幸せの形


『俺はいいんだ。もう子供じゃないから』


 そう言った少年の、まだ華奢な背中を見詰めながら、シドはひっそりと眉根を寄せていた。
レオンが振り返らない限り、それが彼に知られる事はないだろう。

 三年前にシドとイデアの下にやって来た少年は、夫婦が経営している孤児院の中で、一番年上だった。
とても責任感の強い性格をしており、年上だと言う自覚もあって、率先して子供達の面倒を見、買い出しや掃除洗濯などの家事手伝いにも勤しんでくれる。
加えて勉強熱心でもあり、難しい本やテレビのニュースにも興味を示していて、正直、まだ11歳の子供と言うには、とても大人びていた。
レオンがそうした大人びた性格をしているのは、この孤児院に来た時から変わらない───いや、孤児院に来て間もなく、彼と共にやって来た母を失った日から、この傾向はより顕著になっていた。

 孤児院にいる殆どの子供達は、先のガルバディアとエスタの戦争で親を失い、行き場を無くした元浮浪児であった。
この三年間の間で、五歳を越した子供の多くは引き取られて行ったけれど、レオンと彼の妹的存在であるエルオーネだけは、ずっと孤児院に残っている。
頭が良く、聞き分けの良いレオンや、愛らしい印象で柔らかな笑みを浮かべるエルオーネを引き取りたいと言う者は少なくなかったが、二人は一貫してそれを断った。
その理由は、自分達が子供達の中で兄・姉というポジションである事と共に、二人が何者にも換え難いと思っている、大切な弟が孤児院にいたからだろう。

 その弟の為に、レオンは一足飛びに大人になろうとしている。

 レオンと共にバラムにやって来た彼の母は、彼の弟を生んで間もなく、子供達だけを残して短い生涯を閉じてしまった。
その日からレオンは、何に置いても弟を優先しながら、自分自身は一日も早く自立しようとしている。
率先して家事手伝いをするのも、自分一人で生きていける力を身に付ける為だろう。

 レオンのそんな姿勢は、シドにとっても、イデアにとっても有難く、助けになるものだった。
小さな子供達が多い孤児院では、ほんの少し目を離した隙に、思いも寄らぬ事件や事故が起こってしまうもので、出来るだけ彼らの面倒を見る人間が欲しかった。
しかしシドが外へ買い出しに、イデアが家事に勤しんでいると、後は子供達しか残らない為、イデアは家事を進めながらも気が気ではなかった。
そんな中で、他の子供達の面倒を見る事に慣れているレオンの存在は、とても重宝されるものである。
また、レオンは家事も子供なりに心得ていたから、力仕事や大工仕事も進んで引き受けてくれる。
此処に来てから三年、7歳になったエルオーネも姉代わりの意識が強くなってきたようで、この二人はイデアやシドにとって、頼れる存在となっていた。

 ────しかし、まだ子供らしくささやかな我儘や、ちょっとしたイタズラをしてくれる事のあるエルオーネはともかく。
レオンの方はそうした素振りすらない為、これがシドとイデアにとって、返って心配になっていた。


(レオン。君は忘れてしまっているかも知れませんが、君もまだ、ほんの11歳の子供なんですよ)


 確かに、この孤児院の中で、レオンは一番年上だ。
8つと言う年齢差は、子供の世界においてとても大きなものである事も、シドは判っているつもりだ。

 けれど、目の前にいる、シドの身長の半分をとうに追い越した少年は、まだ11歳になったばかりだ。
子供の世界では“お兄ちゃん”でも、大人のシドにとって見れば、彼もまだ幼い子供に過ぎない。
まだ丸みのある眼に、どんなに大人びた影を宿していても、自分より小さな手を握る彼の手もまた、成長途中の幼い手である事に変わりはなかった。

 だが悲しいかな、彼は既に、そんな幼い自分自身を置き去りにしていた。

 ドアを開けて寝室に入ったレオンは、落ちていた布団を拾い、サイファーにかけ直してやった。
シドも、サイファーに負けず劣らず元気な寝相のゼルに笑みを漏らし、半分落ちている布団を戻して、そっとゼルの体にかけ直す。
他の子供達は大人しいもので、仰向けになっていたり、丸くなったりしてすぅすぅと寝息を立てている。

 シドは、ゼルの枕元にプレゼントを置き、その隣のアーヴァインの枕元にも、そっとプレゼントを置いた。
サイファーがかけたばかりの布団をもう一度蹴り飛ばそうとしている。
きっと夢の中でも元気に遊んでいるのだろう。
シドはそんな子供に笑みを漏らし、ずれた彼の布団を引き上げて、サイファーの枕元にプレゼントを置いた。

 後は───とレオンの方を見ると、彼は、弟と妹のいるベッドで、じっとしていた。
眠る二人の顔に自分の顔を近付けて、目を閉じている。
窓から差し込む月明かりに照らされたその横顔は、月の魔力か、年齢よりも大人びて見えたけれど、同時に隠しきれない幼いラインも覗かせていた。

 レオンはしばらくそのままでいた後、そっと体を離して、二人の枕元にプレゼントを置いた。
セルフィとキスティスの下には、既にプレゼントが渡っている。
明日になれば、子供達の喜ぶ声がきっと聞こえてくる事だろう。


「……さ、レオン。君ももう休みなさい」


 レオンがこんな遅い時間まで起きていたのは、子供達の就寝をシド達に知らせる為だった。
そうでなければ、今日一日もいつものように家事手伝いに子供の面倒にと振り回された彼も、今頃は夢の世界の住人になっていた筈。

 ベッドに横になったレオンは、程なく眠たげに目を擦るようになった。
シドは、そんなレオンの、寄せられたままの布団を広げて、彼の首元までそっと隠してやる。


「おやすみなさい、レオン。良い夢が見られると良いですね」
「…おやすみ、シド先生」


 言って、レオンはころりと寝返りを一つ。
瞼に隠れようとしている蒼の瞳には、隣のベッドで眠る幼い弟と、それを包み込む妹が映っている。
幸せそうに眠る二人を見詰めるブルーグレイもまた、幸福を滲ませている、けれど。


(寝ちゃいましたか)


 瞼を下ろし、直ぐに訪れた睡魔に身を委ねた少年。
しっかりとした意思を見せる青灰色の瞳が隠れてしまえば、其処にいるのは、他の子供達とそう変わらない、小さな子供。

 シドはプレゼントを入れていた袋の中から、最後に残った一つを取出し、レオンの枕元に置いた。
年齢の割に気配に聡いレオンは、些細な物音一つでも目を覚ます事があるのだが、流石にこんな夜半まで起きているのは疲れたのだろう。
弟達のベッドの方向を向いたまま、瞼を震わせることなく、静かに眠っている。


(本当なら、こんな風にお手伝いさせるべきではないのでしょうね)


 プレゼント選びに付き合って貰ったり、子供達が楽しみにしていた、豪華な夕飯を作るのを手伝って貰ったり、子供達が寝静まったタイミングを教えて貰ったり。
本当ならレオンは、他の子供達と一緒になって、今日と言う日をただただ心待ちにしているだけで良い筈だ。
だがレオンは、それを拒むようにして、シドとイデアを手伝い、クリスマスの準備に勤しんだ。
手伝いをしながら、きっと彼の脳裏には、プレゼントや豪華な食事に喜ぶ弟達の顔が浮かんでいたに違いない。

 それも確かに、幸せの形の一つ。
誰もそれを否定する事は出来ないし、レオン自身がそれを望んでいるのなら、シドにもイデアにも、それを取り上げる事は出来ない。


(……ねえ、レオン。君は、とても急いで大人になろうとしているけれど、だからと言って、子供の特権を何もかも捨てる事はないんですよ)


 レオンにとっての幸せとは、スコールとエルオーネが幸せでいる事。
けれども、その幸せを本当の意味で守る為には、彼自身もまた、幸せでなければならない。
レオンはまだ、その事には気付いていないようだった。
だから自分の事をそっちのけにして、自分よりもスコールに、エルオーネに、子供達に───と言うのだ。

 毎日を一緒に過ごす家族の為に、忙しなく働いてくれる少年に、シドは心から感謝している。
だからシドは───この小さな孤児院のサンタクロースは、その感謝の気持ちを、プレゼントに込めて少年に渡す事にする。

 部屋を出る前に、シドは一度、子供達を振り返った。
皆、枕元のプレゼントには気付かないまま、穏やかな寝息を立てている。

 明日になったら、きっと子供達の嬉しそうな声で目を覚ますのだろう。
そして、大人びた少年は、少し困った顔でシドとイデアの下に来て、「ありがとう」と言うのだろう。
シドは、少年のその言葉を受け取らない事を心に決めた。

 だって今日はクリスマス。
奇蹟者が子供達にプレゼントを贈るのはごく普通の事で、感謝されるような事ではないのだから。





子供が“子供をやめる”って、本当はとても寂しいこと。
例え子供が、どんなに大人になりたいと願っていても。

子供の時しか知る事が出来ない喜びは、大人になったら取り戻せない。