゃと掻き撫ぜながら言った。





 デリングシティの駅から電車に乗り、大陸中部にあるティンバーまで移動する。
到着すると、レオンは直ぐに駅を出て、町の北部にある大陸横断鉄道の路線へと向かった。

 ティンバーはガルバディア大陸の玄関口と呼ばれる土地だ。
大陸中部の沿岸近くに位置しており、周りを森で囲まれ、その森は『ティンバーの森』と呼ばれ、古くはティンバーを守護するものと考えられていた。
しかし十七年前の戦争の際、ティンバーがガルバディア領となってから、森は削られ、嘗ての姿を失った。
今はティンバー傍にあるオーベール湖を囲む森が残されるだけの、酷く小さな形となって残っている。

 ティンバーには、ガルバディア大陸にある各都市・各施設に繋がる路線が集まっている。
この電車は大陸西部のデリングシティ、山間にあるガルバディアガーデンへと繋がっていた。
また、大陸北部のドールへも線路は続いており、陸路でドールに向かう際は、殆どの者がティンバーから発車する電車を利用する。

 ティンバーには、大陸内に伸びる長距離列車の他に、海底を走る路線があった。
『大陸横断鉄道』の名で知られるこの路線は、ガルバディア大陸と、海の真ん中に浮かぶ小さな島国バラムとを繋ぐ、唯一の陸路であった。

 島国バラムの主要な公共交通は、船だ。
しかし世界の都市が必ずしも沿岸部にあるとは限らず、西のエスタ大陸等は平均海抜そのものが高い土地である為、船が接岸する事すら出来ない。
こうした点を配慮し、十五年前にバラムとガルバディアの両国の友好関係の証として、大陸横断鉄道と言う路線が作られたのである。
大陸横断鉄道は料金はそこそこ張るものの、海底トンネルの中を走ると言う特異性から、船よりも短い時間で、安定して往復する事が可能な為、仕事などの関係で頻繁に国外へ出る人々には重宝されていた。

 とは言え、バラムと直接つながっている陸路は、未だにティンバーまで。
デリングシティやガルバディアガーデン、大陸西部や南部に用事のあるものは、其処から長時間の乗継を余儀なくされる。

 レオンの家は、バラムの島国に唯一存在する街の一角にあった。
街はそれ程大きなものではなく、ガルバディアのように大統領制度を持たず、南方のイヴァリース大陸のように王制がある訳でもない。
主だったリーダーを持たないながら、平和に統治されていると言う、世界的に見ても稀な国であった。
街は潮騒の香る穏やかな土地風で、住む人々にも優しく、おおらかだった。
最近はバラムガーデンに他国から転入してくる者が増え、比例して移住してくる外国人も増えたのだが、街は相変わらず、それらを全て受け入れて包み込んでくれる。

 その街に、レオンは弟と共に二人で暮らしている。

 大陸横断鉄道の列車が長いトンネルに入ってから、再び地上に顔を出すまでにかかった時間は、約三時間。
デリングシティを出発した時間から数えると、七時間が経過していた。
流石に座りっ放しは腰に来る、と愚痴りつつ、レオンは電車を降りた。

 駅を出ると、一気に潮の香りがレオンを包む。
直ぐ傍で漣が鳴り、強い風が吹いてレオンのダークブラウンの髪が揺れた。
大きく息を吸い込めば、肺の中が心地よい空気で一杯に満たされていく。

 そのまま、少しの間故郷の空気を堪能していると、


「お?レオンじゃねえか。今帰りか」


 聞こえた声に振り返ると、港に繋ぐ道の方から、大きなバッグとボールを抱えた一人の男が立っている。
黒い顎髭を蓄えたその男は、逞しく鍛え上げた筋肉の上に、薄いタンクトップシャツを一枚来ているだけ。
熱帯気候のバラムであるから、それだけの薄着でも、寒さを感じる事は殆どない。


「ジェクト」


 名を呼べば、おう、と短い返事。


「あんたも帰った所みたいだな」
「ああ。やっとこさ地区大会が終わってよ」


 ジェクトは、ブリッツボールと言うスポーツのプロ選手だ。
強豪チームを多く抱える機械都市ザナルカンドに拠点を置く、全国最強と名高い『ザナルカンド・エイブス』に所属し、自身も『キング・オブ・ブリッツ』の称号を冠する程の腕前を持っている。
少年の自分を終えない頃から活躍していた彼は、三十代を越えた今尚、目覚ましい伝説を作り続け、老若男女問わず、全国にファンを持っている。

 そしてこの豪快な気質の男は、レオンの住む家の隣に居を構えていた。
即ち、弟の幼馴染であるティーダの、実の父親なのである。

 歩き出したレオンと並んで、ジェクトも帰路を辿る。


「それで、大会結果はどうだったんだ?」
「聞くだけ野暮ってもんだろ、そりゃあ」


 にやりと赤い瞳を不敵に閃かせたジェクトに、やっぱりな、とレオンは笑みを漏らす。

 レオンは、ジェクトがブリッツボールに置いて誰かに敗北したと言う話を、過去一度も聞いた事がない。
スキャンダラスな話は時折聞くが、それが試合に影響した事もないし、そんな話もジェクトは豪快に笑い飛ばしてやる気風がある。
そして今回も、いつも通り、豪快に優勝を掻っ攫ってきたのだろう。


「俺様に勝てる奴がいるなら、そのツラ拝んでみたいモンだぜ」


 くつくつ笑うジェクトは、どうやら随分とご機嫌のようだ。
────が、


「勝ち戦で気分が良くなるのは構わないが、帰って早々、ティーダと喧嘩をするなよ」


 レオンの言葉に、途端にジェクトは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。


「……帰って早々、あいつの話をすんなって」
「なんだ。また喧嘩でもしたのか?」
「白々しいな、どうせ知ってんだろ」


 じろりと睨むジェクトに対し、レオンはなんの事だか、と肩を竦め、


「一昨日の晩、スコールからティーダの荒れ様が酷いと言う事は聞いたが」


 レオンの言葉に、やっぱり知ってんじゃねえか、とジェクトは苦々しげに呟いた。
気まずそうに視線を逸らすジェクトに、レオンは眉尻を下げて「仕様のない」と密かに笑みを漏らす。

 豪快で豪胆な性格のこのキングは、こと息子に関してだけは弱かった。
彼の息子であるティーダは、現在反抗期の真っ最中で、顔を見れば喧嘩をする、会話をすれば喧嘩になる、何もなくとも喧嘩になる───と言う具合で、とにもかくにも、毎日のように親子喧嘩を起こすのである。
此処数日はジェクトがザナルカンドの地区大会の為に家を空けていたが、どうやら電話で連絡を取り合っている時に、また喧嘩をしてしまったらしい。
そうして父からの電話を切った息子は、むしゃくしゃした気持ちのまま隣家の幼馴染宅を襲撃し、スコール構い倒してそのまま眠ってしまったそうだ。


「飽きないな、あんた達は。どうしてそんなに喧嘩が出来るんだ?」
「知るかよ。そんなのこっちが聞きてえや」


 誰が好き好んで、自分の大事な息子と喧嘩するか。
ぼそりと呟かれた言葉を聞いて、その言葉こそ息子に言ってやれば良いものを、とレオンは思う。

 レオンは肉親であるスコールを大切に思っている。
クラウドや同僚から「ブラコン」と揶揄される事も多いが、弟を大切に思う事を恥たことはなかった。
その気持ちを正直にスコールへ伝える事も出来る。
大切なのかと聞かれれば「大切だ」と言えるし、愛しているかと問われれば「愛している」と伝えられる。
スコールが思春期に入ってから、そうした言葉を口にすると、彼が酷く恥ずかしがるようになったので、最近は口にする機会は減っているが。

 しかしジェクトの方は、これが中々難しいらしい。
細かい事をあまり気にしない気質で、物怖じしないジェクトだが、息子に関してだけは上手く行かなかった。
何かと言うと天邪鬼が顔を出し、意地の悪い事を言ってしまう。
ティーダが幼い頃は、その所為で何度も泣かせてしまっていた。
そんな関係のままで月日が流れ、ティーダが思春期になると、案の定、彼は父親に対して反発するようになった。
ジェクトもジェクトで、そんな息子に益々素直に接する事が出来ず、結果、盛大な親子喧嘩が勃発するのである。

 どうすっかねえ、と隣を歩くジェクトの呟き。

 電話越しに喧嘩をして以来、ジェクトはティーダとの連絡を絶った。
離れた地に一人残した息子の事が気にならなかった訳ではないが、声を聞けばまた喧嘩になってしまうのが予想できたのだ。
だから頭を冷やすまでは、と思ったのだが、大会が終わってしまうと、バラムに家を構えているジェクトは帰らなければならない。
しばらくザナルカンドのホテルに泊まると言う事も考えたのだが、過去の親子関係を思えばこそ、ジェクトはそれを選ぶ事は出来なかった。

 道の先の突き当りを曲がれば、二人の家は直ぐ其処だ。
それでもまだ踏ん切りがつかない様子のジェクトに、レオンは提案した。


「ジェクト。あんた、今日はうちに寄って行ったらどうだ。少し遅くなったが、スコールが夕飯を作って待っている。折角だから、あんたも食べて行くといい」


 それを自分の執行猶予と見たか、ジェクトはがりがりと頭を掻いて、


「あー……んじゃ、お邪魔させて貰うわ」
「ああ。ゆっくりして行け」


 すっかり弱った顔を浮かべるキングに、レオンは幼い頃に置いて来たとばかり思っていた、ささやかな悪戯心が湧いてくるのを感じ、零れそうになる笑みを必死で堪えていた。





 ただいま、と数日振りの我が家の玄関を開けると、耳に馴染んだ二つの声がレオンを出迎えた。


「お帰り、レオン」
「おかえりー!」


 安堵の色を含んだ落ち着いた声音と、元気の良い弾んだ声と。
正反対の声に迎えられて、ああ帰って来たのだとレオンが安息を感じる傍らで、固まる気配が一つ。
そして元気な声の持ち主───ティーダも、レオンの隣にいる人物に気付き、


「げっ、クソ親父!なんであんたが此処にいるんだよ!?」
「そりゃこっちの台詞だ!おいレオン、お前絶対に知ってて誘ったな!」


 早速騒ぎ出す親子からそそくさと離れて、レオンは埃や汗で草臥れたジャケットを脱ぎ、窓辺の椅子の背凭れにかける。


「レオンー!なんでクソ親父がいるんだよ!」
「一緒に夕飯はどうかと誘ったんだ」
「おい、こいつがいるなんて聞いてねえぞ!」
「言ったらあんた、来なかっただろう」
「やっぱり確信犯か、てめえ」
「帰れクソ親父!あんたに食わせるモンなんかないんだよ!」
「お前が作った訳じゃねえだろ、偉そうにすんな!」


 早速睨み合いをしている親子。
予想通りの展開に、レオンはやれやれと肩を竦めた。
そんなレオンの下に、スコールが相変わらずの親子喧嘩を眺めながら歩み寄り、


「……それで、どうしてジェクトがいるんだ?」
「言っただろう。夕飯に誘ったんだ。今日はティーダがいるだろうから、量に関しては問題ないと思ったんだが、不味かったか?」
「…いや、大丈夫だ」


 ちらりとキッチンを見たスコールの視線を追えば、キッチンのコンロの上に大きな鍋が置いてある。
調理台には刻まれた白菜やきのこ類、薄切り大根と人参が盛ってあり、大皿には鍋用の薄切り肉が敷き詰められている。
スコールもレオン同様にあまり食べる方ではないから、兄弟二人では絶対に食べきれない量だ。
特に肉などは、明らかにティーダの為に用意されたものであった。


「…ティーダは、少し足りなくなるかも知れないが」
「野菜が多いから大丈夫だろう」


 いつも不足し勝ちのようだから、丁度良い。
レオンの言葉に、そうだな、とスコールも頷いた。


「じゃあ……あ、レオン、あんた先に風呂入るか?」
「そうだな。シャワーだけ浴びて来よう。直ぐに上がるから、用意して置いてくれ」
「判った。───おいあんた達、これ以上喧嘩するなら二人とも追い出すぞ」


 レオンに着替えとタオルを用意しながら、スコールは未だ口喧嘩をしている親子をじろりと睨む。
折角の馳走を前にそれは勘弁、と思ったか、ティーダがぱっとジェクトから離れる。
父への意地より食い気が勝った息子に、ジェクトは呆れた眼を向けつつも、これ以上喧嘩が拗れなかった事にこっそりと安堵する。

 脱衣所に入ったレオンは、脱いだシャツやボトムを洗濯機に投げて、風呂場へ。
シャワーのコックを捻って、噴き出した湯を頭から浴びる。
長いダークブラウンの髪が肌に張り付くのを払いながら、レオンは全身の汗を流し落とした。
兄弟で使っているボディソープで体を洗い、泡を落とすと、シャワータイムはそれで終了だ。

 脱衣所に戻って雫を拭き、薄手のシャツに袖を通し、緩めのジーンズを履いた。
濡れた長い髪は軽く拭いた後で、後頭部でまとめて縛っておく。
時間にして、五分ちょっとと言った所だった。
カラスの行水も同然だが、あまりのんびりしていると、腹を空かした親子に苦情を言われてしまう。
ゆっくり湯に浸かるのは食事を終えてからが良い。

 リビングに戻れば、窓辺のテーブルにカセットコンロを置いて、鍋の準備をしているスコールがいる。
その隣で、ティーダが鍋の中に肉ばかりを入れていた。
ジェクトはソファに座って、バラエティ番組を眺めながらビールを傾けている。


「ティーダ、肉ばかり入れるな。大体、肉は直ぐに火が通るから、入れるのは後からでもいいんだ」
「いーのいーの、固いこと言いっこナシ!ほい追加っと。この辺の肉、スコールの分な」
「そんなにいらない……」
「じゃあレオン」
「俺も其処までは…」


 仕事帰りで空腹なのは確かだが、胃の許容量には限界がある。
その半分でいい、と言うレオンに、ティーダが理解し難いとばかりに眉根を寄せた。
その向こうで、ジェクトもまた、息子と同じような表情を浮かべ、


「そんなだから、お前らは二人揃って細っこいんだよ。特にスコール。お前、そのうちポキッて折れるんじゃねえか」
「折れない。何言ってるんだ、あんたは」
「…ジェクト、あんたに比べられたら誰でも細く見えると思うぞ」
「でもスコールが細いのは本当っスよねー。レオンはそんなでもないけど」


 二人並んだ兄弟を見比べて、ティーダが言った。
スコールもレオンを見上げた後、兄の二の腕を見て、自分の白い腕を見下ろして、不満げに眉根を寄せた。
不服そうな弟の頭をくしゃりと撫でてやると、スコールは僅かに顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。

 拗ねた表情のままで椅子に座るスコールの隣に、ティーダが座る。
レオンがジェクトを呼ぶと、彼は手元のビールを空にして、ソファを立った。
スコールの前にジェクト、ティーダの前にレオンが座る。


「いただきます」
「…いただきます」
「まーっス!」
「よし、肉貰ったぜ!」
「あ、ずりぃ!意地汚ぇぞ、このクソ親父!」
「お前が言うか……」


 食事を始めて早々に開始された親子の争奪戦に、スコールが呆れたと溜息を吐く。
レオンはそんな光景を眺め、小さな笑みを浮かべていた。






優秀過ぎるお兄ちゃん。兄バカなのがたまに傷。でも仕事には支障を出さないので問題なし。改善する気もなし。
弟に対しては過保護ですが、クラウドに対しては超ドライ。