始まりは同じ場所


 バラムガーデンの戦闘実技の授業は、主にガーデン内の訓練施設で行われる。

 訓練施設は原則として年少クラスは立ち入り禁止となっており、初等部は必ず三人以上のパーティを組み、高等部以上の生徒若しくは教員の引率を必要とする。
中等部も、引率は必要ないものの、二人以上のパーティを編成しての使用を義務付けられていた。
高等部になると、アルケオダイノスの繁殖期は、危険性を考慮して三人以上のパーティを組むように指示されるが、それ以外は基本的に自由とされている。

 訓練施設の使用時間は特に定められていない。
時折、アルケオダイノスの繁殖期による凶暴性の増加や、他魔物への影響、または教員による何某かの指示───内容については殆ど伏せられる事が多く、生徒達には判然としない───によって、不定期に使用不可になるものの、それ以外の時間の使用は自由とされている。
夜間も常に解放されている為、ガーデン寮生であれば、いつでも使う事が出来ていた。

 寮生ではないスコールにとって、訓練施設を使用できる機会は貴重なものであった。
放課後、ティーダの部活終わりを待って訓練施設で暇を潰す事はあるが、レオンが帰ってくる日などは夕飯の支度や風呂焚き、洗濯物の片付けなど家事で忙しくなるので、大抵終業後には直ぐにカードリーダーを通り抜けている。
だから、スコールが訓練施設をじっくり使用できる時間は、主に授業中のみであった。

 戦闘実技授業の担当のカイエンに、使用武器とテレポストーンの所持を確認するようにと指示を受け、ティーダは手に持っていた長刃の剣を、刃先を地面に向けたまま持ち上げる。
銅製の剣はそれなりに重みがあるのだが、ティーダはこれを片腕で扱う事が出来る。
ブリッツボールで水中を掻き泳ぎ続ける持久力・筋力は伊達ではないのだ。

 ティーダの隣では、スコールがガンブレードのシリンダーを外して弾丸の確認をしている。
それを横から覗き込んでいるヴァンの腰には、ボウガンと束ねられた矢があった。


「ヴァン、今日はボウガン使うんスか?」


 ティーダは剣、スコールはガンブレードを愛用しているが、ヴァンはその時の気分で武器を替えて使っていた。
先週の授業の時には短剣を使い、その前は槍、両手で持つ重い銃も扱っていた事がある。
大雑把に見えて、案外と器用な性質のヴァンは、それらの武器をどれも上手く使いこなしていた。
剣術に関しては、専らそれに関して訓練しているティーダやスコールには敵わないものの、クラス内では十分上位のレベルをキープしている。

 実技授業でパーティを組むのが、決まってスコールとティーダだからだろうか、ヴァンは単独で行動をする時以外は、大抵後方支援向きの武器を使用する。
今日彼がボウガンを使用するのも、本人の気紛れを除けば、そう言った理由だろう。

 ヴァンは腰のボウガンに手を遣って、おう、とティーダに頷いた。


「だから、お前らの後ろは俺に任せていいぞ」
「おう!」
「……間違って俺達を撃つなよ」


 スコールの言葉に、そんな事しないって、とヴァンは言うが、青灰色には胡乱な色が残っている。
以前、銃を扱っていた時、足元を撃たれそうになった事を覚えているのだ。

 人工的に管理されている施設であるとは言え、施設内にいるのは本物の魔物である。
環境のみを整え、繁殖や生態そのものには殆ど手付かずで放任同然にしている為、凶暴性は野生の魔物に劣る事はない。
彼らにとって人間は餌であり、襲い掛かってくる時には勿論容赦などしてはくれない。
授業とは言え、それらと身一つで───テレポストーンや引率の教員など、事故防止の策は取られているものの───戦えと言うのだから、使用する武器も殺傷能力は高い。
軍隊やSEEDが使うような正規品に比べれば、刃の研磨も甘く、ボウガン等の弦も緩くされているが、人に向けて使えば、最悪、殺傷沙汰である。
これをうっかりや間違いで仲間に向けられるのは、誰でも御免蒙りたいものである。

 ごめんって、と手を合わせて謝るヴァンに、スコールは溜息を一つ。
足元を撃ち抜かれそうになったのは事実だが、あれは純粋な事故であって、ヴァンの責任ではない事は判っている。
直後にヴァンと、後日には兄のレックスまでもが詫びに来た事もあって、恨み言を延々と吐く気にはならなかった。
ただ一言、


「気を付けろよ」


 それだけ行って、スコールは背を向ける。
うん、とヴァンが頷いて、腰のボウガンの感触を確かめるように強く握った。




 授業内容は、時間内に指定されたポイントに到着する事と、その過程で番号札が落ちているので、各パーティそれぞれに支持された番号のものを回収する事。
魔物の襲撃は回避・戦闘は各人の判断に任されており、緊急時にはテレポストーンの使用も許可されているが、場面によってはこれは減点対象となる。
例えばアルケオダイノスと遭遇、魔物の吐き出した粘液等による身体異常を起こした場合に使った時は、減点対象にはならない。
理由もなく、歩いたり魔物との遭遇そのものが面倒で使用、と言う場合は、減点とされる。
指定されたポイントまでの到着方法は、前述の緊急事態を除き、自分の足で辿り着くべし、とされている。

 スコール、ティーダ、ヴァンの三人は、円系に作られた訓練施設の壁際を進んでいた。
割り当てられた目当ての番号札の場所は、サーチ魔法のサイトロで確認している。


「この辺りだと思うが……」


 草臥れた一本の木が枝をしな垂れている根本で立ち止まり、スコールが辺りを見回す。


「そんじゃ、探そっか」
「ああ。その前に一人、この木に登って見張りに当てよう。この辺りは見通しが悪いから、魔物が来た時に不意を突かれるかも知れない」
「じゃあ俺が見張りするよ」


 スコールの言葉に、ヴァンが手を上げて言って、二人の返事を待たずにするすると木を上って行く。
太い安定した枝に移ったヴァンは、ぐるりと辺りを見回して、OK、と指でサインを出した。


「よし。探すぞ、ティーダ」
「おう」


 番号札は大きなタロットカード程の大きさをしているので、普通のカードや小さなアイテムに比べれば見付け易い方だが、魔物の歩行に巻き込まれて地面に埋まったり、木の上に飛んだり、茂みの中に紛れ込むと言うのはよくある事だ。
スコールはサイトロを繰り返して使いながら、自分の現在地と目当ての物の大まかな位置を調整する。
ティーダはサーチ系の魔法は苦手なので、とにかく歩き回り、茂みの中を覗き込み、目で探して回った。

 木の上で見張りをしていたヴァンが、何かを見付けたように立ち上がった。
それを見付けて、スコールが声をかける。


「どうした、ヴァン」
「んー……」
「魔物っスか?」
「なんか、誰かグラットに追われてるっぽい。こっちに来るぞ」


 スコールがヴァンの見ている方向へと目を向ける。
其処には鬱蒼とした茂みと、折り重なって倒れた木があった。

 しばらくそのまま、三人で見詰めていると、がさ、と茂みが揺れる。
スコールとティーダがそれぞれの武器を握り、ヴァンもボウガンに矢を当てて構えた。
ザザザッ、と一際大きく茂みが動いた後、人影が三つ飛び出して来た。


「うぉおおおっ!」
「うひゃ〜っ!」
「ぎゃああああっ!」


 金髪の前髪をトサカのように逆立てた小柄な少年と、茶色のショートカットの髪を外ハネにした少女と、地味な風貌の少年。
悲鳴を上げながら駆けてくる三人の後ろから、触手を伸ばして振り回しながらグラットが茂みをなぎ倒しながら現れた。
グラットは雄叫びのような音を鳴らしながら、三人を追い駆けて来る。
原因は判らないが、どうやら、怒り狂っている上にコンフュがかかっているらしい。
周りにあるものを手当たり次第に壊している。


「ヴァン!ティーダ!」
「おう!」


 スコールの声を合図に、ヴァンがボウガンの引き金を引き、ティーダが低い体勢から走り出す。

 スタートダッシュで加速するティーダを追い抜いて、放たれた矢がグラットのばっかりと開いた口の中に飛び込んで、柔らかな葉肉を貫いた。
ティーダと、飛び出して来た三人が擦れ違う。
スコールはガンブレードを下ろして、掌に魔力を集めた。
ティーダの振り被った剣がグラットの丸々とした腹部を切り裂き、粘ついた粘液が噴き出す。
それをティーダが横に移動して避けたタイミングで、スコールは魔法を放った。


「ファイア!」


 食虫植物が変異して生まれたこの魔物は、炎を嫌う。
スコールの放った火球がグラットを包み込むと、グラットは触手の腕ごと体を振り回して、己を包む炎を掻き消そうと躍起になった。
木の上から、ヴァンが追い打ちでファイアを放つ。
スコールよりは小さい炎であったが、残り火が煽られたように膨らんで、再びグラットを包み込んだ。


「セルフィ、ニーダ!俺達ももう一回行くぞ!」
「りょ〜かいっ!」
「よ、よし!」


 逃げていた三人が隊列を組み直す。
金髪の少年がスコールの傍を駆け抜けて、炎に悶えるグラットに拳を打ち込んだ。
虫のように発達した足がぎゃりぎゃりと地面を削って後退する。

 スコールの両サイドで、少女と少年が魔法の詠唱に入った。
それを横目で確認して、スコールはガンブレードを持ち直し、グラットへ突進する。
触手が金髪の少年とティーダに向かって伸ばされていたが、スコールは地を蹴って跳び、友人達を絡め取ろうとしていた細い触手を切り裂いた。
ぼとぼとと触手の先端に生えていた、捕獲の為であろう幅広の刺の付いた葉が落ちる。

 後方から三つの火球が飛来し、グラットを襲う。
じたばたと暴れるグラットの腹に、金髪の少年が全身を持って体当たりした。
衝撃を受けたグラットは、頭頂部の口から粘液を撒き散らしながら引っ繰り返る。
内臓への衝撃にショックを受けたか、ビクッビクッと痙攣するグラットの腹を、スコールとティーダの刃が切り裂いた。

 倒れた躯を地面と平行に────つまり体を縦に二つに割られて、グラットは息絶えた。
異臭を放つ粘液が腹から溢れ出し、グラット自身の体を蝕んで、急速に腐食させていく。
スコールとティーダは、刃を強く振って付着した粘液を振り払うが、授業が終わった後にきちんと磨く必要がありそうだ。


「やった〜!」


 薄暗い空間に、場違いな程に明るい声が響く。
それを聞いたティーダが、相変わらずっスね、と呟いた。

 スコールが金髪の少年に視線を向けると、少年はバツが悪そうに眉尻を下げて頭を掻いた。


「サンキュー、スコール。助かったぜ」
「……何やってるんだ、あんた達」
「いや…セルフィが……ちょっと。あと俺も、ちょっと…」


 感謝の意を述べる少年に、スコールは呆れたと言う表情を浮かべる。
それを見た少年は、益々バツが悪くなったのを誤魔化すように愛想笑いを浮かべていた。
そんな少年に、剣を仕舞ったティーダが声をかける。


「ゼル、怪我してないっスか?」
「おう、平気平気」


 少年───ゼルは、スコールと同じ孤児院で育っており、スコールとは旧知の仲である。
五歳の時にバラムに住むディン夫妻に息子として迎えられ、スコールよりも少し遅れてバラムガーデンに入学した。
同じクラスに配属されている事もあり、人を避けるスコールにしては珍しく、ティーダやヴァン以外で───挨拶程度ではあるが───会話をする間柄であった。

 ゼルと同じように、此方を眺めている少女───セルフィも、同じ孤児院で育った仲である。
彼女もゼルと同時期に引き取り手に恵まれ、それから数年をザナルカンドで過ごしたのだが、幼馴染達の多くがバラムガーデンに入学したと便りを貰い、また一緒に過ごしたい、とバラムに戻って来て、現在は寮生として生活している。
ザナルカンドにいる両親とは良好な関係を気付いているらしく、手紙の遣り取りも頻繁に行っているようだった。
此方もゼル同様、スコール達と同じクラスに所属しており、スコールやティーダに話しかけてくる事もある。

 それから────、


「…………」


 スコールの青灰色が、はしゃぐセルフィを落ちつけようと宥めている少年へと向けられる。
それに気付いた少年がスコールを見て、やあ、と手を上げた。


「助かったよ、スコール。ありがとな」


 気の良い言葉であった。
しかし、スコールからの返事はない。
彼はじっと、探るような瞳で少年を睨んで───いや、見詰めていた。

 なんと言うか……いや、地味としか言いようのないタイプの少年であった。
ゼルとセルフィと一緒に行動していると言う事は、彼らと班を組んでおり、今日は他クラスとの合同授業ではないから、彼もまたスコール達と同じクラスにいると言う事になるのだが、


「……あんた、誰だ」


 スコールは、全く彼のことを思い出せなかった。
同じクラスなのは間違いない、間違いないのだが、全く記憶の琴線が揺れない。
こんなに軽々しく声をかけられるような覚えはない、と言わんばかりの鬱陶しげな眼差しに、少年がしばし固まった。

 誰って、と少年が心なしか震える声で口を動かそうとした時、頭上から追い打ちの声がかかる。


「それは俺も思った。ゼルとセルフィは覚えてるけど、お前、誰だ?うちのクラスにいたっけ?」


 枝に座ってぷらぷらと足を遊ばせていたヴァンの台詞に、少年は再び固まった。
それからがっくりと肩を落とし、膝をつき、地面に崩れ落ちる。
そんな少年を哀れに思ってか、ティーダが責めるような目でスコールとヴァンを交互に見た。


「二人とも、酷いっスよ。クラスメイトの顔も覚えてないんスか?」
「………」
「だってホントに知らないし」


 遠慮のないヴァンの言葉に、少年が物理的に地面に沈んだ。
沈黙を保ったスコールの方も、内心は同じような気持ちである。


「しょーがないっスねえ、二人とも」
「…じゃあ、ティーダはそいつが誰か判るのか」
「勿論っスよ!」


 自信満々に胸を張ったティーダの言葉に、少年が跳ね起きてティーダを見る。
黒々とした瞳がティーダを期待の眼差しで見詰めていた。


「スコールもヴァンも、ちゃんと覚えろよ。こいつは─────………………………………誰だっけ……」


 たっぷり数十秒の間を開けて、ようやっと出て来たティーダの言葉に、スコールは脱力した。
誰だ、と三度目の台詞を向けられた少年は、再び地面と仲良くなり、さめざめと泣いている。

 そんな風に泣かれても、判らないものは判らない、とスコールは思った。
記憶力の宜しくないヴァン程ではないが、スコールもクラスメイトの顔をあまり覚えいない。
それでも、クラスメイト一通りに対し、ゼルやセルフィのように見知った人間相手でなくても、ああこんな奴クラスにいたな、位の印象は何かしら持っているのだ。
それがこの地味な少年には、全くないのである。

 地面に突っ伏した少年にゼルが近付き、慰めるように肩を叩く。
その傍らで、セルフィが可笑しそうに楽しそうに笑っていた。


「泣くなよ、ニーダ。相手がスコール達じゃ仕方ないって」
「……判るって言ったのに。期待させといてこれか…いや、もう、慣れたけどさ……どうせ俺は地味だよ、影が薄いよ…」
「いや、あの、なんか、ごめん……」


 潰れている少年に、ティーダが申し訳なさそうに謝った。
いいよ、慣れてるから、と少年は言うが、漂う悲壮感が「いいよ」で済ませられない事を如実に物語っている。

 それより、とスコールは、先程ゼルが口にした、彼の物であろうと思しき名前を口の中で反芻させた。
ニーダ、ニーダ、……繰り返してみるが、やはり記憶の琴線は震えない。
やっぱり知らないな、と胸中のみで呟いたスコールの頭上から、別の声がまた落ちて来た。


「ニーダ、ニーダ……うーん…やっぱ知らないぞ、俺」
「ヴァーン!言っちゃ駄目っスよ!あ、俺、俺は顔覚えてるっス!ホントに!」


 名前は出て来なかったけれど、顔は本当に覚えてた。
必死に繰り返すティーダに、うん、ありがとう、と小さな声が返ってくる。
スコールは、「名前は…」と言っている時点で傷を抉っている事には気付いていないのだろうな、と良くも悪くも鈍い幼馴染を眺めて思う。

 薄暗い訓練施設の中が、より一層暗くなりつつある事に気付いて、いつまでもこうして佇んでいる訳には行かない、とスコールは思い出した。
四時間目の今、時刻は正午を過ぎて、南天にあった太陽がゆっくりと移動を始めている。
この訓練施設はあまり日当たりが良くなく、人工灯はきちんと取り付けられているが、魔物が徘徊するのでしょっちゅうケーブルが切断されたり、電球が壊れたりしており、一々全てを修繕する事もない為、少し太陽が傾くと、直ぐに影になってしまう。

 のんびりしていると、授業時間が終わってしまう。
終了のチャイムが鳴るまでに、番号札を回収し、指定ポイントに到着しなければ、成績にマイナスの棒が書かれる事になる。


「ティーダ、早く札を探すぞ」
「そうだった。ごめんな、ニーダ。それじゃ!」


 ティーダが慌てて番号札の捜索に戻り、スコールも今一度、とサイトロの詠唱に入る────が、


「スコール、スコール」


 ちょんちょん、と肩を突かれる。
振り返ると、セルフィがにか〜っと笑って、背中に回していた手を突き出した。


「これ、な〜んだ?」


 鼻先の距離に差し出されたそれを見て、スコールは目を瞠る。
『27』の数字が書かれた、プラスチック製の汚れたプレート。
間違いなく、スコール達が探していた、割り当てられた番号札だった。

 はい、と言って番号札を差し出すセルフィ。
スコールが無言のままでそれを受け取ると、「これでおあいこやね〜」と彼女独特の訛り癖で言われた。
スコールはしばし番号札を見詰めた後、丸い頬をにこにこと楽しそうに緩めているセルフィを見る。


「…何処にあったんだ?」
「其処の木の根元にあったよ。気付かんかった?スコール、鈍ち〜ん」


 あはは、と笑って言われたスコールの表情が凍り付く。
それを見たゼルが、慌ててセルフィの手を引っ張ってスコールから距離を取った。


「よ、良かったな、スコール!じゃ、俺達はこれで。お先っ」


 既に番号札を見付けているのだろう、班リーダー的な立場となっているらしいゼルは、セルフィを引っ張り、まだ沈んだまま立ち直れないニーダを引き摺って、走り去って行った。
残されたのは、無表情で立ち尽くすスコールと、凍り付いた空気に引き攣るティーダ、木の上で下方の様子に気付かず、不思議そうに首を傾げるヴァンの三人だった。




 スコール達が集合ポイントに到着した時には、既に十名ほどの生徒が到着し、各々好きに休憩していた。
教員のカイエンは、全体を見渡す為だろう、高く突き刺さった鉄骨の上に危なげなく立っている。

 到着場所の周辺には、炎と氷の魔力を宿した魔石が交互に等間隔で設置されている。
訓練施設内を徘徊している魔物は、冷気を苦手とするアルケオダイノス、炎を嫌うグラットが殆どで、時折外からボムやバイトバグが迷い込んでくる。
この二種類も、それぞれ冷気と炎を苦手としているので、その気配を察知するとそれ以上は近付いて来ない。
魔石は安全区域を保つ為に設置されているのだ。

 スコールは鉄骨の上にいる教員に声をかけた。


「カイエン先生」
「む。レオンハートか」


 スコールの呼ぶ声に、カイエンは視線を落とし、スコールの姿を確認すると地面へと真っ直ぐに降りて来た。
髭を蓄えたこの教員は、イヴァリース大陸の小国の出身で、其処では刀を手に国の兵士をまとめ上げる大隊長であったと言う。
五十を迎えた現在は、引退し、異国への見聞を広めると共に、後世の育成と言う面から、バラムガーデンに教員として迎えられたと言う経緯がある。

 年齢の所為か、それとも祖国がそういった風土であるのか、スコールから見て、カイエンは酷く古風なタイプの人間だった。
日々是精進、質実剛健をモットーとし、他人にも自分にも厳しい。
生徒の中には「堅物」と称して苦手としている者もいるが、年の功か、見た目の厳格さの割に柔軟な思考をしている。
スコールも初めてカイエンを見た時は、口煩そうだ、と勝手な印象を持っていたのだが、今は大分緩和された。

 スコールは、制服のジャケットの内ポケットから、番号札と授業開始前にクジで引いた数字の書かれた紙を取り出す。
二つを並べて掲げ、授業の主旨である番号札の回収をクリアした事を示す。

 カイエンは数字を確認した後、スコールと、その後ろに並んでいるティーダとヴァンを見て、


「うむ、よくやった。授業が終わるまで、休憩していると良いでござる」
「はい。ありがとうございました」
「終わったー!」
「あー、疲れた」


 丁寧に頭を下げるスコールの後ろで、開放感に満ちた声と、のんびりと間延びした声が続いた。
マイペースな友人二人にスコールは顔を顰めたが、カイエンは特に気に留める様子もなく、再び鉄骨の上に昇って行った。

 スコールは、めいめい好きに過ごしている十数名の輪から離れ、蔓の巻き付いた廃材の傍に腰を下ろした。
直ぐにティーダとヴァンも来て、三人で輪になって落ち着く。


「カイエン先生の“ござる”って、あれなんだろうな?」
「訛りと言うか…癖らしい」
「面白いよなー、ああ言うの」


 スコールは腰に装着していたガンブレードを固定する為のベルトを外し、懐から目の細かい布を取り出して、刃に付着していた魔物の体液を拭い始めた。
それを見たティーダも、同じように布を取り出して、刃の手入れをする。
ボウガンを使っていたヴァンは、しばし考えるように首を捻った後、束ねていた矢をバラバラにし、ポケットに入っていたハンカチで矢先を拭き始めた。
弓矢の手入れとしては必要ない作業なので、二人を真似しているのと、単なる暇潰しだろう。

 たったっ、と言う軽い足音が響く。
スコールの背中に影が落ちて、あ、とティーダが口を開ける間もなく、それはスコールの背に襲い掛かって来た。


「お疲れ、スコールー」
「………セルフィ」


 どんっと軽い押しを喰らったスコールが眉根を寄せ、犯人の少女を睨むが、青灰色の尖りをセルフィは気に留めない。
そんなセルフィの後ろから、ゼルもやって来た。


「よ、スコール。ティーダとヴァンも」
「うっス」
「おー」


 ひらひらとヴァンが拭いたばかりの矢を揺らして返事をする。
ゼルはティーダとヴァンの間に腰を下ろし、セルフィはスコールの隣に座った。


「ねえねえスコール、レオン兄、元気?」


 スコールと同じ孤児院で育ったゼルとセルフィにとって、年長者であったスコールの兄は、二人にとっても兄的存在だ。
セルフィの言葉に、スコールは頷く。


「ああ。いつも通りだな」
「今は仕事か?何処行ってるんだ?」
「ティンバーに行くと言っていたと思う」


 へえ、とゼルとセルフィが感心したように声を漏らす。


「確か、この間はスピラのビサイドに行ってなかったか?」
「ああ。魔物討伐だった」
「その前はエスタでラグナ様の護衛やろ〜。レオン兄、大忙しだねえ」
「大忙しってか、忙し過ぎっスよ、レオンは」


 ティーダの溜息交じりの言葉に、スコールも言葉なく同調する。
仕方ないんじゃないか、とゼルが言う。


「なんてーか、今話題の売れっ子SEED!だしな。レオン、最近休みの日ってあったのか?」
「仕事から帰った次の日は、一応、休みになっている。でも緊急の仕事が入る事もあるから、結果的にはないようなものか……」
「大丈夫〜?昔みたいな事にならへん?」
「昔って?」


 黙って話を聞いていたヴァンが、顔を上げて訊ねた。
問われたティーダは「知らない」と肩を竦め、必然的に次にスコールへとヴァンの視線が回って来る。


「……子供の頃に、風邪をひいていたのを隠していて、買い物の途中で倒れたんだ」


 苦々しい顔のスコールの言葉に、ティーダとヴァンは驚いて顔を見合わせる。
ゼルが後を引き継いで話を続けた。


「その日はママ先生もシド先生もいなくて、俺達しかいなくてさ。皆で夕飯の買い物に行こうってなって、一通り買い終わった帰り道だったんだよ。急にレオンがふらふらし始めて、どうしたんだって思ったら、道の真ん中でばったり。あれびっくりしたよなぁ」


 レオンが12歳の時の話だから、エルオーネは8歳、スコール達はまだ4歳だった。
あまりに唐突に兄が倒れたものだから、子供達はパニックになり、エルオーネもどうして良いのか判らずに混乱してしまった。
幸い、近所の大人達が気付いてくれて、レオンを病院に運び、子供達を宥めて一時預けてくれたので、無事に事態は収拾したのだが、レオンは医者と、後に話を聞いたイデア・クレイマーから随分酷く叱られたらしい。
養い親の不在で、自分自身が確りしなければ、と思う余りに、彼は自分の体調不良を無理やり押し殺して過ごしていたのだ。
その所為で反って子供達を不安にさせ、エルオーネには盛大に泣いて怒られ、スコールはしばらくレオンの心配ばかりをするようになった事に、彼は大分長い間、罪悪感を抱いていたようだった。

 レオンは昔から確り者だが、何処か───と言うより、自分自身に関する事だけ、妙に抜けている所がある。
弟妹の面倒を優先してばかりだから、自分のことが頭から消えてしまうのだろう。
風邪で倒れた一件以来、適度に自分の体調管理にも意識を向けるようにはなったが、多少のことなら大丈夫だと軽く見てしまう事も多い。

 ───幼年時代を共に過ごした人々は、確り者の兄のそんな一面をよく知っている。
だからゼルもセルフィも、大丈夫だろうと思いつつも、やはり心配になってしまうのだ。


「だから、あの時みたいにまた倒れたりしないかって、ちょっと気になるんだよ。仕事は仕事だし、簡単に休めないだろうから、しょうがないんだろうけどさ」
「……伝えて置く」


 余り効果があるとは思えないけど、と言う言葉は、胸の奥に留めておいた方が良いだろうと、スコールは思った。

 何せレオンと来たら、数少ない休日にまで、忙しなく過ごすのだ。
エルオーネがトラビアガーデンに留学し、ティーダもジェクトと過ごすようになって隣家に住まいを移した後、兄弟二人で過ごすようになって間もなく、家事全般はスコールの役目になった。
レオンは仕事で疲れているのだから、家の事まで任せたくなかったのだ。
しかし、レオンは休日になると───休日でなくとも、昼間に帰って来たりすると───食事の用意をすると言ったり、洗濯物を片付けようとしたり、スコールやティーダに勉強を教えたり。
スコールは、兄がのんびりと羽根伸ばしをしている所など、此処数年、見た覚えがない。

 休日ぐらいゆっくり過ごせ、とはスコールもレオンによく言っている。
その都度「そうするよ」と返事はあるのだが、結局、彼がリビングでじっと落ち着いている事はなかった。
何もする事がなければコーヒーを飲んでテレビを見たり、ガンブレードを調整したりしているのだが、スコールが何か家事をしようとすると、直ぐに「手伝う」と言い出すのだ。
ずっと誰かの面倒を見て来たレオンだから、きっともう、他人に世話を焼くのが癖になっているのだろう。

 心配していたと伝えておく、と言うスコールに、ゼルとセルフィが安心したように表情を綻ばせた。
ティーダがそれを見て、剣を床に置いて言う。


「俺も伝えとくっス。弟と妹がみーんな心配してるって」


 気付かぬ内に無理をしてしまうレオンを心配しているのは、ゼルとセルフィだけではない。
仕事とは言え、彼は常に荒事の渦中にいるようなものだから、いつ大きな怪我をして帰って来るか判らない。
実の弟であるスコールが、父の代わりに面倒を見て貰ったティーダが、心配しない訳がないのだ。
遠く離れた場所にいるエルオーネも、定期的に連絡を寄越す度、「レオンが無理しないように見張ってね」と必ず言っている。

 “レオンが無茶をする”と言うのは、彼と一緒に育った少年少女達にとって、共通認識なのだ。
本人は自分がそう思われているといまいち理解していないので、弟達の心配も一入と言うものである。

 授業終了のチャイムが鳴った。
カイエンの集合をかける声を聞いて、スコール達はそれぞれの武器をベルトに納め、立ち上がる。
ゼルとセルフィも腰を上げて、じゃあ宜しく、と言って二人揃って駆け足で遠退いて行った。

 ボウガンを腰に固定したヴァンが、ふと思ったように呟く。


「俺、レオンっていつも確りしてるなって思ってたけど。案外そんなでもないんだな」
「……変な所でズレてるんだ」
「その辺、兄弟似てるっスよ」


 ティーダの言葉の意味が判らず、スコールは首を傾げる。
それを見た友人二人は、ほらな、と顔を見合わせて肩を竦めた。





17歳が集合。皆お兄ちゃん大好き(ヴァンもレックス大好き)。
皆子供の頃の事はちゃんと覚えてるので、今でも結構仲が良いです。特別一緒に過ごすような時間が少ないだけで。
頼りにしてるお兄ちゃんがいきなりぶっ倒れたら、そりゃ驚くわな。だから皆、この事件は尚の事覚えてる。

ニーダが途中で消えた。ごめんね!消える前もごめんね!しかし存在感薄いからこそのニーダだとも思う。