大人の時間


 ざわめきの声。グラス、食器の鳴る音。仕切りの一角。青年が座敷に上がる。

「遅ぇぞ、レオン」
「ああ、すまん。勉強を教えていたら、つい」
「またうちのガキか……」
「いや、ティーダじゃない。ジタンの方だ。数学で躓いていた」
「誰でもいいっての。お陰で俺は一人で手酌酒だ。虚しいったらねえよ」

 ジェクトがグラスを見せる。ジェクトと向かい合ってレオンが座る。

「詫びだ。一杯」
「おう」

 レオンがビール瓶を傾ける。ビールの注がれる音。一気にジェクトが飲み干す。
 ジェクトが手を差し出す。レオンがビール瓶を渡す。

「ほれ、お前も」
「ああ。ありがとう」

 ジェクトがビール瓶を傾ける。ぎりぎりまで注がれたビールに、レオンが一口。

「ふぅ……」
「なんだ、お疲れか?」
「まあ、そうだな。今朝までエスタにいたから」
「帰ったのは昼か」
「一時頃だったかな。それから報告書を出して、会社の方でしばらく運動していた。その時は、あまり疲れは感じてなかったんだが……」
「バーチャルなんちゃらって奴か。あれ、面白いのか?実際に敵がいる訳じゃねえし、傍から見りゃ、なんにもねえのに必死こいて剣振り回してるようなもんだろ?」
「傍から見れば、な。だが、ミッドガル社のバーチャルシステムは、エスタやザナルカンドのプログラムも導入してるし、データマニアな学者もいるから、かなり精巧だぞ。使ってみれば、案外と面白い。多分、あんたの動きをトレースしたデータもあるぞ」
「…なんで俺のデータなんてもんがミッドガル社にあるんだよ?」
「言っただろう、データマニアがいるんだ。映像からでも、音声からでも、なんでもデータを取りたがる。俺のデータなんかは、その気になれば俺そっくりの偽物を作れるくらいのデータはあるんじゃないか」
「おっかねえ。とんでもねえ奴がいるもんだな。そんなのはエスタの…なんちゃら博士ぐらいだと思ってたぜ」
「オダイン博士か?まあ、あの人も大分…とんでもない人だが。ミッドガルの博士もかなりのものだぞ。……ん?おいジェクト、あんた、もうこんなに開けてたのか?」

 レオン、テーブル横に置かれていた大量の一升瓶を見付ける。笑うジェクト。

「しょうがねえだろ、暇だったんだよ。飲む以外にやる事がねえ」
「程々にしろよ。来週からザナルカンドで合宿だろう?」
「これ位、大した量じゃねえから、問題ねえよ。それよか、ツマミだ、ツマミ。家で飲むとまともなツマミが喰えねえんだよな。あいつに言っても作らねえし、酒飲むなって煩いし」
「ティーダは酒嫌いだからな。あんたの所為だと思うが。ふふ、でもあんたが遠征から帰って来る度に、ちゃんと缶ビールは買ってるんだぞ。二本だけな」
「……ああ?なんであいつがそんな事…」
「あんた、遠征から帰ったら真っ先にビールを飲むだろう。その時にビールがないと、ないないって煩くなるから、だと言っていた。遠征帰りは、どうせ一本二本飲んだら直ぐに寝るから、その方が静かでいい、だそうだ」
「……けっ」
「ああ、今の話は聞かなかった事にしてくれよ。俺がティーダに怒られる」
「じゃあ喋るんじゃねえよ……」
「言わないと気付かないだろう?」
「おい、レオン。あんまり大人を揶揄うなよ」
「揶揄ってないさ。所でジェクト、この柚子味噌煮って美味いのか?」

 レオンが壁に貼られた写真メニューを指差す。

「ああ、ビールに合うぜ」
「じゃあ、これと……山椒豆腐にするか」
「お前、肉も食え、肉も。薄っぺらい体しやがって。そんなでSeeDが務まるのかよ」
「一応、務まってるつもりだが。大体、あんたの基準で言ったら、誰でも薄っぺらくなるぞ。俺が薄っぺらいって言うんだったら、クジャなんかどうするんだ」

 ヒールの足音と、カラカラと回転する音。レオンとジェクトが振り返る。

「僕がなんだって?」
「クジャ、……と、レックス?」
「久しぶりだね」

 車椅子を止める。クジャがレックスを座敷へ運ぼうとするのを見て、レオンが手を貸す。

「手伝おう」
「ありがとう。すまないね」
「全く、呼び出しといてこれはないんじゃないの?ジェクト」
「あん?……ああ。悪いなレックス、テーブル席にすりゃ良かった」
「いや、こっちでも構わないよ。ただ、皆にちょっと手間をかけさせてしまうのが心苦しいかな」
「気にするな」
「僕の方もね。その代わり、今度の舞台で使う衣装の方、頼むよ」
「ああ」

 レックスが掘り炬燵に足を下ろす。クジャとレックスが並んで座り、レオンはジェクトの隣へ。

「もう結構飲んじゃった?」
「いや、俺は一杯だけだ。ツマミもまだ頼んでない」
「…じゃあこの瓶はジェクト?」
「ああ」
「またこんなに飲んで。ティーダに怒られても知らないよ?」
「なんでどいつもこいつも同じこと言うんだよ」
「パターンだからね。ねえ、此処ってワインないの?」
「ンな洒落たモンは置いてねえな」
「僕、ビールや焼酎よりワインの方が好きなんだけどな。……ないなら仕方ないか。カクテルもあるし、今日はこっちにしとこ。レックスは?」
「俺は、あまり飲むと医者に怒られるから、軽いもので。何かあるかな?」
「ノンアルコールカクテルがあるみたいだよ。ジュース割とか、この辺にしたら?」
「えーと……じゃあ、カシスオレンジにしようかな」

 レオンが店員を呼ぶ。

「すいません、注文を」
「ファジーネーブルとカシスオレンジと、…レオンは?」
「俺はビールで良いから、ビール二本追加で。ジェクトもまだ飲むんだろう?」
「当然」
「あとツマミは……僕、此処のはよく判らないから、そっちに任せるよ」
「んじゃ、枝豆追加と、柚子味噌煮と山椒豆腐、あぶりサーモンと、手羽と、烏賊のバター炒め。取り敢えず、こんなモンか」
「……大根と水菜のサラダも頼む」
「野菜なんか後にしろ、後に」
「手羽も烏賊もクジャが苦手だろう」
「お気遣いどうも。取り敢えず、以上でお願い」
「ご注文繰り返します。ファジーネーブルとカシスオレンジがお一つずつ、ビール二本追加。山芋の柚子味噌煮、山椒豆腐、手羽元の胡椒和え、烏賊のバター炒め、大根と水菜のサラダ。それと、枝豆の追加、以上で宜しいでしょうか」
「忘れてた。たこわさも」
「はい、たこわさ追加。以上で宜しいですか?」
「お願いします」

 店員が下がる。────数分後、各種アルコールが運ばれてくる。

「ほい、じゃあ……カンパーイ」
「乾杯」
「ちょっ、ビール跳んだよ、ジェクト」
「気にすんな」
「拭くものいるかい?」
「ありがとう、レックス」

 全員それぞれ、口をつける。ジェクトは一気飲み。

「ぷはーっ!」
「やだなあ、おじさん臭い。あ、ジェクトは本物のおじさんか」
「なんだと、コラ」

 睨むジェクトを気にせず、クジャはもう一口。その傍ら、レオンがレックスと向き合う。

「レックスと飲むのは久しぶりだな」
「あまりガーデンから出ないからね、俺は。夜に外に出たりすると、ヴァンも心配するし。でも、今日はヴァンも寮にいないし、折角のお誘いだったから」
「ガキどもは今頃お泊り会か」
「いつも邪魔させて貰って悪いね」
「構わない。スコールもティーダも、楽しそうだしな」
「仲が良いよね、本当に。ヴァンは、幼馴染がスピラにいるんだけど、その子に手紙を書くんだ。中身を一度見せて貰った事があって、殆どスコール君やティーダ君やジタン君の事で埋まってるんだよ。今日の事も、また書くんじゃないかな。ああ、レオンの事も書いてあったよ。強くて格好良い人だって」
「僕のことは書いてないの?魔法演算、よく教えてあげてると思うんだけど」
「書いてあったよ。男だけど美人な先輩、だって」
「美人って野郎に言う台詞じゃねえだろ」
「そんな事ないよ。男でも女でも、自分自身をしっかり磨けば、美しくなるものさ。僕は努力を怠らないからね。ヴァンの評価は当然のものだよ」

 クジャが長い銀色の髪を持ち上げて、自慢げに揺らす。

「確かに、クジャは肌も綺麗だし、髪もきちんと手入れしてるな。ヴァンはその辺は無頓着だから、髪なんか傷んでばっかりで……いや、いいんだけどね。女の子じゃないんだし、見た目もそんなに酷い訳じゃないし。ただ、訓練施設を使った後、髪を洗わないのはちょっと気になるんだ」
「グラットの粘液なんかねえ、被るときついよね。ねばねばするし」
「実技授業は汗を掻くし、埃も被るからな」
「ンなもん、シャワーで適当に流しゃいいだろ」
「それはそうなんだが……」
「あーやだやだ。そんなのだからジェクトの髪ってフケが多いんだよ。髪黒いから結構目立ってるんだよ?キミ、スフィアプール上がった後にちゃんとシャワーしてる?髪洗ってる?」
「洗ってるぜ。ブリッツやった後は体が冷えてるからな、温めとかねえといけねえし」
「で、どのくらい洗ってるの?」
「シャワーでざーっとだな。面倒だし」
「ティーダでももう少し洗ってるぞ……」
「気にしない人って、本当に気にしないよね。僕には信じられないけど。レックス、今度僕が使ってるシャンプーセット分けてあげようか?エスタで見付けた薬用シャンプーなんだけど、結構良いよ。傷みもちゃんとカバーしてくれるし」
「有難いけど、高いものだろう?クジャが使ってるシャンプーって」
「5000ギルくらいかな?」
「…………高ぇよ」
「ジタンが時々、クジャが高い買い物するからちっとも貯蓄できないって言ってたんだが、この所為か……」
「だって僕、モデルだよ?こういうのはきちんとしたもの使わないと」

 店員がツマミを持って来る。並んだ品にそれぞれ箸を伸ばす。

「モデルねえ。そういやレオン、お前この間、なんとかって雑誌からモデルデビューがどうのって話してなかったか?」
「ん?……ああ、あれか。断った」

 クジャがテーブルから乗り出す。

「断った?ちょっと、何やってるのさ、レオン。それってDdってデリングシティで発行されてるファッション雑誌の話でしょ?」
「知ってたのか」
「知ってたも何も、僕もそれ出てるんだから。折角レオンと共演できると思ったのに」
「共演したかったのかい?」
「ちょっとね。最近、誰かと一緒に撮影する事が多いんだけど、僕に釣り合うモデルが中々いなくてね。そりゃ僕に敵うようなモデルなんて少ないのは判ってるけど、一緒に撮るなら、やっぱりお互いが引き立たせられるような人と撮りたいじゃない。単なる僕の引き立て役なら、いなくて十分だよ。って言うか、返って視線が散っちゃうし、邪魔なだけ」
「自信過剰も此処まで行くと爽快なモンだな」
「あんたが言うのか、ジェクト」
「その点、レオンなら僕に負ける事もないだろうしね。僕の魅力も存分に引き立ててくれそうだし。良い絵が撮れると思ったんだけどなあ……なんで断ったの」
「なんでって……俺はSeeDで、モデルじゃないしな。会社からは一度だけでもやって来いと言われたんだが、撮影に一週間かかると聞いて、断った」
「ファッション雑誌の撮影って、そんなに時間がかかるものなのか?」
「……さあ?どうなんだ?」
「なんか企画でも立ててたんじゃないの。ロケとか、物語仕立てにしたいとか。世界中で大人気のSランクSeeDだもの、雑誌側も気合が入るだろうしね」
「へーえ。色々考えてるモンだな。初めて聞いたぜ」
「ジェクトはファッション雑誌の類は見ないからな……」
「だからいつも同じ格好しかしてないんだね」

 持ってこられたサラダを、レオンがクジャに譲る。

「あんまり同じ格好ばかりしてると、だらしないってティーダが怒るんじゃないの」
「その件なら、先月喧嘩していたぞ」
「予想通りだなあ……」
「うっせ!」

 ジェクトが一気にビールを煽る。

「おい、ジェクト。余り一気飲みをするなよ。急性アルコール中毒にでもなったらどうするんだ」
「だーからうちのガキと同じ事言うなっつーの。つかな、うちのガキが口煩いのは、絶対にお前の影響だぜ」
「俺?」

 指差されてレオンが目を丸くする。

「何かってーとレオンがああ言ってたこう言ってた、レオンならこうするってしつこいし、レオンだったらあーだこーだって言いやがって……」
「…それは…すまん」
「レオンが謝る事ないよ。ジェクトがしっかりすれば良いだけの話なんだから」
「でも、ジェクトも少し可哀想だな。大事な一人息子といつも喧嘩ばかりだし」
「レックス、それは甘いよ。ジェクトとティーダが喧嘩をするのは、大体、ジェクトが原因作ってるんだから」
「ぐ……るせぇ、うちの事情の事はほっとけ!お前のトコだってしょっちゅう喧嘩してんだろーが」
「ああ、クジャとジタンの兄弟喧嘩か。確かによく聞くな」
「……そりゃあね。兄弟って言ったって、喧嘩ぐらいするよ」
「先週、クジャが化粧品を買った所為で欲しかった服が買えなくなったってジタン君が言ってたよ。折角貯めてたのに!って、ヴァンに愚痴ってた」
「あんなダサい服なんかより、僕の美の為に費やす方がよっぽど有意義だよ。生活費だって僕が稼いでるんだし」
「そうは言うが、楽しみにしていた物を取り上げたようなものだろう?」
「……相談もしなかったのは悪かったと思ってるよ。でも、ジェクトの所みたいに後引き摺ったりはしないよ。来月は僕は欲しいものは我慢するし、ジタンが欲しがってるものは買ってあげるって約束した。それで解決。その点、君達の所は仲良いよねえ」

 クジャがレックスとレオンを見る。レックスがカシスオレンジを飲む。レオンは空になった食器を机の端へ。

「だな。お前ら、ベッタベタに仲良いよな」
「そんなに言われる程かな?」
「……さあ……?」
「まあ、レオンもレックスも、ジェクトと違って大人だからねえ」
「おい、さり気無く俺だけ大人げねえみてえに言うんじゃねえよ」

 店員が空になった食器とグラスを下げに来る。

「また何か注文するか?」
「手羽美味かったな。追加しようぜ」
「俺はあぶりサーモンを……」
「サラダって他にもあるんだね。ジャガイモ千切りサラダお願い」
「ビール一本追加と……俺は、ウーロン茶で」
「おい、もう飲まねえのか?」
「明日、仕事があるんだ。空いた穴を埋めないと行けない。早朝に出ないといけないからな、アルコールを明日まで持ち越させたくない」
「ウーロン茶なしでウーロンハイ頼む」
「おい!」
「諦めなって、レオン。ジェクト、結構お酒回ってるみたいだから、言っても聞かないと思うよ。僕、カンパリソーダ」
「レックスは?」
「じゃあソフトドリンクで……ジンジャエールを。此処って結構グラスが大きいから、これ以上飲むのはちょっと止めた方が良さそうだ」
「んあ〜、お前もかよ」
「レックスは仕方がないだろう。無理に飲ませるな。すみません、冷も貰えますか」
「はい。ご注文確認します。ジャガイモ千切りサラダがお一つと、手羽元の胡椒和え、あぶりサーモンの追加。ウーロンハイ、カンパリソーダ、ジンジャエール、ビールの追加ですね。お冷直ぐにお持ちします」

 店員、退室から一分後、冷を持って戻ってくる。冷がテーブルに置かれ、レオンがジェクトに差し出す。

「ほら、飲め」
「あー……」
「あーあ、だらしない。こんなの見てたら、ティーダがお酒嫌いになるのも無理ないよね。良かったね、今日お泊り会で。その状態で帰ってティーダと逢ったら、絶対にまた喧嘩だよ」
「どうしてそんなに喧嘩ばかり出来るのか、俺には不思議だよ」
「俺もだ」
「るっせぇ、若造にゃどうせ判んねえよ」
「不貞腐れちゃった」

 注文した酒とツマミが運ばれてくる。ジェクトがビールをグラスに注ぐ。

「……別に好きで喧嘩してる訳じゃねえよ」
「前にもその台詞、聞いた気がするんだけど」
「俺はよく聞く」
「ティーダにそれを言ってあげれば良いのに」
「それが出来るなら苦労しない、だそうだ。まあ、言ったところで、ティーダもな……ジェクトに対しては素直じゃないから」
「反抗期だもんねえ」
「反抗期……反抗期か。そうか、17だから、そんな歳か…」
「ヴァンって反抗期来てるの?」
「うん?うーん……どうだろう。元々マイペースな所があるから、反抗期って言う程の事はないかな。周りの目を気にする事も少ない方だし、素直な良い子だし」
「いいなぁ、うちのジタンなんか何かって言うと直ぐに反抗して来るんだもの」
「……うちのガキよりマシだろ。スコールはどうなんだ?」
「スコールは……反抗期と言うか、思春期だな、と思う事はある」
「なんだ、エロ本でも見付けたか」
「いや、そういう訳ではないんだが…」
「発想が下品だね……同じことティーダに言ってみなよ、絶対怒るよ?」
「色々と聞かれるのが嫌らしい。去年の冬休みにエルオーネが帰って来た時、部屋に入られるのも嫌がったな。後は……ああ、授業参観も来なくていいと言われた」
「あー、あったねえ、授業参観。あれぐらいの子って身内に頑張ってる所見られるのって恥ずかしがるからね。って、レオン、行ったのかい?授業参観」
「いや、行ってない。と言うか、行けなかったな。仕事が入ったから。クジャとレックスは?」
「行ったよー、空き時間にちょっとね。折角だったし、後から揶揄うネタになりそうだったし」
「俺も行ったよ。ヴァンの奴、何度もこっちを振り向くから、授業なんてまるで聞いてなくて、ヤマザキ先生に怒られてたよ」
「………」

 無言のジェクトをレオンが見る。

「ジェクト、は……」
「行ってねえ。……大体、授業参観なんてモンがあったってのも、今初めて聞いた」
「……まあ……ティーダが言う訳ないよね。反抗期だし、スコールと一緒で思春期だし」

 ジェクトがビール瓶を掴む。やけくそにそのまま瓶から一気に飲み始める。

「おい!」
「うわぁ……」
「寄せ、悪酔いするぞ」
「るせー、飲ませろ!こんぐれぇで潰れるかってーの」
「とにかく止めろ」

 レオンがジェクトからビール瓶を奪い取る。

「潰れるかどうかじゃなくて、悪酔いするのが問題なんだって。おまけに絡み酒なんだから」

 レオンから瓶を受け取ったレックスが、瓶をジェクトから一番遠い位置に置く。

「でも、授業参観って教えて貰えないショックはなんとなく判るかな。去年だったっけ。俺が事務の方で忙しくて、レポートにも追われて目が回ってた時、ヴァンが授業参観の連絡プリントを俺に見せないで捨てていた事があったんだ」
「ああ……俺もそれだったな。間違って捨てたのかと思って、拾ってスコールに確認したら、来なくていいと言われたんだ」
「去年は忙しかったから、結局行けなかったんだけど、ゴミ箱でプリントを見付けた時は、なんて言うか……少し寂しかったな。ちょっと楽しみにしてたんだよ。なんか、参観日って、ヴァンが頑張ってるのが見られるから」
「……俺もだ。スコールが初等部にいた頃は、俺も高等部だったから、参観日なんて行ってやれなくて。エルもガーデン生だったし。他の子には皆見に来る人がいるのにって寂しがってたんだが、……今じゃ逆だ。授業の事や、テストの結果が見られるのが恥ずかしいらしくてな。まあ、忙しくて、授業参観なんて幾らも行けてなかったんだが……」
「ふぅん。兄の心、弟知らずって奴?」
「かもな」
「………俺だってよ。たまにゃ行ってやろうかって思う事はあんだよ。なのにそういう時に限って、あのガキ、絶対来んな!だぜ。こっちの気も知らねえでよ……」
「で、また喧嘩すると」
「言ってやるな、クジャ」
「そういや、レオン。お前はどうだったんだ」
「ん?俺?…俺が、どうって、何が?」

 カチン、とジェクトのグラスがレオンのグラスに当てられる。

「俺がお前と逢ったのは、お前が15の時だろ。思春期だっただろうが。今のガキどもみてぇな事はあったのか?」
「どうだったかな……」
「なかったんじゃないの?レオンだもの。スコールスコール、エルエルって、あ、ティーダもか。そんな調子で思春期らしい事なんてなくても可笑しくないし。って言うか、ガーデンで生活してると、レオンの色んな話聞くんだよね。それ思うと、スコールやティーダみたいな思春期なんてまるでなかったと思うよ」
「レオンは、スコール君が赤ん坊の頃から面倒を見ているんだろう。だったら、思春期なんかやってる暇なんかないだろうね。ずっと保護者をしてるようなものだから」
「まあ……確かに、そうだな。孤児院にいた頃も、俺が一番年上だったし」
「だぁからこんな風になったんだろーな、おめーは」

 ジェクトがレオンの頭を撫で回す。

「お、い!何してるんだ、あんた」
「るっせ、いいから大人しく撫でられてろ」
「そういう事はティーダにやってやれ!」
「絶対嫌がるね」
「今はそうだろうなあ」
「全く……あんた、大分酔ってるだろう。今日はそろそろ止めた方が良いんじゃないか?」
「まだいけるぜ」
「悪酔いする前に止めておくのが、スマートな大人ってものだよ」
「ちっ」
「レオンも少し顔が赤いな」
「ん……そうか?」
「レオンってお酒はあんまり強くないよね。羽目外してる所とか見た事ないけど、実際、どれくらいまでなら飲めるの?」
「さあ。そういうのは試した事がないから、判らない」
「仕事って言うか、付き合いで飲む事もあるんじゃないの?SeeDの先輩とか。最高のSランクでも、レオンってSeeDになってからまだ6年でしょ。10年くらいやってる人ってザラじゃない?」
「そうだな。一番年上のSeeDは、20年程やってると聞いた。新人の頃はよく引っ張り回されたが、初年度はまだ19歳だったし、次の年からもまぁ……適当に、と言うか。幸い、三、四杯なら飲めるからな。ちまちまやってる間に、相手が潰れたり、満足したりして、お開きだ」
「年行ったジジイやオヤジってのは、自慢話を聞かせたくて部下だ後輩だって連中を酒飲みに誘う事が多いからな。その辺、レオンは聞き上手でやれてるんだろうよ」
「オヤジのジェクトが言うなら、そうなんだろうね」

 ぴしり、とジェクトの額に青筋が浮かぶ。

「お前はなんで一々……」
「落ち着け、ジェクト。クジャも揶揄うな」
「はいはい。所でさ、レオンって絶対に貧乏クジだよね。さっきの話にしてもそうだけど、相手が潰れるまで自慢話に付き合うとか、僕だったら耐えられないよ。引っ張り回されたって言うのも、その辺が原因なんじゃないの?」
「レオンは付き合いも良いから、SeeDの先輩も誘い易いだろうな」
「そうでもない。仕事終わりの飲みはいつも断ってるしな」
「そうなの?なんで?」
「見りゃ判んだろ。とっとと帰ってスコールのツラ見たいんだよ、こいつは」
「あー、成程。そういう事ね」
「仕事中に飲むのは問題ないのかい?」
「警護担当の時間外なら大丈夫だ。潰れる程飲むのは、問題外だが」
「SeeDって、結構その辺の規則緩いんだね」
「仮眠時間に緊張して眠れないって奴もいるんだ。任務内容によっては、警護期間が三日四日続く事もあるんだが、その間をずっと不眠で過ごされる訳にはいかないから、酒の力で寝る奴もいる。うちの医療部門が作った睡眠導入剤もあるが、薬にしろ酒にしろ、体質で効果も変わるから、各個人に合わせた方が良いだろうって事になってるんだ」
「そりゃいい。合宿中にも酒が飲めるようなもんだ」
「ちょっと違うと思うけど……」
「飲む量は自己責任だが、潰れて翌日の警護に支障が出るようなら、そいつは即減給だ」
「げ」
「当たり前だろう。許されているのは、あくまで睡眠導入剤の代わりであるとか、緊張を解す為だ。好きなだけ飲んで良い訳じゃない」
「だよなぁ……」
「ジェクトも見習ったら?酔いつぶれてリビングで爆睡、なんて事が減ったら、もうちょっとティーダの態度も落ち着くんじゃない?」
「……その内。その内な。その気になりゃ、酒なんざいつでも止められるんだからよ」
「どうだか」
「じゃあ、いつでも止められる訳だから、今日は此処で止めにするか」

 レオンがジェクトの前の空のグラスを取り上げる。

「あ、おい」
「いつでも止められるんだろう?」
「禁酒の話だ。お開きの話なんざしてねえよ」
「あれ。もうこんな時間じゃないか、ガーデン閉まっちゃったよ」
「だったらうちで飲み直そうぜ」
「悪いが、俺はパスだ。仕事があるからな」
「俺ももう酒は……」
「でも帰ってもどうせ入れないし。泊まらせて貰えるなら助かるんだけど。僕はもうちょっとだけなら、付き合ってあげても良いよ。ただし、ビールじゃなくてワインで」
「ジェクトの家にワインなんかないぞ」
「じゃあ僕もパス」
「おい、お前ら。年長者の言う事くらい少しは付き合いやがれ!」
「判った、判った。酒はもう飲めないが、話は聞くから。ほら、立て」
「レックス、こっちまで来れる?」
「ああ」
「手伝おう」
「ありがとう、レオン、クジャ」
「……会計、済ませとくぜ」
「ああ。帰ったら返すから」
「いらねえよ。たまには大人に格好つけさせろ」
「しかし」
「いいじゃない。ああ言ってるんだし、僕は甘えさせて貰うよ。あれでもキングって言われるようなスター選手なんだし、年長者だし」
「そう言うことだよ、レオン」
「……そうか」

 レオンが車椅子を押して、レオン、レックス、クジャが店を出る。やや遅れて、会計を済ませたジェクトも店を出る。

「うーん、潮風が良い感じだね。酔い覚ましに丁度良いよ」
「ヴァン達はもう寝たかな」
「どうかな。スコールは朝弱いから、普段はこの位には部屋に戻ってるんだが。ティーダは宵っ張りだし、ヴァンもジタンもいるから、大人しく寝かせては貰えないだろうな」
「枕投げでもやってるんじゃない?」
「ティーダ君の投げた枕は痛そうだね」
「何度かパス練習に付き合ったことがある。中々良い球を投げるぞ。エースと言われているのは伊達じゃない、と言う事だ」
「だってさ。良かったね、ジェクト」
「へっ。俺様から見りゃ、まだまだだってえの」
「なら、ジェクトが教えてあげればいいんじゃないか?」
「……その内な」
「そればっかりだね」
「まあ、今の内は喧嘩になるのがオチだからな」

 足音と車椅子の音が暫く続く。角を曲がった所で、明かりのついた民家を見付ける。

「起きてるね」
「明日は日曜だからな」
「SeeDは休日祝日なんて関係ないから、大変だね」
「ガーデンの事務や、モデルの仕事も似たようなものだろう?」
「君には負けるよ。売れっ子SeeD君」

 ジェクトが家の鍵を開ける。

「ほれ、入れ入れ」
「悪いがクジャ、代わって貰えるか。スコール達の様子を見て来る」
「はいはい、行ってらっしゃーい。で、お邪魔しますっと」
「お邪魔します」
「おう。ま、適当に座れや」

 ────……夜はまだまだ続く模様。




保護者の会です。
取り留めもなく大人達だけでダラダラ喋ってます。仕事関係でもないしね。
ジェクトがクジャに散々言われてますが、お互い「普段はダメダメだけどいざと言う時は頼りになる」「生意気だけど確りしてる」のは判ってるので、悪友感覚で喋ってます。

レックスの喋りが判らない。偽物ですいません。イメージ的にはレオンに近いけど、レオンよりは柔らかい感じ。