イメージ&リアリティ


「あったあった!見付けたっスよ、スコール!」
「煩い、ティーダ。静かにしろ」


 一日の勉強を終え、ガーデンから家に帰る途中で立ち寄った本屋で、ティーダの高い声が響き渡る。

 店に入るなり雑誌コーナーに駆けて行ったティーダは、目を皿にして目当ての物を探し、見つけるや否や攫うように掴んで、参考書コーナーに行っていたスコールの下へ走った。
学生が屯する漫画コーナーや、立ち読みする人が多い雑誌コーナーと違い、参考書のコーナーにはスコールしかいない。
それでも店中に響く声で叫ばれ、挙句に名を呼ばれれば、目立つ事を嫌うスコールが怒るのも当然だった。
スコールはじろりと賑やかな幼馴染を睨んだが、ティーダの方はそんな事は気にならない程に興奮していた。

 ティーダは手に持っていた雑誌を、スコールの前に掲げてみせる。
『バトルマニア』と書かれた武器特集の月刊誌で、スコールとティーダもよく読んでいるものだ。
今月はガンブレードの特集をすると先月号から予告があったので、スコールも密かに気になっていた。
その他にも、スコールが今月号を───表面に出さず───気にしていたのには、もう一つ理由がある。


「ほらほら、此処にレオンの名前書いてあるんスよ」


 ティーダが指差した表紙には、『ガンブレード特集』の文字の傍らに、兄の名前が掲載されている。
レオンは先月、この雑誌の為に、現在最も良く知られているガンブレード使いとして、インタビューを受けていた。
それを聞いて以来、レオンの弟であるスコールと、弟同然に面倒を見て貰っていたティーダは、兄のインタビュー記事が読める日を心待ちにしていたのである。

 スコールは手早く自分の目当てであった参考書を探し出し、雑誌と一緒にレジを通した。
雑誌代を返すと言うティーダと、面倒だし返さなくていいと言うスコールとで少々揉めたが、これは来月の雑誌をティーダが買う事で解決した。

 二人はバラムホテルの傍にある展望台に上り、ベンチに座ってビニール袋から雑誌を取り出した。
目次でページ数を確認して、直ぐにインタビューページを開く。


「すげえ、本当に載ってるっス!」
「……お前もブリッツの雑誌に載った事くらいあるだろ」
「まあ、そうだけどさあ。やっぱりなんか違うだろ?俺は大会の優勝とか、そういうので載った事あるけど、丸々4ページも使ってインタビュー載せられるとか、そういうのやった事ないし。ちょっと載るのと、こんなに載るのじゃ、凄さが違うっス」


 ティーダの言葉に、そういうものだろうか、とスコールは首を傾げる。
雑誌に載った経験などないスコールから見れば、どちらも凄い事だと思うのだが、経験者はやはり感覚が違うのだろうか。

 インタビューページは、先ず一ページ目に椅子に座って、斜め向きにカメラを見上げているレオンの写真が掲載されていた。
前髪の隙間に覗く大きな傷が、見る者に強烈な印象を与える。
しかし、見上げる青灰色は決して鋭くはなく、穏やかなものであった。


「……昔から思ってたけど。女の子にモテそうだよな、レオンって」


 ティーダの言葉に、スコールはしばし沈黙した後、小さく頷いた。
が、兄の浮いた話は、一度も聞いた覚えがない。

 しかし、レオンが女性から人気があるのは事実だ。
額の傷は確かに良くも悪くも目立つが、かと言って、レオンの面は決して醜悪ではない。
寧ろその顔立ちに惹かれる女性は後を絶たず、要人警護で向かった先で、依頼主である女性に口説かれたり、と言う場面は少なくないと言う。
実際、それで何度か彼は大変な目に遭った事もあるようだった。

 最初のページの三分の二を占めている写真の下に、インタビューの内容が掲載されている。
スコールとティーダは、書かれている文章を追っているだけで、礼節を弁えて、質問に答える兄の姿がありありと思い浮かべる事が出来た。


───ガンブレードを使用するようになった切っ掛けについて。
『父が使用していた所を見た事があったんです。もう十年以上昔の事ですが、はっきり覚えていますね』


「スコール、これ知ってた?」
「いや。聞いた事もなかったからな……」


 使用者が少ないガンブレードを、どうして兄が愛用しているのか。
スコールは疑問に思った事もなければ、その理由について尋ねた事もない。
父が……と言う話をこうして読んでみても、スコールは父の事など知らないから、いまいちピンと来なかった。


───バラムガーデン在籍時から、ガンブレードを使用していたとお聞きしました。
『中等部の戦闘実技の授業からですね。武器は好きな物を選択できるようになっていて、ガンブレードもあったんです。生憎、あったのは武器だけで、専任講師はいなかったんですが』
───では、扱い方は独学で?
『半分は、そうなりますね。学園長が便宜を図って下さったので、高等部になってからは、月に一度、ガルバディアから講師が来てくれるようになりました。中等部の時は、剣術の専任講師と、戦闘実技全般を教えてくれる先生に見て貰っていました』


 バラムガーデンにガンブレードの専任講師がいないと言うのは、今のスコールにも当て嵌まる、ガーデン生活において悩み事の一つであった。
今のスコールも、中等部時代のレオンと同じように、剣術の専任講師と実技全般の監督をする教師に指導を受けている。
しかし、やはり普通の剣と、銃と剣が一体化したガンブレードは勝手が違う。
講師は親身になって教えてくれるが、やはり訓練最中の動作不良や、刀剣を扱う時には起こりえないであろうミスやトラブルについては、中々思うように指導が及ばない。

 その為バラムガーデンは、数カ月に一度、レオンの都合がつく時に特別講師として招いている。
ミッドガル社はこれに対し、バラムガーデンがレオンの母校である事、ガーデン卒業生の中にミッドガル社に就職している者が少なくない事から、協力的な姿勢だ。

 インタビューでもこれについて触れており、バラムガーデンに入学すればレオンの授業が受けられる、と太字の大文字で書き抜かれている。


「……どうするんスかね、コレ。レオン、余計に忙しくなるんじゃないか?」
「……学園長がレオンに無理をさせる事はない、と思うが……」


 バラムガーデンの学園長を務めているシドは、スコールとレオンの兄弟にとって、親代わりである。
その頃の名残だろうか、シドは在校生であるスコールや、卒業生のレオンにも、度々気遣う言葉を投げかけてくれている。
それは兄弟だけでなく、ティーダも短い期間とは言え面倒を見て貰った事があり、他にもシドとその妻イデアの下で育った子供達には共通する事であった。

 一抹の心配を残しつつ、二人は更に文字を追う。
質問は「ガンブレードの使用に関して気を付けている事」となり、レオンは「メンテナンスと、無茶な扱い方をしない事」と答えている。


───無茶な扱い方、とは?
『例えば、グリップで堅いものを殴るとか。ガンブレードは合成材で作られているものなので、金属製品の割には軽い方ですが、そこそこ重量はあるんです。それで殴ろうものなら、バイクのヘルメットぐらいは割れますよ』


「……レオン、ガンブレードでヘルメットかち割った事あるんスかね」
「…さあ……この辺は仕事柄、という奴だろ」
「スコール、絶対やるなよ」
「やる必要がないだろ」


 レオンのようにSEEDであるとか、軍人で現役で活動していない限り、ヘルメットを叩き割るような場面に見舞われる事は、十中八九、出逢いはしないだろう。
呆れたように言うスコールに、それもそうか、とティーダも納得した。
 
 二ページ目にはレオンが愛用しているガンブレードがスナップ写真になって載っている。
家で自主メンテナンスをしている事があるので、スコールにとっては見慣れたものと言えるが、写真のように各部分を拡大するように、じっくりと眺めた事はない。
刀身に刻まれた獅子の刻印も掲載されており、写真の下に小さな文字で「目標としている“百獣の王ライオン”の刻印」と説明が書かれている。

 スコールは、自身の胸に光る銀細工の獅子を握り締めた。
同じものが兄の胸にも飾られている。
それを見たティーダが、スコールの顔を覗き込んで行った。


「スコールも、ライオン好きだよな」
「……まあな」
「照れんなって。二人で一緒にネックレス買う位好きなんだろ」
「………」


 スコールは他にもシルバーアクセサリーを幾つか持っている。
一番よく集めているのはリングの類であるが、それも一等気に入っているのは、獅子をモチーフにデザインされたものだ。
勿論、常に首にかけているネックレスも、スコールのお気に入りである。

 好みが被ったのは、兄弟ゆえか、それとも単なる偶然か。
ジェクトにも同じような事を言って揶揄われたような気がする。
仕返しにそんな呟きを漏らせば、父の名を聞いたティーダが判り易く苦い顔をした。

 三ページ目になると、質問はレオンのプライベートに関するものに移っていた。


───休日は何をして過ごしていますか?
『正直、特別な事は何もしていません。ガンブレードを調整していますが、それ以外にやるべき事もないし。ミッドガル社のビル内にバーチャルシステムを導入した訓練施設があるので、汗を流す事もありますが、それ以外は実家でのんびりしていますね』


 書かれた文章を見た二人の眼が、揃って胡乱なものになる。


「……レオンが休みの日に何もしないでのんびりしてる日ってあったっけ」
「……ない」


 要人警護の仕事で引っ張りだこになって久しいレオンには、休日など殆どあってないようなものだ。
遠方に行く必要がなくても、本社に顔を出す用事が入ったりするので、本当に何も予定が入っていない日と言うのは、月に一度あるかないかと言う具合だった。

 だからたまの休日はのんびり過ごして欲しいとスコールは思うのだが、幼少の頃から年下の子供の面倒を見続けていた所為か、レオンは休日にも弟達の世話を焼く。
スコールに戦闘技術授業の復習の相手をしたり、ティーダに勉強を教えたり、スコールがやろうと思っていた家事全般を先に片付けてしまったり。
何をするでもなくぼんやりしている所なんて、食後にコーヒーを飲む十分程度ではないだろうか。


───ご自身の趣味について、何か。
『趣味…ですか。それこそ何も浮かばないんですよ。強いて言うなら、読書と自己鍛錬ぐらいですね』


「…だから休みの日に家事とかやりたがるのかな、レオンって」
「……かも知れない」


 多忙な日々の中で、急に舞い込んできた休息時間を有効的に使う手段を持っていないのなら、暇潰しに家事に勤しむのも頷ける。


「そう言えば……レオンが趣味らしい事をしているのは、一度も見た事がないな…」
「子供の時も?」
「…ずっとママ先生の手伝いをしていた気がする。後は、俺やエルオーネの面倒を見てばかりで」


 ガーデンの高等部に入って、弟と妹の手を離したと思ったら、生活の為にアルバイトを始めていた。
自分の為の時間等と言うものを、彼は殆ど持った事がなかったのだ。


「レオンらしいって言えば、らしいけどなぁ……」
「………」


 ティーダは、複雑な表情を浮かべている幼馴染を見て、ぽんぽんとダークブラウンの頭を撫でた。
スコールは無言でそれを振り払おうとしたが、ティーダは気にする様子はなく、しばらくスコールの髪を撫で続けていた。


───仕事柄、世界中を周った事があると思いますが、プライベートで旅行に行くなら、何処が良いですか?
『何処にも行かずに家で……と言うのが本音ですが、それを言うと質問の答えにはなりませんね。賑やかな所は少し苦手なので、静かな場所でのんびり過ごしたいです。具体的に挙げるなら、スピラ大陸のビサイド島ですね。仕事で何度か行った事があるのですが、島の人達は皆優しいし、海が近くて潮風が届くので、バラムと少し似ていて、ほっとするんです。それか、デリングシティにあるゴールドソーサー(遊園地)かな』
───急に真逆の所になりましたね。
『個人的にのんびり旅行、と言うなら、さっき言った通りなのですが、ただのんびり過ごすだけだと、家族サービスには少々不向きかと思って』


「……ビサイドがいい」
「俺はゴールドソーサーで遊びたいっス」
「俺は嫌だ、あんな人ごみ……」
「夏休みとかだけだって、あんなに多いの」


───レオンさんは全国に女性ファンも多いですが、こんな女性が好き、と言うタイプはありますか?
『考えた事がありませんね……少し、時間を貰って良いですか?』


 雑誌を見ていたスコールとティーダの脳裏に、先程のページに映っていた兄の顔が過ぎる。
モテそう、と言ったティーダの言葉は、間違いではないのだ。
しかし兄自身は、そうした浮いた話題が飛び交うであろう思春期ですら、頭の中は弟と妹のことで一杯だった。
孤児院経営を止めた養い親の下を離れ、自分自身の手で弟達を養おうと躍起になっていた時期だったから、尚更そうした話題には遠かったのである。
現に本人も、「考えた事がない」とはっきり言っている。
これが雑誌向けの言葉ではなく、本心からのものであると、スコールとティーダには判った。


───(一分少々、考えて頂きました)
『芯がしっかりした人ですね。あと、さり気無く叱ってくれる人。弟達によく怒られるのですが、私は知らない間に無理をする事が多いらしいので』


「らしいじゃないって。無理ばっかりっス」
「……このインタビュー、エルが見たらまた怒るぞ」


 確り者である筈なのに、どうして自分に関する事だけは無自覚なのか。
スコールは文面を見詰めながら溜息を吐いた。


───最後に、ファンの女性の皆様に何か一言。
『女性限定ですか?バトルマニアの読者層は男性が多い気がしますが』
───冗談です。読者の皆様に何か一言、お願いします。
『ガンブレードは繊細で扱い難く、手間がかかる武器ですが、その分、愛着も湧くのではないかと思います。カスタマイズして行けば、徐々に自分に合うものになって行くでしょう。取り扱っている店も少ないので、実物はあまり目にする機会がないかも知れませんが、ジャンクショップに行けばレプリカなど置いてある所もあります。目にした際は、ぜひ一度、触れてみて下さい』


 最後のページには、ガンブレードをテーブルに置いて、それに手を載せているレオンの写真が掲載されている。
癖のある流れをしたダークブラウンの髪を背に流し、青灰色を細めてガンブレードを見詰める兄の横顔は、常の凛とした面を残しながら、柔らかさを醸し出していた。

 スコールは雑誌を閉じた。
覗き込んでいたティーダの顔が離れて、ベンチの背凭れに背中を預け、空を仰ぐ。
スコールはティーダと逆で、膝上で閉じた雑誌の表紙を見詰めていた。


「なんか、ツッコミ所一杯あったインタビューだったっスね」
「……多分、それは俺達だけだ」


 呟いた後、スコールは今日のガーデンの食堂で、バトルマニアを開いてきゃあきゃあと賑やかに喋っていた女子生徒達を思い出した。
バラムガーデンで戦闘実技の授業がある所為か、バラムガーデンの生徒は男女ともに武器やバトルへの関心が高い。
だからバトルシリーズの月刊誌を読んでいる女子生徒と言うのは、決して珍しくはないのだが、今日の女子生徒達はまるで芸能雑誌でも見ているかのような興奮ぶりだった。
何故バトルマニアであそこまで盛り上がれるのか疑問だったが、実際に読んでみて、スコールは納得した。
決して、彼女達の興奮ぶりを理解する事はなかったが。

 レオンがスコールの兄であり、数か月に一度、特別講師としてガーデンを訪れるので、ガーデンの生徒にとって、レオンは比較的身近な存在だった。
しかし、それでも身内であるスコールや、幼い頃から面倒を見て貰い、今もその関係が続いているティーダに比べると、やはり幾らか距離があるのだ。
特別授業以外で見かけるのが、ニュースなどのテレビモニタ越しでもあるので、アイドルタレントを見るような目になるのも無理はない。
彼女達にとって、レオンは“強くて格好良くて、優しくて頼りになる理想の男性”なのだ。
決してスコールやティーダのように、“しっかりしているのに何処か抜けている兄”と言う目で見る事はない。
そんな彼を知っているのは家族だけなのだから、当然の事だ。

 スコールがベンチから腰を上げると、ティーダも追って立ち上がった。
雑誌をビニール袋に入れて、家に帰るべく、展望から下りて行く。


「今日、レオン帰って来るんだっけ?」
「夕方になるらしい」
「親父いないから、今日そっちで一緒に飯食っていい?」
「じゃあ、レオンが帰って来るまでに、風呂沸かしておいてくれ」
「うん」


 レオンが世間にとって“憧れの男性”であるとしても、弟達にとってその存在は、決して届かない雲のような、遠くにあるものではない。
彼は唯一無二の“兄”であり、手を伸ばせば届く、温かくて大切な家族なのだ。

 だから多分、自分達はこのままで良いのだろうと、スコールは思う。
兄が有名人だからと、変に意識をする事もなく、今まで通り普通に、疲れて帰って来る兄を出迎えて、羽根休めの出来る場所であれば良い。
兄もきっと、それを願っている筈だから。





身内が見るとツッコミ所だらけの雑誌インタビュー。
多分ジェクトなんかは、ネタにして揶揄ってくる(ティーダ相手だとケンカになる…)。

テレビ越しのイメージと、実物ってズレがあるものです。